第3話 4月下旬 友達と学校の女神のこと

「きりーつ、礼」

ありがとうございました

「はい、ありがとうございました。暑さに身体が慣れていないから熱中症に気をつけて過ごせよー。水と塩分と砂糖な。麦茶がオススメだぞ。塩タブレットもったか?徒歩とバス通学の人は日傘と帽子を使うといいぞ。とかく下校のときは、事故に遭わないように気をつけてな。それから…」

「マブチセンセー、おわってからがながーい。部活見学に早く行かせて~」

「あ、ああそうだった。では、解散」

日直の号令に合わせて唱和した生徒たちは、担任の尽きない心配に日直が一言返して解散を促すのがこのクラスのお決まりになった。マブチの解散の言葉を合図に、生徒たちが終わったと席を立っていった。生徒の人数が減ると教室に漂う靄はさらに大人しくなるから不思議だとマオは思っていた。

この教室には靄を見ている人が何人いるのか

もしれない。靄越しに時々クラスメイトと目が合うのだ。

マオにはこのクラスの中では、ユギとカイセとホリタと4人で話すことが多くなった。自分を心配している祖父母には友達ができたから、と伝えたら、その日の夕食はハンバーグが出た。靄は解決していないが、それもイツシロ先輩に聞いた弓道部に行けば何か変わるかもしれない。

鞄を持って、立ち上がるとカイセとホリタが話しかけてきた。

「ナカサトとユギはどこにすんの?部活。一年の間は所属しておけって、面倒だよなぁ」

「まあ、でもこの辺り遊ぶところもないからな、余暇時間と思えば……」

「余暇!ホリタ、言葉選び固いって~。オレたち高校生よ」

ホリタとカイセが、コントのように途切れなく話し続けていた。

「で、どうすんの?オレは、テニス部見に行くんやけど。ホリタは卓球部に行くって、な!」

「そうだな」

「ナカサトとユギは?どーすんの?」

「俺は、弓道部を見に行くつもり」

「あ、武道館の奥の?」

「そう。部活棟の向こう側の、あれ弓道場なんだって」

「そうなん?知らんかったわ」

なんやカッコええなあ、とカイセはいいね、と親指を立ててグッドサインを作った。

「ユギはどうするんだ?」

ホリタがユギに話を振った。ユギは入学式の次の登校日、始業式の日にはあっさり髪を黒に染め直して、ピアスも外していて、クラスのみんなを驚かせた。本人は驚くようなことかな、と不思議がっていた。

「……弓道部にする」

「ふうん……?ま、ユギは根詰めずに、気張りいよ。ええと思うんや、青春やし」

カイセが訳知り顔で頷くとユギを励ますように声をかけた。ユギはむくれたような顔でカイセを睨んでいた。

ホリタとマオは視線を合わせて、知っているか? いや 知らない、とアイコンタクトを取った。しょうがないな、と肩を竦めたホリタが次の話題を提供した。

「ナカサトもユギも、弓道経験者なのか?」

「俺は初めてだけど……。ユギは?」

「あー……、弓道ははじめて、かな」

「なんや、そのビミョーな言い方!」カイセがユギにツッコミを入れた。

「オレはテニスは経験者やで。これでも!中学んときやってんねん。そいや、ホリタは?」

「体育で一番、性に合っていると思ってな。高校生デビューもよかろう」

「なるほどなあ。……とかく、身体は大事にせえよ。身体が資本やからな。お互いきばなあんかな」カイセはホリタに神妙な顔をして頷いた。

「ユギとは部活一緒か。よろしく」

「こちらこそ、今後ともよろしく」

カイセはちらちらと見ていたが短い頭をかきむしると「あかん!心配で夜しか眠られへん。ユギ!聞きたいことがあんねん、ええか?」と叫びユギを見据えた。

ホリタは小声で「夜しか眠れないのは正常なのでは……」と呟いた。

マオはホリタのツッコミに思わず変な声が出てしまって、慌てて咳払いをして平静を装った。

視界の端の靄がざわついたのは、きっとマオの気のせいだ。マオはカイセの発言に耳を澄ませた。


「ユギ、この学校の聖女さまに告白したって噂はほんまなんか!?」


カイセはユギに耳を貸すようにジェスチャーをすると、小声ながらも興奮した様子でユギに尋ねた。ユギは、ああ、と平坦な声音で「本当だ」とカイセに囁いた。

マオは、背中にざわりとした気配を感じた。靄だ。

ユギは、ホリタとマオを手招いて、実は…と話し始めた。


「人生はじめての一目惚れなんだ。あの人が学校の有名人とは知らなかったけど、僕は本気なんだ。……見守ってくれないか」


ユギはひたと3人の目を順に見据えて、とても重要なことを伝えているのだと示していた。

「わかった」とマオは頷いた。マオにとっては、クラスメイト……いや 友達のことをひとつ知れたという歓びと、友達のことを応援したい気持ちだった。

ホリタはふむ、と頷いた。

「そうだな。ユギ、噂をよく知らないのだが、カイセの言葉通りの内容だとして……その聖女にユギが告白をしたなら既に返事をもらっているのではないのか?」

「……ボクも噂の詳細は知らない」

「そうか、ではカイセ。どんな噂を聞いたために、ユギに伝えようとしたのだ?そも聖女とはなんだ?」

マオはホリタが、カイセの一言からそんなことを考えていたとは想像もしなかった。

カイセはホリタに深く頷くと、噂の説明をした。

「オレが聞いたんは、1年の青い髪の男子が、3年の聖女に告白してた、ていう話。それから、その3年の聖女って人が女神みたいな仏さまみたいなマドンナみたいな完璧な人っていう噂、あとその聖女は弓道部に所属してることと時々その告白した1年が聖女と話してる様子をみたって話、それ以上は知らん。……けどな、オレ、姉ちゃんと妹がおってな……、恋人ならええけど違うなら、……つきまとっとんなら、それは友達として止めなかんと思ったんや。ごめんな、こんなこと聞いて」

カイセはユギにごめんと頭を下げた。

「……まあ、僕も言ってなかったし」

ユギはカイセにとりあえず頭をあげてよと言った。

「これは、ホリタの疑問への答えでもあるんだけど、その先輩……ヤマダさんていうんだけど……、告白したらわたしは君を知らないから返事は難しい。君がもし本気なら初めましてからお願いしたいし、まずは学校のなかで話し掛けに来てといってくれたんだ。返事もしてくれるって、だから今猛アピールしてるとこ」

ユギは左手で顔や髪をぐるりと撫でて、真っ赤になった耳たぶをさわった。

「ヤマダさんと同じ、弓道部に入っていいかは聞いたし、部活中は部活に専念する約束だから、それはもちろん守る。もしヤマダさんが駄目と言っても部活はちゃんとするし、勿論つきまとったりはしないからさ」

ホリタはそうかと言って、考え込む様子を見せた。

カイセはユギに「信じるぞ、ユギのこと」と目を合わせた。ユギは「こちらこそ」と頷いた。

カイセはマオに「そういうことだから、ユギのことみといてくれ」と、言った。

「え……、うん。わかったよ」

マオは、ちょっと状況についていけてない自分の情けない返事が恥ずかしかった。

浮かんでいた靄がだんだん色を濃くして、とうとう教室の床に落ちた。ベチョリと音を立てた。マオは靄が落ちたであろう場所を見ないようにして、教室を出た。

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(仮)世界の中心にいないボク くさまくら @Kam3b

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