巫女にゃんこ絵師奮闘記
「アカン、ストレスで胃と毛根が死ぬ」
作業台横に並べられている黄色と黒の栄養ドリンク眠気を打破する清涼飲料水を立て続けに飲み、呻く。
「黒守先生。胃潰瘍から胃がんで死ぬ前に完結原稿と巫女にゃんこ奉納歌を終わらせてから死んでください。女性のハゲは…ある程度年を取ったという事で」
”できるキャリアウーマン!”といったオーラを放つ女性…担当編集者が黒守の背もたれを容赦なく蹴った。
「ちょっと待てィ!こちとらまだ30代やぞ!?あと蹴るな!」
「口よりも先に手を動かせ漫画描き。それよりも奉納歌の方はどうなんですか?」
黒守の動きがピタリと止まった。
「…無理」
「えっ?」
「あんな完璧なストーリーを作られてそれを越えて完結させるなんて無理!」
「いやでも一度作って送りましたよね?」
「差し戻されたわ」
「まあ、アレはないと思いましたけど」
「アレが限界だからね!?あれ以外だとどこかの作品のパクりっぽくなるし!」
作業台をバンバン叩いて叫ぶ黒守に担当編集者はため息を吐く。
時刻は23時過ぎ。
アシスタント達は既に帰り静まりかえった部屋にバンバンと作業台を叩く音だけが木霊する。
一軒家で良かったねー、ご近所と少し離れていて良かったねー…なんて事を思いながら担当編集者は恐ろしい言葉を紡ぐ。
「連載作品だってどこかで見た事のある学園モノのn番煎じじゃないですか」
「それ言ったらアカンヤツ!他の作者も流れ弾喰らうヤツだから!」
「何を今更…一度誰かが作り上げた大きなストーリーの枠をこすり倒すのが常套手段じゃないの。ただ、根底がそれでもいかにオリジナリティーを持たせるのかが腕の見せ所でしょう?」
「良いように言ってる風ですっごいディスりありがとう…でも確かにそう言われればモノミス理論だっけ?そういった考えもあるわけだからあながち間違いじゃないかな?」
飲んだ飲み物の小瓶を専用ゴミ箱に放り込みレポート用紙を取り出す。
「…何急に賢しぶってるの?ネタ探しで見た動画で覚えた単語を使いたがるのはどうかと思いますが」
「馬鹿にしないでもらえますぅ!?ちゃんと本買って読んだから!」
「で?それを読んで活かせてるのでしょうか?」
「………次回作に期待!」
「その次回作が巫女にゃんこ奉納歌なんだよなぁ…」
黒守は真っ白なレポート用紙に目を落とし、息を吐く。
「…クリエイターって一度心が折れたらなかなかね…」
ポツリと呟いた言葉に担当編集者も言葉を詰まらせる。
昔は描いた責任という気持ちの強い作者が多く最悪何とか終わらせるという事も会った。
しかし現在はプロットも無く進めて描き逃げする者もいれば原作者が書き逃げを行う者もいる。
人気が出て来た矢先に休載、そして打ち切りとなった場合のダメージは推して知るべしだろう。
「同じ巫女にゃんこ奉納歌でも踊り一つで過去編を演出されて創作意欲が湧いたのは事実だけど、アレを越えられないんだ。後ろの棚、青いファイル見てよ」
担当編集者は棚から青いファイルを取りだして開く。
そこには巫女にゃんこの設定や世界観、そして人物相関図など様々な事がビッシリと書き込まれていた。
「これ…」
詳細に書かれ過ぎていてこれがあれば一つの作品世界が構築できるのでは無いかと黒守の方を見る。
が、黒守は泣きそうな顔でファイルを見つめていた。
「描けないんだよ。ストーリー展開のため已むなく亡くなって貰った過去のキャラ達には本当に申し訳ないけど、誰も殺したくない。
だけど、亡くなったことにしないと話が大団円に持って行けない。かといって蘇らせるのは違うんだ…
前にボツ喰らったのは生きていたパターンだけど、あれ以外に4通り生存ルートを考えて一番マシなヤツなんだよ?アレでも」
神に助けられて生きていた。そして平和になった世界で大団円…
「良かったねで終わるだけの流れ、でしたからね」
そう言いながらも1ページ1人の人物紹介や詳細、バックグラウンドから目が離せなかった。
───ここまで魅力的な設定でどうして…
そこで担当編集者は気付いた。
巫女様にインスピレーションを受けてつくった巫女にゃんこ奉納歌。
先生がここまで設定を書く必要は無かったはず。
「…終わらせたく、ないんですね?」
原作者として…いや、アレを見ては原作というのも少し怪しい。
歌詞・曲・踊り。
それぞれが軽い気持ちで想定せずただ巫女様に歌って踊って欲しかっただけ。
にもかかわらず巫女様によってその世界を見せられ、魅せられた。
その世界を見たいと思い、歌詞には登場していない親子を助けたいと願っているその気持ちはいかばかりか…
「巫女にゃんこは、巫女様です。だからこの歌詞は巫女様のもの…でも、でもね?あんな凄い世界を見せられて、欲が出ちゃうんだよね…見ていたいって、アレは私がきっかけを与えた世界なんだって…ハハッ、何言ってるのか分かんないや」
ただ、担当編集者は奮い立たさなければならない。
他人事だからこそ言える一言を。
「───それはソレこれはコレでしょ」
「えっ?」
俯いていた顔を上げ担当編集者を見る。
「黒守先生。貴女だけが巫女様から許可を得た唯一の巫女にゃんこ作者なんですよ?貴女版の巫女にゃんこを作れば良いんですよ。幸せになる巫女にゃんこの作品を作り上げて、それを
「私の、世界…」
「それに互いが二次創作と言っている不思議な状況なんですから、原作を巫女様に押しつけて我々は自由にやりましょう」
「えっ?それって…」
「この設定資料も送りつけて「コレが黒守版です!だから巫女様、本家本元を見せてください!」ってお願いするんですよ。だってあの巫女様ですよ?絶対に色々越えてくるじゃないですか」
その言葉によって黒守の瞳に力が宿る。
「…確かに!」
「黒守先生はできる限りの案を出してあとは巫女様に委ねる。それで良いじゃないですか」
「巫女様なら、巫女様なら何とかしてくれる!」
自身に言い聞かせるようにそう言った黒守はレポート用紙を取り払い、漫画用原稿用紙をセットすると、そこに
そして僅か数分で見事な下書きを完成させ、その上に歌詞を書き始めた。
書き上げたのはたった十数行。
しかし、担当編集者から見てもこの十数行で全ての言いたかったこと、やりたかったことをまとめたのだろうと確信できる内容だった。
「───これを、巫女様に届けてください」
「えっ?コレ原本ですよ?」
「今の自分にできる精一杯の感謝とお願いです。
黒守は力なく笑って作業台に突っ伏す。
「巫女様がどんな結末を見せてくれるのか怖いですけど、きっと、絶対悪い事はないと思います。信じます。だから…今夜はそのまま休ませてください」
「……明日、11時には原稿を取りに伺いますから、お願いしますね?」
担当編集者は原稿用紙を手持ちの紙封筒に入れ、バッグにしまうと黒守のアトリエ兼自宅を後にした。
岩崎家短編集(近況リク企画品など) 御片深奨 @misyou_O
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