第2話 入学式のこと 友達になれるかもしれないクラスメイトのこと
「なあ知ってるか!さっき仕入れた噂なんだけど、今年はこの学校 定員割れしなかったんだって!」
「え、この高校に落ちた人いたの?」
「この地方で底辺校っていわれてるのに?行くとこなくてここに来るんじゃないの」
「いや、いたらしい。……ま、俺たちここ数年で一番頭良いってことかな」
「調子乗んな。たまたまだろ。不況のせいだって。そもそも少子社会で子供が少ないから、基本的に受かるだろ」
「まあ、そうだけど。でもさ、先生達が言ってたらしいよ。この学年からは退学者でないかもしれない。なんて喜ばしいことだって」
「期待値 低っく」
「それより、さっきすごい良い感じの先輩がいたんだけど!声がよくて、こう笑った顔が可愛いくってさ……」
やや大きな声で話す男子生徒たちの仕入れた噂話を、マオは耳を大きくして聴いていた。入学式を控え、先に自分のクラスへ入った同級生たちは早くも手探りながら仲間探しを始めていた。似通った雰囲気同士で情報を交換し、既に数人ずつ朧気にグループが出来ていた。
教室にも靄は漂っている。でもいつも通りだ。
マオは黒板に貼ってあった座席表に従って自分の席へ歩いた。マオの席は教室の窓側の後方から2つ目だった。
───これは荷物を置いて座ったら、ダメなやつだ!
自分の高校生活に置ける人格が周囲からの期待値にって定まる前に、自分で演じて掴みに行かねば……。マオは中学までの生活を繰り返さないためにも変わろうとしていた。やんちゃでもなく、勉強に専心でもなく、スポーツ一辺倒でなく、趣味に打ち込むでもなく、普通。いつも一緒にいなくてもいい、すこし緩いくらいのまとまりのグループがいい。組分けで仲間外れにされない程度で、いつでも適度に話ができるグループ、それがマオの求める普通だ。
───よし、先ず近くの席の人に挨拶。明るく、普通な感じで!自然に。
「おはよう」
荷物を置きながら、本を読んでいた後の席の生徒に声をかけた。入学式当日に交流するでもないこの生徒から返事がなくても、他の生徒に声をかけるだけだ。まずは練習だ。
「はよ」
低くい声。返事が貰えたので、マオは話を続けた。
「なにを読んでいるの?」
「これ?」
生徒は本から目を離さず、マオに読んでいた本を見せた。
細長く薄い本は表紙も背表紙も裏表紙も白かった。大きな特殊な漢字で「灰」の文字が書かれている。
「『かめれおん日記』」
キリがついたのか、生徒は本にスピンを挟んだ。本から顔を上げたその生徒は髪の内側を染めていて、ピアスが光っていていた。窓から差す日の光が、髪の内側の青を輝かせピアスの銀が星のようだった。
マオは、満点の星空を見て息をのんだ。
「……地味なオタクだと思ったらヤンキーの方だった」
「へ!?」
その生徒は、マオの目をじっと見返して「そんな顔」と笑った。
「あ、ごめん。読書が好きなのかなとは思ってた」
「いいよ、気にしなくて。えっと……」
「ナカサト。ナカサトマオ」
「そ。ナカサトね。僕は、ユギ。よろしく」
「よろしく。ね、その髪とピアス……大丈夫なの?」
「それが、……だいじょばない」
校門で既に生徒指導だったと、ユギは深刻な声音を出すが表情は軽やかだった。
「だよね」
「でも染めたばっかなんだよな」
ユギは勿体無いと唇を尖らせて、「しょーがねーけど」とからかうように笑みをつくった。
「な、ユギは入る部活は決まってる?」
「部活、1年は参加必須だっけ。……ナカサトは決めてるの?」
「うん。俺は弓道部」
「経験者?」
「ううん、はじめて」
「チャレンジャーじゃん」
いいと思う、と言うユギの声が優しかった。
◇
諸君と生徒に呼び掛けてハキハキとしゃべるタイプの学校長は、話の時間が短くて生徒たちからざわめきが起きたほどだった。次に生徒代表として、生徒会長が話した歓迎の言葉も端的であった。話が長かったのは、入学式のあとの諸注意事項の説明からだった。驚きの長さ、配られた書類を片手に意識がぼんやりとしたのは自分だけではないとマオは信じたかった。ちらりと周囲の様子を伺うと、欠伸を噛み殺しているのがちらほら、寝ている者もいてマオは胸を撫で下ろすことができた。
教室でのホームルームの開始時間を告げられその場は解散になった。生徒たちは近くの友人たちと、団子になりながら体育館を出ていった。マオはユギに声をかけた。
