サイコバニーのラビットテール

あきかん

 

 姫ことサイコバニー先輩が俺の横を歩いている。サイコバニートートにサイコバニーTシャツ、それにウサミミのあの姿で。

 握った右手が汗ばんで手の内が遊んでしまう。悪い吉兆だ。姫が何を考えているのかわからない。

「姫、私の趣味と言いましても食べ歩きとポタリングしかないです」

「良いから案内しろよ」

 腹に巻いた姿勢矯正用のコルセットに触れた。中々の硬さがあるそれは、仮に腹を刺されてもある程度は防いでくれる。

 渋谷を歩く。駅チカ、禁煙となると場所が限られる。候補はいくつか思いついた。まずはパルコへ向かう。スペイン坂の1つ先。クレープ屋を曲がり、坂道を上がり、バーガー屋の上に続く広い階段を見上げる。ホームズパスタの看板が階段に置かれていた。

「あぁ並ばないとか」

 横に並ぶ姫に目配せする。少し嫌な顔をしていた。

 歩くか。目当てはフォークだ。別の店でも構わない。

「姫、少し歩くけどスープカレー屋にしますか?」

 と、俺は言った。

「今日は君に付き合うよ」

 と、姫は言った。頭に生えているウサ耳が僅かに動く。まだハロウィンには少し早い。周囲の目は姫に注がれていた。

 俺達は宮下坂へと向かった。パルコを通り過ぎ十字路へ。信号を真っ直ぐ進み線路の下を潜る。

「自転車の何が面白いの?」

 と、姫が聞いてきた。自分の趣味は自転車で街を散策するぐらいしかない。

「例えばですよ。突然、ナイフを突きつけられたとします。興奮しませんか?」

「変態なの?」

「違います。自転車の面白さは独りになれること。そして、すぐ目の前に死が転がっていることです」

 姫は理解出来ないような顔をこちらに向ける。まぁ良い。理解してもらおうとは思わない。常時ウサミミを付けている変態には、特に。

「それで」

 と、姫は話を促してきた。

「つまり自転車ってまぁまぁ危ないんですよ。まずスピードが出ます。どんなに気楽に走っても20キロは余裕で出ます。マンホール何かの上を通ると滑ります。僕の自転車はリムブレーキというんですが、それは雨の日は役にたちません。それに人は突然飛び出してくるし、車は構わず幅寄せしてきて巻き込まれそうになることもあります。いつ大怪我するかわかったもんじゃないですよ。とても怖い乗り物なんですよ」

 全く理解出来ない顔の姫を見つめながら俺は続けた。

「つまり、生きている実感がわくのです。とてもね」

 話していると店に着いた。『北海道スープカレーSuage +』の看板が申し訳無さそうに店の入ったビルの前の歩道に出ている。

「ここです。地下だから静かですよ」

 と、俺は言って姫をエスコートし地下へと降りた。

 席へつくと店員がお冷を持ってきた。

「ここの注文はスマホでします。こうやってQRコードで開いてメニューを選びます」

 俺は実際にやってみせた。そして、姫も注文をした。

「ここでゲームをしましょう。ルールは単純。先に注文が来た方の勝ちです。」

「面白い。何を掛ける?」

「負けたらそのサイコバニーTシャツを買いますよ。僕が勝ったら姫の尻尾を下さい」

「私の尻尾はレアだぜ。Tシャツ1枚じゃ割に合わない」

「なら、お望みなだけサイコバニーグッズを買いますよ」

「のった」

 姫は俺との勝負を承諾した。この勝負は俺の圧倒的有利だ。理由は2つ。まず、先に注文したのは俺だ。仮に同じタイミングで持ってきたとしても俺から受け取る可能性が高い。そして、俺が注文したのはこの店の定番メニューのパリパリ知床鶏と野菜カレー。肉が串に刺さっていて食べやすいのでオススメだ。

 店員がフォークやナイフ等が入った箱を持ってきた。勝負の時は近い。

「何で私の尻尾なんて欲しいの?」

 と、姫は聞いてきた。俺はそれに気のない返事を返したが

「ちゃんと聞いてる?」

 と、姫は俺の顔を左手で掴み目を睨む。

「それは……」

 と、俺はどもってしまった。

 そんな事をしていたら注文していた品を店員が持ってきた。パリパリ知床鶏と野菜カレーだ。俺は手を上げて、こちらです、と口に出そうとした。しかし、歯を噛み締めていたため声が出なかった。

 テーブルに置いていた左手にフォークが刺さっていたからだ。姫は右手のフォークをグリグリと捻じる。刺さったフォークの歯が俺の左手に食い込んでいく。

「それ、私のです」

 と、姫は平然と言った。俺は左手の痛みで勝負に負けた事すら頭に無かった。

「美味しそう。それとこれは汚いね」

 と、姫は握っていたフォークを俺に投げつけニヤリと笑う。そこで俺は負けた事に気がついた。一度戻った店員がパリパリ知床鶏と野菜カレーを持って来るのが視界の端に見えた。


 食べ終えて階段を登る。今度は姫が先導して地上へと向かう。こちらは痛みで味などわからなかった。

 姫のお尻の丸くてふわふわした白い尻尾が揺れる。俺はそれに見惚れる。左手を隠しながら俺は街を自転車で駆けている時と同じ興奮を姫に抱いていた。

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サイコバニーのラビットテール あきかん @Gomibako

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