第3話:論より証拠


 俺の知る限り、朱里は嘘を言う奴じゃない。

 良くも悪くも真っ直ぐな人間。そして不器用だ。

 五年間で変わったとこもあるだろう。でもこんな真剣な顔で嘘を吐けるとは、ちょっと思えない。


 だから、うん。

 朱里は本気で言ってるんだと思う。

 だけど、それとは別に。

 俺が見えているものが理央さんに見えないなんてこと、あるわけないと思う。

 信じる信じないという段階はまだ先だ。まずはコイツの発言を咀嚼せねばならない。


「見えん、とは」

「そのまんまの意味やけど」

「そのまんまの意味やと意味がわからん」

「蒼介もさっきまであたしがおるの気付いてなかったやろ」

「気付くも何も、突然現れたんだろ」

「突然やないもん、ずっとおったもん」

「……」


 腕を組む。左肩に引っかけた旅行バッグの持ち手を右手で押さえる。朱里の真後ろで止めた足を一歩下げて膝をちょっと曲げてみる。

 そんな風に地味に静かに体を動かすことで頭の活性化を図ってみるも、咀嚼はできそうになかった。

 だってちょっと噛めないよ、そもそも入ってくることすら不可能サイズ。


「……蒼介?」

「ごめん、今いっぱい考えてる。……見える見えないってのは何かの比喩的表現?」

「ひゆ」

「違うのね。あ、俺の知らない方言か」

「えっ! 見えるって方言なん!? えっとね、見えるってのはこう、目に映ってる的な意味です」

「存じてるやつでした」


 比喩でも解釈違いでもなく? つまり本当だとしたら……どういうことだよ。

 朱里の言葉をそのまま受け取ったなら「いやいや」と否定の気持ちが出てきて、俺は押し黙った。


「そうかあ、まぁしゃーないかあ。ごめん、蒼介。混乱させたね」

「そ、うね。大混乱」

「論より証拠って言うもんね」

「……ん?」

「えっ、言わんっけ? 間違えた?」

「あ、いや、言う、けど……?」

「じゃそれいこ! 試そう!」


 ちょ、……は? って、なに?

 待って。すごく待って。


「覚えとう? もうちょい行ったらファミレスあるやん」

「……あるね。あるよ。あるけど?」

「あそこ入ろ」


 え、すっごい嫌なんだけど。

 論より証拠つった流れで? 待って。怖い。


「俺腹へってねぇし、いいわ。またにしよ」

「じゃその先にあるスーパーにする?」

「買うもんないしナァ」


 俺の足は進むことを拒んでいた。歩幅は狭く、踏み出す一歩も遅い。

 だけど理央さんの家に行くには方角はそちらで。だから踵を返すことはできない。


「じゃやっぱファミレスで。すぐ済むやろし」

「え何が。何が済むの」


 頭の後ろで指を組んで朱里は跳ねるように進んでいく。歩だけじゃなく何か怪しげな企みまでも。


「なんビビっとーと?」

「ハ? どうしてそうなる」

「違うんなら行こうよ」

「やー、俺ファミレスでバイトしてるし。休みの日まで行きたくないってゆうかぁ」

「イラっとする喋り方するやん、おいビビり」

「誰がビビりや」


 俺の返しに朱里は体を曲げて笑うから、「何がそんなに楽しいのか」とぽつり呟けば、


「蒼介がおるけん楽しいと!」


 くるりと振り返り両手を大きく広げ、そんなことを言ってきやがった。

 瞬間なんかいろいろ。思考とか疑問とか、もういろいろどっかに吹っ飛んでって。

 ファミレス行こ、と思った。



 *



 ――数分後の俺は走っていた。

 理央さん、理央さんに早く会いたい。ふにゃあとした笑顔を見て癒されたい。

 あの人に会えば俺はどうしたって弟モードになってしまうから、いっそぎゃんぎゃん泣きつきたいまである。


「蒼介! 速いーーーっ!」

「ハッ。ごめ」


 声に振り返れば、朱里は髪を揺らし膝に手をついてぜぇぜぇと息をしていた。申し訳ない。

 俺が止まったのを見てか、朱里はへろへろと歩いてこちらへ向かってくる。

 その姿を見つめているとついさっきの出来事を思い出した。

 所謂『論より証拠』を突き付けられ、理解が全く出来ていないのに解らされてしまった出来事を。



 入ったファミレスで「いらっしゃいませ。一名様でよろしいですか?」と俺は店員に迎えられた。

 思わず隣を確認すれば朱里は確かにちゃんといて、だから「二人です」と言ったんだ。

 そうしたら返ってきたのは、


「後からご来店されるんですね、かしこまりました」


 百点満点のスマイル。ぞっとした。

 その後、何かやり取りをしたと思うが覚えていない。やっぱりいいですとか言ったのかな。

 俺はファミレスを飛び出していた。


 何が何だか状態のまま歩き、朱里に促されるまま放心状態でスーパーに入った。

 朱里がちょっかい出してるのに無反応な買い物客を幾人か見せつけられた後は、もう無我夢中で走っていた。



「ハーッ、疲れたあ。蒼介、足速くなったね」

「……」

「喉乾いたー、メロンソーダ飲みたい。あ、クリームソーダがいいな~」


 体をぐーっと伸ばすと朱里は俺を抜いて先を歩いていく。

 サラサラ揺れる髪がオレンジ色に透けて眩しい。

 その姿をゆっくり目で追った。


 ……そう。目で、追えているのだ、俺は。

 なのに、何故。


「蒼介? 行かんと?」

「あ、や、うん、行く」


 何故、誰も朱里が見えていなかったんだ。















――――――――


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