第10話:信じるしかない



 ひとつ言いたい。

 受け入れろとか簡単に言うな、俺よ。



「蒼介、大丈夫?」

「……ハッ、やべ、乗り過ごした?」

「ううん、無事に到着でーす」


 気が付けばかつての最寄り駅、ホームに立っていた。いつの間に。

 むわんと熱に包まれた体はじわり汗が浮かんでいるのに。朱里に呼ばれるまで放心状態だった。

 心や頭が無になろうと体や脳はきちんと俺を動かしていたらしい。すごいな、人間って。


 そんな状態になった理由は言わずもがな。

 道中、朱里が話してくれた内容がちょっと……アレ過ぎて。キャパオーバーしてしまった。情けない? ふん、何とでも言え。


 そもそも話云々の前にダメージくらってんだ。

 不可思議な登場をしたけれど朱里はあまりに朱里で、俺はすっかり普通にしていた。そう、

 周りにいた人らに「あの人やばくない?」とひそひそされて思い出した。俺にしか見えていない説を。

 予期せぬ形で『論より証拠』を突き付けられてしまったのだ。

 そっから朱里の話を聞くってのは、もうね、オーバーキルというもので。


「あー……暑い」

「もうアレやね、ちっとも感動ないね!」

「既視感えっぐいわ」

「そりゃそうよ、何回目やねーん」

「……」


 何回目、ね。ハハ……。

 高い空を見上げ息を吐き出す。

 あー、なんだろね、この。久しぶりではなくさっきぶり、と思っちゃう感じ。



 朱里の話をまとめると俺は既にこの地へ戻ってきている。

 今日を迎えるのは初めてではない。


 八月十七日は基本的に同じ展開のようで。

 朝、母さんとめざましいテレビを見ながら朝食。出発より少し前に高宮が来てちょっとお喋りする。

 こっちに着いてからは理央さんの家に向かい、理央さんとお喋りを楽しみ、昼と夜働いている理央さんが出勤するのを見送る。

 余談だが理央さんに渡す土産は毎回同じバナナな菓子だそう。

 会計後「やっぱそれやんな!」と朱里は笑った。

 なんか悔しかった。ぐぬぬ。


 と、八月十七日はそんな流れ、らしい。


 だがそっからはその都度で違うという。

 ちなみには朱里がなくしたというお守りを探しに出ている。



 こんな内容を、だな。「あれ富士山やない!?」とか「途中下車する!?」とか、朱里は脱線しまくりながら話してくれた。

 時間はたっぷりあったはずなのにどーでもいい脱線が多すぎて(しかも俺は相槌もできずツッコミを我慢しボケの飽和状態)、何故こんな状況になっているのか解決法はあったりするのか、その方面へ話が進むことはなかった。


 さて。簡単に言うな、と俺は数時間前の俺へ思ったわけだが。

 実際のところ、受け入れている。

 朱里の話だから信じるとかじゃない、信じるしかなかったんだ。

 だって朱里が語る八月十七日は俺の頭にあるものと一致しているから。


 話を聞くだけで想像できる、というより、俺の記憶をコイツが喋っているような感覚で。

 嘘だとか冗談だとか。夢、だとかで片づけられるわけがなかった。


 だが、それはそれとして。

 絶賛混乱中ではある。

 信じるしかない、だからこそ困惑や動揺はでかくなってしまった。



 ***



「あのさ、朱里」

「うん」

「一個、確認したいことがあるんだけど」

「なんでしょ」


 理央さんの家に着いて、お喋りを楽しんで、見送って。使ってと言われた空き部屋で朱里と向かい合い座る。

 今、ここには俺らだけ。どんだけ喋ろうと俺を怪しむ者はいない。

 というわけで、もう少し突っ込んだ話をしておきたい。


 そう考えた時、ずっと引っかかっていたことを聞かなければ、と思った。

 この数時間ちらついていた嫌な疑問を。


 うちに突然現れたこと。俺以外の誰も、理央さんにも見えていなかったこと。

 それは紛れもない事実だ。だから行き着く。

 まさか、だけどさ。朱里。言いたくないし聞きたくないんだけど、まさかお前。


「……死んだとか言わないよな」

「ヘッ!? どういうこと!? ……アッもしかしてあたしが幽霊だと思ってる!?」

「……違う?」

「死んだ記憶ないっちゃけど!」


 ホッとした。「ほんと?」と呟くようにたずねた声は安堵からか情けないものだった。


 嫌過ぎて思考を遮断してたけど、ちゃんと考えれば良かったかもしれない。

 だってもし朱里が……死んでたとしたらだ、それを理央さんが知らないなんておかしい。


 そうか……。生きてる、は生きてるんだな。

 あー、良かった。あーー、まじで。

 良かった……。


「あ、でもね、死関連でお話が」

「えなにやだこわい」

「んー……なんて言えばいいんやか」

「その話で朱里は生きてる?」

「え、あたし? うん」

「じゃあいいよ、話してください」


 どうぞ、と手を差し出して促す。

 唸りながら数秒腕組をする朱里は何か思案しているようで、不安に似た落ち着かない気分になる。

 でも朱里の生死に比べればどんな話であろうと平気だと思った。うん、何でも来い。


 腕組を解き、朱里は俺をじっと見る。

 瞳の奥が微かに揺れていた。


「……とても、とぉぉってもね、言いづらいんやけど。蒼介さぁ、の記憶ってどこまである?」

「え? あー……」


 そういう聞かれ方されると答えるのが躊躇われるな。なんせ混乱中だからね、そこはね。

 だけど、そうだな……。どこまで、か。


「朱里のお守り探した」

「その後は?」


 間髪入れず聞かれて首を捻る。

 んん? 分からんかも。

 今度は俺が腕を組む。思い返そうとするとなんかいろいろ出てきて、なのか分からない。

 お守りを探しに出た映像をピックアップする。

 ああ、景色が暗い。夜に探しに出た?

 それから? それから――ハッと腕を解く。視界を埋める夜空を思い出した。


「なんかでかい衝撃が、あったような」

「うん。その衝撃ね、トラックね」

「へぇ、そう……」


 うん? トラック?


「蒼介、死んだんよ」


 死んだんよ?


「犯人、多分あたし」


 ??????


 この子何言いよん????



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