第6話:蒼介、死ぬ


 どうした。そう朱里へ言いかけたのを「風邪ひいちゃいますよ」と変える。

 理央さんは「うん、さむぅ」と俺の奥へと急いだ。見ればリビング内には玄関へ向かう扉とは別にもうひとつ扉があって、そこが理央さんの寝室らしかった。

 パタンと閉まるのを見届けてから朱里の前にしゃがむ。どうした? 目でたずねれば、朱里はぎゅむむと唇を噛み眉間にシワを刻んだ。


「ない……。お守り、ない」


 ぽつり。消え入りそうな声は「落としたんかな……どうしよう」と続けて、覗き込んでいる俺にも表情が見えないくらい顎を下げてしまった。


 改めてリビングを見る。

 ソファにセンターテーブル。テレビ。カウンターキッチンのすぐそばにダイニングテーブルと、物が少ない気はするけれど一人暮らしならばこんなものなのだろうか。スッキリとした空間だ。

 ここで落としたのならすぐに見つかりそうだが床に落ちてるものなど何もない。

 ソファの隙間にもなかった。



 *



「ほい、じゃこれスペアな」

「あ、はい。ありがとうございます」

「お出かけはいいけど早く帰るんですよ」

「分かりましたオカアサン」

「夜中に帰るけど起きたりせんでいいけんな? 起こしたらごめん」

「了解です」

「じゃあいってくる~」

「いってらっしゃい」


 玄関で理央さんを見送って振り返った廊下をじぃっと観察。

 ここもリビング同様、目につくものはない。

 廊下を進み開けっ放しだった扉からソファの上で丸まっている朱里へ声をかける。


「行くぞ、朱里!」

「……ごめんけどお出かけする気分やない」


 そんな気分は無視でソファの横に立つ。

 ボディバッグを前掛けしながら、「お守りの特徴は?」と聞けば朱里の顔があがった。いじけてるような不貞腐れてるような表情だけど、多分コイツの感情はそれらじゃない。

 旅行バッグから外したお守りを理央さんに借りたスペアキーへ付け替える。これは無意識ではなく意識的にやった。


「俺のと全く一緒?」

「ううん……赤色。クマさんが刺繍してある」

「俺のより立派だな」


 ふっと笑って朱里へ目を向けると表情がゆるゆると緩んでって、やがて笑顔になった。

 

「あたしも挑戦したんよ、鶴!」

「鶴」

「縁起いいやろ? でもばあちゃんが、お守りやなくて呪物になりそうやけやめろって」

「呪物」


 一体どれだけの血を流したのか。朱里のばあちゃん、止めてくれてありがとう。


 ところで外出の意図を察した朱里はそわそわと、戸締り確認をする俺の周りをうろついている。

 外へ出るとすっかり夜だった。


「スーパーとファミレス、で駅だな。とりあえず来た道戻るから、朱里はその前を思い出して。やみくもに探すのは非効率だ」


 理央さんの部屋は六階建てマンションの五階。エレベーターを待つ間、心地良い風が肌を撫でた。

 俺が暮らす街では、例え夜に五階相当の高さにいたとしてもこんな風は吹かないな。自然は季節の移り変わりをきちんと教えてくれている。


「……ねえ蒼介、なんで探してくれると?」

「なんでってなに」

「だって」

「普通に探すだろ、お前が大事にしてるもんなら」


 言って気付く。実にストレートな返しをしてしまったと。

 エレベーターから降りると気持ち大股で歩いた。


「普通なん? 蒼介、ねぇねぇ」

「ウワー暗イナァ、モウ夜ダモノナァ」

「あたしが大事にしてるから? ねぇねぇ」


 やれやれ、調子が戻ったのは何よりだ。うっとうしいがな。


「……朱里、ちゃんと思い出してんの。俺と会う前何してたか、どこ行ったか」

「ハッ、そうでした。会う前……うーん」


 来た道を戻りながら辺りを見回す。街灯だけでは心許なくてスマホのライトで照らしながらゆっくり慎重に進んだ。

 夜に小さなお守りを探すなんて無謀過ぎるが、何もせずにはいられなかった。

 見つからなければ明日また探そう。二度手間だろうと構わないさ。そして見つけたら――


 口にするのも嫌だけど、……ずっと過ってることを聞こう。



「会う前っていうか、蒼介があたしに気付く前、でいい?」

「またお前はおかしな言い方するね」


 朱里が口を開いたのは上り坂に着いた時だった。

 探し物をしながら進むにはちょっと気合を入れなければ。足を止めて体を伸ばしていると、


「えっと、蒼介んちに女の子来て」

「……ハ?」


 朱里がまたおかしなことを言いだす。


「すっごい可愛い子やなぁって思って」

「待て待て」

「家出てからは電車乗って。人多すぎて。んで新幹線でこっちに戻ってきました」

「待ってください」


 言って顔を手の平で覆う。じわりと汗が滲んだ手の平を滑らせ前髪を掻き上げた。

 この発言は前にも聞いた。そう、再会直後。

 あの時もコイツは俺が女の子といただの可愛かっただの言っていた。

 数時間前の記憶が頭の中を駆け巡る。


 ――……朱里が見た女の子、つまりは俺が一緒にいた女の子、とはまさか。高宮?


 いやいや、馬鹿。俺の馬鹿。そんなことありえないだろ、ありえるわけがないだろ。当たり前だけどあそこに朱里はいなかった。

 だけど今、朱里は言ったじゃないか、『蒼介んちに』と。この土地に俺の自宅はもうない。


 いや、そんな。

 え、ほんとに?


「……蒼介」


 そうとしか考えられない。しかし到底受け入れられない。脳内会議は紛糾する。

 朱里の呼びかけはいいタイミングだった。ちょっと思考がまともに機能しない、一旦中断だ。


 だが、


「あたしがっつり思い出した」

「……え、あ。お守り落とした場所?」


 朱里の言葉は今の発言を更に上回る。


「蒼介、……死ぬ」

「ハ――」


 言葉の意味を理解するとか聞き返すとか、そんなことはできなかった。何故なら次の瞬間、俺の体は吹っ飛んだのだ。

 真っ暗な坂の上から何かが、重たい何かが猛スピードで俺に突っ込んできた。


「へ……」


 俺の目に映った最後の映像は月の浮かぶ空。

 体が地面に叩きつけられたと同時、朱里の声が響いた。


「蒼介ッ!」















――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 メリクリー。

 いやあ、クリスマスにこの回をお送りするとは思ってなかった…


 作品フォロー・☆評価、応援。ありがとうございます!

 引き続きよろしくお願いします。


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