第4話:再会に浸れない


 ***



「うぃ~長旅お疲れさん」

「理央さん……」


 駅から徒歩二十分程の場所にあるマンションに到着。理央さんの顔を見たら一気に脱力した。

 疲れがどっと全身を襲って、旅行バッグの持ち手が肩から腕へずるりと滑る。


「つか、れ、た」

「あらら、ほんとにお疲れさんや。ほいほい、上りなっせ」

「ハイ……、お邪魔しま」


 靴を脱ぎながら視線を廊下の先へ向けると、理央さんの後ろにスタスタ進む姿が見えた。

 アッ……イツ、勝手にあがりやがった!

 思わず理央さんの顔を見る。アイツ挨拶もなしで行きやしたぜ、と。

 だけどハッと気付いた。そうか、見えてない。


「どした?」


 首を傾げる理央さんに一応聞いてみる。


「え、あー……理央さん、今って俺と理央さんだけです?」

「うん、そうやけど」

「……そ、っスか」


 見えてたら朱里に触れないわけがない。挨拶のひとつもあるだろう。

 だから答えは勿論分かっていて。

 だけどやっぱり、ショックだった。


「すいません。トイレ貸してください」

「うん、いってら。荷物運んどくな」

「ありがとうございます……」



 朱里が気になり過ぎて理央さんの顔をまともに見れなかった。いや、見てはいたけど思い出すことが難しい。脳がバグったみたいだ。

 こんな状態で。とてもじゃないけど理央さんと会話なんて、できそうにない。

 少しでいいから一人になって冷静になろう。


 ここに来るまで、自分が今いる世界は実は知らないところなんじゃないのかと、得体のしれない不安に駆られていた。

 朱里の存在は確かなのに、それを俺以外の誰も認識できていないなんて、普通じゃないだろ。

 見えない朱里より見えていない人らより、俺がおかしくなってしまったのだと思った。


 だからとりあえず、自分を落ち着かせたい。

 まずはそうだな、俺の足はこの地についているのかしっかり確かめてみるのはどうだろう。

 これは現実なのか、夢ではないのか。

 深呼吸して、脳に酸素を与えてあげて。

 そうして開いた視界に映るのは、俺の部屋の天井かもしれないね。うん。



 ***



 分かってはいたけど、開いた視界に映ったのは理央さんちのトイレでした。

 余計に頭がグルグルして胃が気持ち悪くなっただけ。一人になるのは得策ではなかったな。


そう、でっかくなったね~」


 リビングに入るとソファでくつろぐ朱里が飛び込んできた。そのソファを背に胡坐をかいてる理央さんはやっぱり無反応だから、見開いた目玉をどうにか元に戻す。


「え、と、中学ら辺から伸びてくれました」

「昔は俺の方がおっきかったのに~」

「それ小学生ですよね、俺ね。理央さん高校生じゃないですか」

「言うねぇ」


 意識は理央さんだけに向けよう。

 そう強く決めてリビングを進む。

 ソファの前にある背の低いテーブルを挟んで真正面に腰を下ろそうかと思ったけれど、それでは常に朱里が視界に入るので、左側にちょこんと座った。

 ごめん朱里。今はちょっと無視させてな。


 なんて、心の中でした謝罪は撤回だ。

 本気でくつろいでやがる。寝転がってでっかい口開けて欠伸だと。コイツ。


「すっかり男前になってぇ」

「……またまた」


 ちらちら見える朱里から理央さんの顔面へ全集中する。もしかしたら寄り目になってるかもしれない。でも今はそうでもしないとすぐに朱里へ意識が飛ぶから。


 改めて。理央さんは変わらないなと思う。

 サラサラの黒髪、白い肌、華奢な体に愛らしい見た目。垂れた目から漂う色気的なものも。

 理央さんを初めて見た時、綺麗なお姉さんだと思った。

 お姉さんじゃなくてお兄さんだと知った時はまじでびっくりした。


 でも接していくうちに、『綺麗な人』という印象は『かっこいい人』へ変わった。

 正義感があって弱い者に優しく、おっとりのんびりしてるのに喧嘩が強い(無敗だと噂もある)というギャップに、俺はやられてしまったんだ。


「朱里がドキドキしちゃうんやない?」

「ははっ、ないない」


 テーブルに土産を出しながら笑う。

 だって理央さん、もう会ったんですよ。でもアイツそんな素振りなくてですね。ていうか再会の感動もなくですね。

 というよりおかしなことになってんスよ。


 ……言いたい。相談したい。

 でも絶対信じてもらえない。

 ねえ理央さん。朱里が土産狙ってます。


「凄いなー、五年越しの約束ちゃんと守って」

「あっという間だった気がしますけどね」

「普通忘れるって。小学ん時やろ?」

「そう、ですかね……」

「子供ん時やなくてもそんだけ期間空いたら守られんことの方が多いと思うし」

「そうかなあ……」

「朱里は幸せもんやね」


 理央さんはそう微笑んで、土産のお菓子を開封する。

 朱里が理央さんの真横に正座しその手元をガン見してるから、理央さんが見えていない異常な状況は変わってないのに、俺は小さくふっと笑った。


 それを眺めながら思う。

 俺が幸せもんであることは間違いないと。


 ずっとお互い『約束』に触れなかった。意識的になのか無意識だったのかは分からないけど。

 話題にしたのはつい最近、日程を伝えた時だ。


 あまりに触れてこなかったから忘れられてる覚悟もあったけれど、そんなことはなくて。

 スマホ越し、耳奥に響いた朱里の言葉は「ようやくやー!」だった。


 言われて思い出したという感じではない朱里のはしゃぐ声は俺を喜ばせる。

 俺は再会することを当然だと思っていたけど、朱里も約束の日が来ることをあたりまえのように思ってくれてる気がしたから。


 そんなのって、そんなことって。

 すごく幸せもんだろ、俺。














――――――――


 お読みいただきありがとうございます。

 今回ちょっと動きが少なくて申し訳ない。束の間のまったり回ということで…


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