第2話:見えるとか見えないとか
「見えるんやね!?」
「あ、当たり前だろ……」
「よっく言う! さっきまで私のこと見えてなかったやん」
「さっき……? 見えてなかった? ハ? お前どっかにおったん?」
「おったも何もずーっと一緒やったっちゃけど。女の子といちゃついとったねぇ、蒼介ぇ」
「……おんなのこ?」
やばい、やばいやばい。朱里の言葉を一個も理解できない。
さっきとはいつだ。
女の子といちゃついていたとは。この駅に着いて誰とも喋ってないぞ。いや、なんなら異性と関わったのは土産を買った時、店員さんが最後だ。
いや、つか、ずっと一緒だった? ずっと?
まじでコイツ何言ってんだ。
ぐるぐる考えている間に、朱里の目線の高さが俺の顔から首元ら辺に下がっていた。
唇をツンと尖らせているのが見える。
え、なに。今度はなによ。
「可愛い子やね……、彼女?」
「ハァ?」
「もお、教えてくれても良かったやん。彼女できたんならさあ~」
「待て待て待て。なんの話しよん」
明るい声を出すくせに視線を地面に落とすから俺は屈んだ。
覗き込むように朱里の視界に入れば、尖らせた唇は元に。やがて頬が緩んでいくから姿勢を戻す。
「まっ、それはいいか」
「よくねぇな。なんのことよ」
本当に分からないからそこは掘り下げたいのだけど、でも朱里が笑うから。
くしゃっとした笑顔はさっきよりも嬉しそうに見えるから。
とりあえず今は「いいか」と思ってしまう。
「おかえり! 蒼介!」
「……ただいま」
朱里が笑っている。写真や記憶じゃない。目の前にいて、同じ風を感じて、すぐそこで笑っている。
ああ、本当に戻ってきたんだ。俺はやっと懐古に浸れた。
「蒼介、背伸びたねー。どんくらいあんの?」
「174。でもまだいってほしい」
「ぜーたくもん!」
「朱里は縮んだの?」
「げー、つまらんこと言うやん。あたしもまだ伸びるし。160センチいくまでは止まらんけん」
「お前の意思だけではどうにもならんよ」
何も面白い話などしていない。だけど頬も口角も目も勝手に笑顔を形成する。
俺ってこんな単純だっけ。
数分前まで静かだった心臓が騒がしい。妙な既視感や落ち込んでいた気分もどこかへ消えた。
ここに朱里がいる。それだけなのに、この世がひっくり返ったみたいだ。
「蒼介、めっちゃご機嫌やん」
「ハ? フツーやし」
「いやいや、めっちゃ笑顔やけん。そんなにあたしと会えて嬉しいん?」
「ハァァ? 普通だって言っ」
「あ、蒼介。スマホ鳴ってない?」
「……」
自覚してるよ。だけど素直に認められるわけもない。というか、こんなやり取りさえ楽しいのだから我ながら馬鹿だなと思う。
五年ぶりの再会なのだ、浮かれるなって方が無理なんだけど。でもあからさまにバレバレなのはちょっと、恥ずかしい。
だからスマホの振動は助かった。前掛けしていたボディバックに手を突っ込み、静かに深く呼吸を繰り返す。落ち着け落ち着け。よし。
「あ。
「電話? 出ていいよ」
「いや。『着いた?』って。ごめん、返事する」
「タイミングばっちりやーん。どっかで見よるんかな、理央ちゃん」
「時間伝えてたからだよ」
「あー、理央ちゃんとこ泊まるんやもんね」
「そ。一週間」
理央さんこと、
今回だって「宿代もったいなくね」と、自宅に一週間の宿泊を提案してくれた。母さんも「榊さんなら安心」と信頼している。
「理央さん優しいよな」
「特に蒼介のことは弟みたいに思っとうよ」
「俺も兄ちゃんって思ってるわ」
「即レスしよるしね~、まじで仲いいもん、二人」
「キミは何で返事しないんだろうね」
着きました、と送信して俺はわざと嫌味たっぷりに言ってやった。
普通に喋ってるけどコイツは俺の連絡を未読無視しているのだ。
……加えて再会の感動もなさそうだし。
ちょっとくらい意地悪い気持ちになるのは許してほしい。
じとっとした俺の視線をきょとんと見つめ返してくる朱里は「ハッ」と言うと表情が変わった。言葉通りハッとしたものに。
「……その件も含めて、ちょっとお話があります」
「なに改まって。まさかスマホなくした?」
「スマホはある、と思う」
「思うってなによ」
「どう話したらいいんやか」
朱里は腕を組んで「うーん」と頭を傾ける。
「ちょっとね、あたしもよく分かってないっちゃけど」
「うん?」
「分かることだけ話すと、スマホが今どうなっとうか分からん」
「……うん?」
「てかスマホだけじゃなくってね、あたしがどうなっとうか分からん」
「ごめん、分かりやすく分からんことを教えてください」
俺の言葉に「とりあえず行こ」と朱里は歩き出す。
どこへ? と思ったが理央さんのところだろう。旅行バッグを持ち直してゆっくりと続く。
歩幅が狭いくせに朱里は俺に合わせて早歩きする癖があるから気持ち後ろを歩いた。
「理央ちゃんとこに着く前にさ、蒼介に言わないかんことあると」
「お前も行くのね」
「うん」
頷いて朱里は黙った。
言わなければいけないこととやらを考えているのだろうか。
待つ間、空を見上げた。
青空はあんなに高かったのに、オレンジ色に染まり始めた今、まるで迫って来てるみたいに思う。
「あのね、蒼介」
「ん」
「信じてほしいんやけどね」
もう駅は随分後ろになった。
朱里は足を止めて前置きを挟む。
俺が頷くのを見てから、朱里は言った。
「多分、理央ちゃんはあたしのこと見えん」
「……なんて?」
またしても難解なことを。
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