第9話:既視感と予告


 質問は最後まで言えなかった。

 ピンポーンと来訪を知らせる音がリビングに響いて、モニター画面を確認する。


「高宮?」


 映っていたのはクラスメイトの姿。

 忘れ物を届けてくれるという連絡を受けていたなと思い出しオートロックの解除をする。


「朱里、お前ここにいろな」

「え、何故」

「紹介とかしてたら長くなるじゃん。高宮には悪いけどすぐ帰ってもらうから」

「あちらさんにあたしは見えんて」

「……。そ、れは分からんだろ」


 そこは保留案件だから。

 最大の関心ごとは日付になったの。それ以外のことは今は流してくの。

 そうしないと俺倒れちゃうから。


 ……つか、そんなん言うなよ。

 なんか悲しい気分になるだろうが。


「とにかく。ここで待ってて」


 唇を突き出し盛大なブーイングをする朱里を置いて玄関へ向かう。

 再び音が鳴って扉を開けた。直後、


「わざわざありが、と」


 ぐわんと視界が、脳が、揺れた。

 開いた扉にもたれるようにして足を踏ん張る。

 なんだ、これ。眩暈、じゃない。

 高宮がぼけやて……いや、違う。二重に、重なって見える。

 なんだこの感じ。

 白いワンピース、毛先が巻かれたポニーテール、玄関に立つ高宮。この景色は、前にも見た……?


「言ってた時間より早く来ちゃった、ごめんね」

「……や、こっちがごめんだよ」


 シャツをぐっと掴んで胃を押さえる。

 やばい、すっごい気持ち悪いんだけど。


「たかみや……実はもう出なきゃで」

「え、十時過ぎに出るって言ってなかったっけ」

「あー、うん、予定が変わって」

「そうなんだ……」


 かろうじて口を動かしているけど焦点がブレて落ち着かない。高宮が何人もいる気がする。

 まるで追い出すようで申し訳ない。「ごめんな」と言えば、高宮はふるふると首を横に振ってから俺を見上げる。


「御笠くん、無事に帰ってきてね」


 高宮の言葉と同時に重なっていた姿はなくなり、不快だった感覚も消えた。

 クリアになった目に映る高宮は「変だよね、大袈裟だよね、えへへ……」と、眉を下げて苦笑している。


「今朝見た夢が怖くて……すごく辛くって」

「……夢?」

「だからちょっと御笠くんちに来るのも急いじゃって」

「え、と。それは俺に何かある感じだったの?」

「うん。ハッキリ覚えてないけど、多分」


 夢、て。俺の見た夢(といわせてもらう)とは関係ないよな?

 胸がざわざわするけれど高宮に語るわけにもいかないので、「そっか」とだけ返した。


 それじゃあと別れ際、背を向けた高宮が振り返る。


「御笠くん」

「うん」

「学校が始まる前に一回、会えないかな。ちょっと、話が、あって」


 高宮は俺から視線を逸らして言って、俺は一瞬息を呑んだ。


「い、今言えって思うかもなんだけど! まだ勇気出なくって、あ、だけどね、御笠くんが戻ってくるまでにね、心の準備、しようかな、って」

「……ア、ハイ」

「じゃあ! 楽しんできてね!」


 どことなくぎこちない笑顔を見せて高宮は去っていった。

 パタン。扉を閉めて心臓がバクバク暴れ出す。


 なんとなく。なんとなくだけど、高宮から好意的なものを感じていた。何かそういう出来事があったとかではないから、恋愛経験値底辺故の自惚れだと自分を恥じたよ。

 だけど最後のあれは。

 まさか。……まさか?



 *



 リビングに戻ると朱里は瞬間移動の練習中だった。

 真剣である。「おかえり」との声はなかなかに渋かった。


 椅子に座りその様子を頬杖ついて眺める。

 肘がずりずりとテーブルを滑って、随分だらけた姿勢になってしまっているけど、それを正す気にはならなかった。


「今回のあたしは結構記憶がしっかりしとうっちゃん」

「……」

「前回のだけやなくて覚えとうと。すごくない?」

「……ん」

「蒼介、聞いとる?」

「……うん」

「あたしのこと馬鹿やと思っとる?」

「……うん」

「あーっ蒼介聞いとらん!」

「聞いてるって。朱里はちょっとおバカだなって思ってるよ」

「え、ここは聞いてない流れやん」


 こんな時に何考えてんだ、と思う。高宮のことで心乱されてる場合じゃないって、分かってる。

 だっておかしな状況は続いてるわけで。

 俺の記憶にあるものが夢か現実かってことも、突然朱里が現れたことも、日付のことも。

 考えるべきは。山のようにあるんだ。


 でもさ、俺もね年頃の男子なわけです。

 あんなね含みを持たせたこと言われてさ、多少はドギマギしちゃうでしょうよ。

 まじで経験ないんだから。仕方ないでしょうよ。すぐに切り替えらんないって。


「蒼介?」

「……」


 もし。本当に、高宮の話がだったとしたら。

 俺はどう答えるんだろう。


「ちょ、何でそんな見つめんの……、ずいっちゃけど」

「……」

「や、も、穴あきますう……」


 なんてな。迷うことはないんだが。

 高宮に限らずだ。誰かにそういう類のことを言われても、俺の答えは決まっている。


「よし、出よう。時間だ」

「う、うん」


 切り替え完了。

 すくっと立ち上がり旅行バッグを持ち上げる。



 まずは朱里の話を聞こう。

 どんな内容であっても受け入れろよ、俺。














――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 今回ちょっと短めでした。

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