第8話:これもあれも現実ならば
視界がぼやけた。あーこれ眩暈?
膝が脱力してぐらり体が後退する。シンクがなければその場に尻もちをついてたかもしれない。
朱里が、いる。うちに。今来たとかじゃない、既にリビングに侵入していた。
どうやって。いつから。
「うやあ~めっちゃ嬉しいっちゃけど! 最初から見えとるとか!」
なんですか、最初からて。
「蒼介どうしたと? 固まっとうやん」
「え、あ、や、だいじょぶ。そろそろ起きる」
これは……夢、だな。続き始まったんか。
俺ときたら満腹になって寝てしまったのかい? でも起きよう。出発の準備をしなくてはだ。
「バッチリ起きとうやん」
「……」
「あ、言っとくけどこれ夢やないけんね」
「…………」
ばっさり言ってくれる。
「もしかして蒼介、覚えとらんと?」
「なにをよ……」
「さっきまでのー、うーん。……人生?」
人生とはまた大仰な。だけど俺は「あー、ハイハイ」と何故か理解できてしまった。
直後、ついさっき夢だと結論づけたものがダーーッと頭の中に流れて、ぽつり呟く。
「……俺しか見えて、ない?」
「ひゃあああっ、蒼介覚えとぉやん!」
朱里は両頬を両手で包み「今回すごいかも!」と声をあげる。
何が? と突っ込む余裕はない。そこを広げて更に理解不能な話をされたら、どうしていいか分からん。最悪俺の脳爆破するかもしれん。
頭がいてぇ。比喩じゃなくマジの方で。目玉の奥から脳天へズキンズキン響く。爆破のカウントダウンじゃありませんように。
混乱、動揺。それが伝わったのか、朱里は真顔で言った。
「『論より証拠』、いっとく?」
その言葉に俺はすぐさま首を横に振った。
考えることもなく。即反応した。
「や、なんか、それはいいわ」
「そお?」
「うん、もうそれは、うん」
「もうって、やっぱ覚えとるんやん」
「……」
覚え、てるのか、俺は。
てか朱里は何について言ってる? 俺の見た夢?
いやいや、だとして。
何でその内容を朱里が知ってんだよ。俺の夢は全国ロードショーでもされてんのか。
とりあえず落ち着け、落ち着こう俺。
あれが夢とか今が夢の続きとかは現段階で確認のしようがない。
俺にとっての現実は、今朱里が俺の家にいるという現象――って、あれ?
そういやコイツはどうやってここに。
いや、夢なら何でもありじゃんと思わなくもないが、だけど。
「……朱里、まさか瞬間移動、できるの」
高校二年にもなってすっげえ恥ずかしいことを言っていると思う。でもそれ以外に何がある?
少なくとも俺が食器を洗う前、テレビを消した時ここには誰もいなかった。
玄関の鍵は閉めてあるしピンポンも鳴ってない。
それでどうやって朱里がここに?
「えっ瞬間移動!? なんで!?」
「だってお前、突然じゃねぇか……」
「うそやん、あたしにそんなパワーが!?」
「つかそもそも俺んち知らんだろ。来たことないし、ここら辺の土地勘もないだろ」
「ほんとや。ひゃあ~それは考えてもなかった! ちょっとチャレンジしてみよか!」
「え」
チャレンジ?
思わずキッチンからリビングへ動く。
だって、ちょっと興味が。
「……フンッ!」
朱里は額に指を二本当てて気合の入った声を出した。
そっから数秒リビングがしんと静まる。俺の緊張感はしぼんでって、朱里は眉を下げた。
「どうやってやるん……?」
「知らんけどそのやり方は七つの玉がある世界の人がやってたな」
「クッ……オラは修業が足りてなかったのか」
その後も朱里は「ふぉぉおぉ」と気合だけは十分に、人の心を読む、念力で物を動かすといった不思議な力を発動させようと頑張った。
言わずもがなどれも不発であった。
「できん。あたしは何もできん」
「あ、うん」
「普通の人間なんよ、あたしなんてもんは。一瞬ね魔法少女や変身ヒロインになれる夢を見れたよ、ありがとう」
「なんか、ごめん」
朱里はその場に腰をおろすと足を伸ばして「ビーム出したかった」とぶつぶつ。
この茶番は実に朱里らしくて、おかげで力が少し抜けた俺は壁にもたれ腕を組んだ。
「……一旦、一旦な、朱里のことは置かせて」
「置くん? 忘れんでね」
「はいはい」
俺はそんなに器用じゃない。マルチタスクは得意じゃないんだ。
いろいろ駆け巡ってる全てを整理するのは無理。
だから朱里の存在を後回し(ちょっと語弊がありそうだな)にすれば、最大に引っかかったものはひとつだった。
俺の中にある記憶が夢ではないとすれば明らかにおかしいことが起きている。
何故俺はまた八月十七日の朝を迎えているんだ?
改めて思ってぶわっと鳥肌が立つ。口を覆った左手が震えているのが分かった。
「……ちょっと寝よっかな」
「は? なん言いよん! もうちょいしたら出発でしょー!」
「え、行くの? もう約束果たしてません?」
「いやいや、守れてないけん。厳しく言わせてもらうけどこれで約束達成とかアレよ、あのーほら、腹で、ほら腹でなんかする、お茶飲みましょ的な」
「お前はもう一回小学生に戻れ」
「おやおや。自分が何度も戻ってるからって言ってくれるやないの」
「いや、そういう意味で言ってない」
コイツはすごいな。心のざわつきも気味が悪い想像もひとまずどこかへ吹き飛ばしてくれた。
ふっと笑みまで出てき……、ん?
「ちょ、っと待て。今なんて」
「お腹でお茶を飲む?」
「ちげーわ。何度も戻ってるって、どういう」
――――――――
お読みいただきありがとうございます。
だいぶ空いてしまい申し訳ございません。
改めましてあけましておめでとうございます。本年もなかむらと蒼介たちをよろしくお願いいたします。
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