第7話:出発の朝
ずっと過ってた。
何度思考を遮断しても頭の片隅にちらついてた。
口にするのが嫌で。聞くのが怖くて。
だから確認しなかったんだけど。
朱里、お前まさか――
「――れいな顔~」
突然聞こえた声にハッとした。
まさに目が覚めたみたいな感覚だった。
でもそんなのはおかしい。だって俺は――……食事の真っ最中?
視界に映る自分の手には箸。かじられた卵焼きと味噌汁、納豆が並ぶ食卓。目の前には母さんが座っている。
モノ自体は既に喉を通っていった後らしい、口の中にある風味はウインナーか。
頭がハッキリしない。でも今が朝であることは理解できた。
え、と……俺は飯を食いながら寝ていたのだろうか。
珍しいなと思う。俺は割と寝起きのサッパリした人間なのだ。なのに食事中までぼんやり眠気(なのか、これは)が残っているとは。
「ほんとに整った顔してるわぁ」
母さんの声にテレビを見れば映画の紹介をやっていた。
あー、あれか。確か主人公が異世界いっちゃうんだっけ。クラスメイトが熱く語ってたな。
「あっ。蒼介もかっこいいよ?」
「……なに。「あっ」て」
間が空いたのは呆れに似た息を漏らしたから。
母よ、このやり取りは前にもやっただろう。
「ちょっと気だるげな目とか、クセっ毛とか。お母さんの好み」
褒めてくれるのはやっぱりそこなのか。えーっと以前は何でそんな話になったんだっけ。
ああ、そうだ。邦画だ。確か異世界云々――
「……は?」
思い出した母さんとのやり取りがあまりにも今過ぎて、吐き出した空気と共に声が出た。
だって頭に浮かんだ記憶。会話も景色も流れている音も、今と同じではなかったか?
もう一度テレビを見た。映像はアイドルのライブへ変わっていたがそんなことはどうだっていい。左上に表示されている時間、その下にある日付を確認する。
何故そうしたのかは分からない。
だけど今がいつなのか、知らないといけない気がしたんだ。
て、ちょ、っと待て。
八月十七日? え、なんで。
今が朝だとすると今日は十八日では。だって俺はもうあっちへ行って――、
実にするりと、自然にそう思って俺は首を横に振った。
いや、いやいや。あっちに行ってたら十八日にここにはいないだろうが。
俺が帰るのは一週間後だ、翌日にここで母さんと飯を食っているわけがない。
だから今日は十七日で正しい。
……だけど。でも。
なんだ、この感じ。
「蒼介、どうしたの。体震えてない?」
「え、あ、いや……?」
「あー、分かった。朱里ちゃんに会うから緊張してんのね?」
朱里……!
そうだ、朱里は!?
ガタン、椅子の音が響いて「蒼介?」と母さんの目が丸くなる。
自分でも驚いた。何立ち上がってんだ、と。あげた腰を下ろし座りなおす。
何してんの俺。今何しようとしたの、俺。
ここに朱里はいないだろ。
だって今日は八月十七日なんだ。今から会いに行くんだろうが。
そもそもここ、俺ん家。なのに何で、いるはずのないアイツを探そうとした。
自問すれば返ってきた答えは、『だって、ついさっきまで一緒にいたような気がして』と、ありえないアホなものだった。
「蒼介、アンタ大丈夫? 具合悪い?」
「……だいじょぶ、ちょっとまだ寝ぼけてっぽい」
「あら、珍しいねぇ」
うん、そうだ。寝ぼけてんだ。
さっきちらりと頭の中に浮かんだ朱里は小学生じゃなかった。今現在の姿を知らないのに。
五年前より髪が伸びている朱里だった。あの頃より大人びてた。
でも小学生の頃と変わらない笑顔でさ。
……なんて、こんなんただの妄想だろ。
俺は浮かれに浮かれてるんだ。現実と区別ができないほどに。
*
「ふう……」
母さんを見送り食器を片付けていると頭の中がだいぶスッキリしてきて、今朝の不審な自分は夢のせいだと結論が出た。
起床から結構な時間が経ってるはずだが断片的に思い出せる。でもこれは記憶ではなくて夢。強烈に脳に残っているから勘違いしたんだ、俺の脳は。意外と単純なとこあるからね、俺って。
夢の中で俺は朱里と再会した。
朱里はなんかちょっとおかしなことになってた。
俺以外の誰も朱里のことが見えないのだ。これはもしかしたらクラスメイトらが熱く語ってくれたファンタジーな話の影響かもしれない。
……我ながら、どうかしてたな。
どう考えても夢だ。なによ、俺にしか見えない朱里て。
しかも、そう。しかも、アイツはうちに来てたとか言ってて。
ふっ、笑えるな。ありえんだろ。
試しに「あかり~」と口にしてみた。
ここには俺しかいないしテレビも消してある。勿論返事などあるわけないし、期待もしていない。寧ろあってもらっては困るくらいだ。
本当にお試し。なんとなくで口にした。
だけだったのに。
「はあい~」
「!」
背中、後方から声がした。手から食器が滑り落ちそうになってグッと力を入れる。
……幻聴? あ、これ、幻聴か。
「やったあ! 蒼介もうあたしが見えるんや!?」
幻聴や、なくない?
喜んでる表情まで想像できる声が、あまりにもハッキリ聞こえるんだが。
え、幻聴ってそういう感じなんかな。
とりあえず落とすとアレなので食器をシンクへ置く。とりあえず、一応。
すぅはぁ、深呼吸。
そろりと顔だけ、後方へ振り返った。
――まじで食器置いて良かった。じゃなかったらバリーンいってたぞ。
「なんで……おま」
「え、呼んだくせに何でとは」
夢と同じ姿で。髪型も顔も服装も。何もかも同じな朱里が、リビングの真ん中で仁王立ちしていた。
――――――――
お読みいただきありがとうございます。
年内、もう一話は更新したい……!ので、頑張ります……!
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