「おー……?」
「あ、先行って。呼び出し」
ユギはやや長い毛先を摘まんで見せた。ユギの示す先には、先ほどの諸注意事項の先生がいた。これから髪色とピアスについて注意を受けるのだという。マオはユギに頷きを返して、体育館を出た。
体育館からは渡り廊下を2つ越えて教室棟へ歩く。この田舎の学校は校舎にエレベーターがあって感動したが、それは台車で資材を運んだり車椅子や担架などを使う場合もしくはそれに相乗りする場合に限ると貼紙がされていた。
少し色の濃い靄が辺りに浮かんでいた。視界に移る靄は移動したり濃くなったり、同じ状態でいないな、とマオはなるべく靄を見ないようにしながら考えをまとめていた。
「わかるけど、まあ、試しに乗ってみたいとは思うな」
「うん、試しに乗ってみたい……!わたしもそう思う~。思った~」
独り言に返事があるとは思わず、マオはぴくりと小さく飛び上がった。
階段から赤いリボンの上級生が降りてきた。猫の毛のようなふわふわの髪を耳の下で結んでいた。
「……乗らないんですか?」
「今日は、ね。運動したい気分だし」
また今度 機会があれば、と上級生はぱたぱたと駆けて行った。
マオは廊下を小走りで行く背中を見送ったあと、階段の奥に設置されたエレベーターを見た。すると、ゴトリと音がしてエレベーターの扉が開いた。
「あ」
「え?」
車椅子の人と鏡越しに目があった。
「あ~……、こんにちは」
「こんにちは」
車椅子に乗っている生徒は、ブランケットを膝にのせていた。エレベーターホールで車椅子を小さく回転させて方向転換をした。赤いリボンの上級生だった。
「入学式が終わったところかな?」
「え、あ、はい」
「そう。ありがとう」
車椅子の生徒はそのままスルリとマオの前を横切って行った。
マオは開いたままのエレベーターの扉を見たあと、階段に向き直った。
「ま、運動も大事だし」
靄は、いつの間にかどこかへ消えていた。
◇◇◇
ホームルームの開始時間よりは早く、ユギたちが生徒指導から帰ってきた。
「おかえり」
「うん」
帰ってきたユギは心此処にあらず、を体現したようだった。
「そんなに、厳しかったん?」
眼鏡をかけたクラスメイトがユギに声をかけた。
「へ?何が?」
「いや、生徒指導……」
「そうそう!ユギ、ぼんやりしてんし。ホリタもそう思ったんや?あ、オレはカイセね。ナカサトとユギやんな、改めてよろしく。それで、ユギ。どやった?生徒指導は。どんぐらい怖い?いけそう?オレな、染めたいんやけど……」
カイセが立て板に水と話続けるのをナカサトは目まぐるしく聞いていた。内容を聞き取るのでいっぱいいっぱいだった。
ホリタは、慣れたようにカイセに話すことを委ねている。
「で、どう?」と再びカイセがユギに問うた。
「んー。生徒指導の先生はたぶん今のところ大丈夫そう。2回目までは口頭注意、3回目で厳重注意だって。4回目は反省文。しかも、次はお洒落染めはなしって注意だけで、染め直しまでは良いってさ」
「えマジ!?寛大じゃん!やった」
「かもね。でも、5回目は保護者呼び出し注意だって」
そうかそうかと、カイセは深く頷くとユギを労った。
「……生徒指導の先生より、服飾科の外部講師が強いかもよ」
「外部講師?」
ホリタが尋ねるのに、ユギは神妙な顔をしてみせた。
「そう。陽気に持ち上げられて、気分がよくなる。ルールを守るため、というよりその方がいいかも、みたいな気分になって考えを改めさせに来る」
「……なんて?」
「どゆこと?」
「ユギ、分かりやすく……」
ユギは説明を求められても、逢えばわかるの一点張りであった。
「まあええや。情報ありがとな」
カイセはえーと唇を尖らせながらも、ユギにお礼を伝えた。
「ん、どういたしまして」
ユギは力が抜けるような笑みを見せた。
「ユギ?ほんと大丈夫?」
マオは、朝と比べてユギの質量がなくなったように感じた。会話が成立しているが、ユギの心はここにはない。クラスメイトの役割をこなしているだけだ。
───でも、オレも今日初めて会ったクラスメイトだ。
マオは勝手に相手をわかったような気になった自分が、心底、気持ち悪かった。
ああ、いつになく視界に靄が掛かっている。
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