俗に言う『男の娘』な私はワガママお嬢様の命令で女子校に通う
かめーーとあらら
終わりの....始まり.....
「無理です!!!」
とある街の一角に佇む館に、そんな甲高い叫び声が響く。
その発生源は、黒を基調とした執事服を身につけた、可愛らしい男の子、『
男の子、と呼ぶのはやや語弊かもしれない。彼のその容貌は、お世辞にも男と称するには異質だった。
童顔で、丸みを帯びた輪郭。睫毛の長いパッチリとした目、細く繊細な眉、サラサラと肩まで伸びた白髪をツインテールにまとめ、中性的と言うよりは明らかに女の子寄りの顔をしている。
加えて角張った感じのしない、全体的になだらかな骨格、程々の身長、高めの可愛らしい声音。
男の要素を全て捨て去ったと、そう言い切ってしまえる容姿がそこにはあった。
明らかに似合っていない執事服、今すぐにでもメイド服を着るべきだと、百人中百人が叫び出すほどだ。
さて、今しがた彼が放った咆哮。
それは執事である彼の精一杯の魂の叫び、全身全霊の拒絶。
無茶を強要しようとするワガママお嬢様、『
「ムッ....」
当然それが気に食わないであろう葵は、不機嫌そうに唇を尖らせ、ジトりと視線を湿らせる。
「貴方も随分偉くなったものね、執事の癖に」
「弁明しますが、私は執事として常識の範囲内の命令には従いますよ??執事ですもの。でも、これは明らかにその外側です!!」
「はぁ、まったく...自分の常識を人に押し付けないでくれる?」
白々しくも、葵は明後日の方を向く。
冴宮はそんな葵の頬を手のひらで挟み、無理やり顔をこちらへ向けさせつつ、言葉を紡ぐ。
「いいえ一般的な価値観です、断言出来ます。だって....」
「だって、何よ」
「だって、男である私に、女子校に通え...ですよ?意味、ちゃんと分かって言ってますか?」
事の発端は、それだった。
唐突に葵が可笑しな事を言い出すのは、今に始まった訳じゃない。でも今回のそれは、これまでと比べても郡を抜く異質さだ。
倫理、モラル共に欠如している。
訂正、いつも以上に欠如している。
「執事、それは違うわ」
だが葵は、真剣な眼差しで否定する。
「違う、とは?」
「私と一緒に女子校へ通え...そういう命令よ」
「誤差じゃないですか」
思わずツッコミを入れてしまった冴宮だが、少し葵の意図が分かったような気がした。
「取り敢えず、そんな訳の分からない考えに至った理由を説明してください。話はそれからです」
「そうね、察しの悪い執事のために、直々に説明してあげるわ」
「一言余計ですよ」
一々癇に障る物言いだが、あまりに否定すると拗ねるので、この程度に抑えておくことにする。
「私、学校に通ってみたいのよ」
「それはまぁそうでしょうね。でも、どうして今頃になって?」
葵は諸事情により、小中と学校に通うことがなかった。
いや、正確には通ってはいたが、一度も登校しなかったのだ。
葵は友人を欲していなかったし、勉学の面でも直属の家庭教師がいたので問題なし、つまるところ、行く意味がなかったのである。
それが何故、今頃になって突然行く気になったのか。冴宮には甚だ疑問であった。
「単純な話よ、執事。私はね、青春というものを経験してみたくなったの」
「青春って...あの、キャッキャウフフのことですか?」
「なんだか悪意を感じる言い方ね。でも、そのキャッキャウフフのことよ。それをお父様に相談してみたの、そうしたら、良い学校を探してくださったわ」
「それは良かったですね、楽しんできてください」
「あらあら、まだ話は終わってないわよ。お父様は、念の為付き添いを一人連れていくようにと、そう仰ったの。だから執事、貴方は私と一緒に女子校へ通うのよ」
「意味が分かりませんね」
「まったく...どこまでも察しが悪いわね、貴方は」
冴宮は迷っていた。そろそろはっ倒してもいいのではないかと。
しかし、残された理性が寸前でそれを抑える。
「お嬢様、もう一度言いますが、私は男です。女子校にだなんてとてもとても....」
「あら、そうかしら?大丈夫よ、だって貴方可愛いもの。俗に言う、男の娘という存在なの。知ってるかしら、男の娘」
「そういう問題じゃなくないですか??」
「貴方は自覚なさい、自分が男の娘であることを!その憎たらしいくらいに可愛い顔で──」
「だからそういう問題じゃないですよね??」
まさかお嬢様は、バレなきゃいいなんて思ってないだろうか。いやまさか、流石のお嬢様でもそんなバカな....
そんな冴宮の混乱を他所に、葵は美しく微笑みを浮かべる。
「良いことを教えてあげましょうか?」
「え、あ、はい。なんですか?」
「バレなきゃ、犯罪じゃないのよ」
「やっぱりか!!やっぱりかお前!!」
「何よ、急に大声を出して。うるさいわよ」
「これだから危険思想持ちの犯罪者予備軍はぁぁぁ....!!」
冴宮は頭を抱えた。そして今までにない頭痛を感じて、膝をつく。
「あら、大丈夫?体調でも悪いの?」
「ナチュラルに煽ってくんなぁ...はぁぁぁ....ねぇ、お嬢様」
冴宮は、一度深呼吸を挟み冷静さを取り戻すと、ズイっと葵に可愛らしい顔面を近づける。
葵は視界一杯に広がった綺麗すぎる肌に威圧される。
「な、何よ」
「考えてもみてください。もし、女子校に通ったとしてです。確かに私の容姿は、お世辞にも男とは言えません。背も程々ですし、声も高いです。パッと見、女の子にしか見えないのは自覚してます。ですが、それでも私は男なのです。健全な男です、その意味が分かりますか?」
「...はて、分からないわね」
「もしかしたら、不覚にも我慢出来なくなってしまう可能性があるのです。だって男ですもの、健全な男ですもの!」
「...なるほど」
その言葉を聞き、葵は顎に手を当てた。
その無駄に高いIQをフルに回転させ、思案しているのだ。
「ふふ、安心しなさい」
考えがまとまったのか、葵は不敵に笑って見せた。
「何がですか?」
「もしそんなことになったら、私が殺してあげるわ」
「あらやだーばいおれんすー」
そう言って、冴宮は笑った。
勿論苦笑いである。
「まぁ、私はちゃんとわかってるわよ。貴方がそんなことをする人間じゃないってことはね」
「いや、信頼してくださるのは嬉しいですが....普通に、ボロを出し男だとバレてしまったりだとか、そう言った懸念は?」
「バレたら、ただ貴方が社会的に死ぬだけよ。問題ないわ」
「問題しかないですよ」
「とにかく、学校側には圧力をかけておくわ。貴方は私の付き添いとして女装し、女子校に通う。拒否権はなし、良いわね」
「良くないですってば」
「うふふ、快い返事が聞けてよかったわ。流石は自慢の執事ね」
「あれ?もしかして幻聴が聞こえていらっしゃる?」
溜め息を吐いて、冴宮は呆れた。呆れる余裕が、彼の心のどこかであった。
なんやかんや言いつつ、冴宮は思っていた。
流石に冗談だろうと。女子校なんて、冗談以外の何物でもないだろうと。
がしかし、現実はそう甘くはなかった。
その事を思い知ったのは、それから少ししてからだった。
・・・
「うふふ、緊張するわね執事」
「.......」
騒めく教室が、この扉の向こうに存在している。
この日は、当然のようにやってきた。
未だに現実を信じきれない冴宮は、「編入生を紹介します!」という扉の先から聞こえてくる声を、呆然と脳内で反芻していた。
「あら、何をボーっとしてるのかしら?行くわよ、執事」
「.......え?」
そこで、やっと冴宮は我に返る。
気づけば扉は開いていた。
冴宮は葵に女子制服の袖を引かれ、抵抗する間もなく教室へ入ってしまう。
「それじゃあ二人とも、自己紹介よろしく」
(あ、あぁ...お、終わりの...始まりだ....)
視界一杯に、未だかつて見た事のないような景色が広がる。
机に着席し、興味が絶えないと言わんばかりに輝かせた瞳を自分へ向けた、沢山の女子生徒達。
男女比率という概念すら存在しない新世界。
そんなリアルじゃない現実を前に...冴宮は気の遠くなる思いであった。
俗に言う『男の娘』な私はワガママお嬢様の命令で女子校に通う かめーーとあらら @4955
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。俗に言う『男の娘』な私はワガママお嬢様の命令で女子校に通うの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます