深愛の魔女様

ゆららぎ

深愛の魔女様 前編

 私が魔女様の伝説を聞いたのは、物心ついて間もない頃だった。その頃の私は、おばあちゃんが毎日聞かせてくれるおはなしに夢中で、お父さんとお母さんの言うことも聞かないで朝から晩までずっとおばあちゃんに張り付いていた。いつの日からか、さすがのおばあちゃんも両親を困らせる私をみかねて、いくつか教訓めいたおとぎ話を聞かせてくれるようになった。魔女様のおはなしはその中の一つだった。


「ヘレナ、またベッドから抜け出してきたのかい?」


 おばあちゃんは暖炉の前の腰掛けに座って本を読んでいる。思い出してみれば、おばあちゃんはいつもここに座って読書していた。いつも私は読書の邪魔ばっかりしていたので、今となっては申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 部屋に入ってきた私に気付くと、おばあちゃんは困ったように苦笑いしながらも私を迎えてくれた。


「うん!だってヘレナ、今日はまだおばあちゃんのおはなし聞いてないもん!」


 幼い私は駆け寄ると、座っているおばあちゃんの身体をよじ登って、膝の上にちょこんと座る。ここが私の定位置だった。


「あんまりお母さんを困らせるんじゃないよ。寝ない子は大きくなれないからねえ」


「お願い、おはなし聞いたらすぐに寝るから!ひとつだけ!ひとつだけでいいの!」


 割れ物に触るような優しい声のおばあちゃんとは対照的に、ガラスも割れんばかりの声でぎゃあぎゃあと喚く私。そんな様子を見て根負けしたのか、おばあちゃんはため息をつきながらはにかみ、


「しょうがないねえ。じゃあ、ヘレナのような悪い子には、怖い怖い魔女様のおはなしをしてあげよう」


 と言うと、近くの机に置いてあった1冊の本を開いた。


「昔々、このモーン王国ができて間もない頃。街の片隅の小さな森で、便利屋を営む魔法使いがいました」


「彼女は、占い、魔物退治、人探し、薬の調合や家作りまで、たくさんの魔法を使っては、みんなに感謝されました」


「その時代にいた王国の魔法使いの中でも、彼女の腕はとびきり良いもので、街の人は困ったことがあれば何でも彼女に頼りました」


「いつしか彼女は、国中の人から親しみを込めて〈魔女様〉と呼ばれ、国王様からも尊敬される存在になっていました」


「ある日、国王様は彼女の強い魔力を賞賛し、モーン王国の発展のため、自らのきさきになるよう言いました」


「魔女様の強力な魔力を後世にまで残すことは、王国の発展のためにはとても重要でした」


「しかし、魔女様は愚かにも断ったのです」


「とてもわがままな魔女様は、王国よりも、自分を優先したのです」


「国王様は、国を裏切った魔女様を捕まえるため、国中の魔法使いを呼び出し、魔女様を追わせました」


「国の外へと逃げようとする魔女様を見つけた魔法使いは、力を合わせて魔女様と戦いました」


「しかし、非道な魔女様は魔族と契約し、悪魔のように邪悪な姿に変身し、魔法使いたちを苦しめました」


「魔法使い達は必死に魔女様と戦い、王国を想う聖なる力で、魔に堕ちた魔女様をなんとか倒すことができました」


「捕えられた魔女様は、国王様の命令で、魔女様に裏切られたたくさんの人々が見届ける中、お城の前で処刑されました」


「人々はその邪悪な姿を見て、恐怖を込めて〈魔女様〉と呼び続けたのでした」


 本を置くとおばあちゃんは、


「ヘレナも魔女様みたいにわがままだと、何かバチが当たるかもねえ」


 とさとしたが、それでも私はこの時、魔女様が少し可哀想だと思ってしまった。




 あれから年月は流れ、私は13歳になり魔法学校に入学した。

 魔法は生まれ持った魔力により強さが変わり、その扱いにもセンスが必要なため、魔法学校に入学できるのもその才が認められたほんのひと握りだけだ。私の入学が決まった時、両親もおばあちゃんも半狂乱になるほど喜び、何度も何度と祝ってくれた。私の家系から魔法使いが生まれたのは初めてのことで、一家から魔法使いを輩出するということはこの国の人々にとってはこの上ない名誉だった。


「──ヘレナ、国のために、立派な魔法使いになるんだよ」


 大好きだったおばあちゃんの最期の言葉だった。おばあちゃんは、私の魔法学校入学が決まった次の日に、いつもの腰掛けに座って幸せそうな顔で息を引き取った。お医者さんによると、とっくにこの国の平均寿命を超えていたらしく、十分に天寿を全うしたとのことだった。それでも、私の入学祝いで力尽きてしまったのかもと思うと、また自責の念で満たされていく私だった。

 それからは、おばあちゃんにせめてもの恩返しがしたくて、遺言を果たすため、魔法学校で必死に魔法を学んだ。座学から実戦練習まで、他のどの生徒より真面目に取り組んでいたと思う。その結果、散々両親とおばあちゃんを悩ませたやんちゃ少女は、今では魔法学校の優等生になっていた。


「ヘレナ!こないだの魔力測定の結果聞いた?私、魔力量が3級で学年8位になってた!ヘレナはヘレナは?」


 勢いよく声をかけてきたのは、赤毛をおさげにした同級生、アンナだった。私は今まで読んでいた『魔術史』の教科書を閉じると、机の上で乱雑に散らばっている羊皮紙をかき分け、魔力診断の測定結果が書かれた羊皮紙を取り出した。


「うーん、私は4級だね。学年13位だし、並も並だよ」


「ふふーん、さすがのヘレナでも魔力量は平凡──って魔力操作1級!?」


 瞬く間にころころと表情の変わるアンナに私は思わず笑ってしまう。アンナが目にしたのは、魔力量測定結果の下に記載されている、魔力操作試験の結果だった。私の結果は1級。学年順位は1位だった。


「確か2位のジーノ君が2級だから……ぶっちぎりの1位じゃん!いつも魔力切れしてないからすごいなって思ってたけど……もしかしたらヘレナなら学校内でも高順位狙えるんじゃ……」


「どうかなあ……先輩達はさすがにもっとすごいと思うよ?それにジーノ君は魔力量2級でしょ?総合的に見たら全然敵わないよ」


 魔力操作とは、自身の保有する魔力を形にし、魔術として操作する技術のことだ。例えば同じ魔術でも、魔力の出力効率を調節することで威力は変わり、それにより魔力の消費量も決まる。どれだけ多大な魔力を保有していても、常に最大出力で魔法を連発すればすぐに枯渇するし、反対に、魔力量が少なくても、賢くやりくりすれば魔力切れを起こすことはない。要するに、魔力操作のセンス次第では魔力量の差を埋めることなど容易にできてしまう。故に魔法使い同士の戦闘では、基本的にこの魔力操作の技術が重要になるのだ。

 魔法学校に入学した当初こそ同級生との差は感じられなかったが、入学して1年経った今、私は魔力操作の才能に富んでいることに気付いた。その才能はどうやら天才的らしく、ここまでの逸材はそういない、と教官の魔法使いも言っていた。魔力量がもっと多ければ国一番の魔法使いになれたかもしれないらしいが、私の目標はあくまで『立派な魔法使い』になることで、『国一番の魔法使い』になることじゃないので、どうやらおばあちゃんの願いは叶いそうだった。


「そういえば次の授業なんだっけ?」


「戦闘訓練だよ。今日は4年生の先輩も参加するんだってさ」


「うへぇ何それフルボッココースじゃんかぁ……。あ、でもヘレナならもしかしたら勝てちゃうかもね……魔力操作1級だし!」


「買い被りすぎだよ、もう……」


 困ったようにそう言うと、私たちは杖を取って教室を出て校庭へと足を運んだ。




「今日の戦闘訓練は特別回だ。敵の魔法使いが常に自分と同程度の技量だとは限らん。格上との戦闘では、いかに逃げ切り生き延びるかが重要だ。逆に、格下の相手を取り逃すようでは王国の魔法使いの名折れだ。故に今回は4年生クラスと2年生クラスでの模擬戦だ。対戦相手は成績の席次順で決めるから2年生クラスでも一矢報いることは出来るだろう」


 2クラス40人が並んでも余りある広い校庭に、教官の野太い声が響き渡る。

 4年生クラスはこの学校では最高学年にあたり、すなわち来年には一人前の魔法使いだ。ちらと横目で見ても、先輩たちはどこか風格があって、既に十分『立派な魔法使い』に見えた。反対に、私たち2年生クラスはひどく萎縮してしまって、どの子も俯いて顔を上げられずにいる。それもそのはず、魔法使いの世界において、2年という差はあまりにも大きすぎる。勝つことはおろか、ろくに攻撃さえ出来ない程の実力差のはずだ。知識や技術の差が、ちょっとやそっとの機転では埋められないことなど、火を見るより明らか。圧倒的な経験値の差を補えるのは生まれ持った才能のみ。魔法使いとはそういうものだと、ここにいる全員が既にわかっていた。

 ……だというのに、どうやって戦えというのだろうか。


「それではルール説明だ。今回は時間もないので5人ずつフィールドに出て戦ってもらう。試合開始と共に魔法で結界を張り、対戦ペアを閉じ込める。4年生クラスの勝利条件は、相手をコテンパンに打ち負かすこと。今のところ医務室のベッドが全部空いてるのは確認済みだ、容赦なくやれ。2年生クラスの勝利条件は、10分間耐え切ることだ。ガン逃げするのもあり、防御魔法で防ぎ続けるのもあり、なんなら相手を倒してしまってもいい。とにかく負けねえようにしろ、以上だ。何か質問は?」


 ──10分間の生き残りゲーム。

 なるほど、確かにこのルールであれば、2年の差があれど勝機はある。これは私がクラス1位の成績だからの感想ではない。2年生クラスを客観的に見積もっての感想だ。

 しかし、どうやらそう考えているのは私くらいのようで、クラスメイト達は依然負のオーラを纏ったままだった。


「2年生クラスに優秀な生徒が多いことは聞いていますが……さすがに何かハンデを付けた方がいいのでは?教官殿」


 ゆっくりと手を挙げたのは、4年生クラスの溌剌はつらつとした雰囲気の、男前の少年だった。にこやかな笑顔を浮かべているが、どうやらこちらを煽っているというわけではなく、100パーセント善意で言っているようだ。


「と言っているが、どうする?2年生クラス」


 教官からの問いかけに、2年生クラスの表情が一瞬にして明るくなる。皆がハンデを求めて一斉に頷こうとしたが──


「これは勝負じゃなくて訓練だろ?ハンデなんかいらねえよ」


 空気の読めない声の正体は小柄な少年、ジーノ君だった。ジーノ君は、さっきまでの不安に溢れた2年生クラスの中でも唯一、あっけらかんとした様子で余裕綽々よゆうしゃくしゃくという感じだった。今も複数人の同級生に詰め寄られているが、どうやら全く気にしていないみたいだ。


「おいおいお前ら。もし他国の魔法使いが俺たちを襲ってきたとして、手加減なんかしてくれると思うか?この訓練はそういう時になんとか頑張って生き延びるためのものだろ?俺やヘレナならともかく、お前らにとっては結構大事な訓練だぞ」


 ジーノ君の言葉に皆押し黙ってしまう。私の名前を使うのは少しいただけなかったが、言っていることは真っ当だったので特に何も言わなかった。

 ジーノ君はいつもこうだ。何も考えていないようで、実は誰よりも本質を理解している。明るく気配り上手で、自分のことだけじゃなく、皆のことまで考えてくれる真の優等生。総合成績では、そんな彼の上に立っているのだと思うと、私はなんだか申し訳なくなってしまう。私が彼より優っている点なんて魔力操作の才能くらいなのに。


「とのことだが、ハンデはなしでいいか?クラウス」


「ええ、僕としたことが訓練の本質を見失っていました。やはり2年生クラスは優秀ですね」


 クラウス、と呼ばれた先輩はちらとジーノ君の方を見ると丁寧にお辞儀をした。思えば、どことなく雰囲気に気品がある。貴族階級出身の人なのかもしれない。


「では他に何もなければ開始する。名を呼ばれた者は配置につけ」


 その後、各クラス5名ずつ名が呼ばれた。その中にはジーノ君の名前もあり、対戦相手はエリンという名前の少女だった。金髪で、貴族のお嬢様のように綺麗な見た目の彼女だったが、ジーノ君の対戦相手ということは4年生クラスの総合成績では2位の実力者のはずだ。


「あ、ヘレナもこっち来たんだ。やっぱり気になるよねー、ジーノ君VSエリン先輩!」


「うん。4年生クラスの2位ってことはこの魔法学校内で2位ってことだし……自分の番までにどれだけすごいのか見ておかないと」


 私は先に観戦場所に座っていたアンナの隣に座る。程なくして、ある程度の距離を保って向かい合うジーノ君とエリン先輩の周囲が、半透明のガラスのような壁に包まれた。このたぐいの結界魔法は高等魔術に分類されるため、本格的に習得出来るのは3年生になってからなので、今の私にはこの大きさの結界を5つ同時に作るなど、到底出来そうもなかった。

 ──魔力量次第では、どうにかなるかもしれないけれども。


「あ、始まったよ!」


 結界の完成と共に、フィールド上の2人は即座に動き出す。エリン先輩が杖を振ると、その先端から何色かの魔弾が飛び出し、ジーノ君めがけて放たれた。ジーノ君は軽々かわすと、エリン先輩の懐に向かって一直線に走り出す。


「そんなに近寄ったら危ないんじゃ……」


 アンナの危惧通り、エリン先輩はジーノ君に向けて更に魔弾を撃ち込む。二者の距離は先程より縮まっているため、ジーノ君の回避もギリギリになる。


「うう……見てるこっちがハラハラするね。それにしてもあの魔弾……いち、にー、さん……5色も?エリン先輩、いくつ属性使えるの?」


 魔法は、火や水などの自然の力を借り、属性として自身の術に混ぜることもできる。大方の魔法使いには得意不得意の属性があり、多くても2つの属性を極めるので手一杯になってしまう。それを最低5つ以上使えるであろうエリン先輩は、この国の魔法使いの中でも相当な才能を持っていると言える。

 そんなエリン先輩の三度目の魔弾が放たれる。エリン先輩の懐にまで迫ったジーノ君は、驚異の反射神経と運動神経で飛び退き全弾回避したように思えた。が、躱したはずの魔弾が背後から命中し、その衝撃のまま地面に突っ伏していた。


「い、今の弾何!?躱したと思ったらギュインって曲ったよ!?」


「たぶん、通常の魔弾の中に追尾性能のある弾も混ぜてたんじゃないかな。万が一避けられた時のために」


「追尾性能なんて……そんな簡単に出来ちゃうものなの?」


「普通の人がやるなら1年くらい練習しなきゃだけど……エリン先輩は学内2位だしね」


 高い魔力操作技術があれば2、3ヶ月で物に出来るだろうから、と私は付け足した。

 残り時間はまだたっぷりある。しかしジーノ君は起き上がらない。刻一刻と流れる時間の中で、誰もがエリン先輩の勝ちを確信したその時、


「クッソ〜、さすがに痛ぇな。全弾食らってたらマズかったぜ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、ジーノ君が起き上がった。それと同時に観戦席からは歓声が湧き上がった。


「ま、これくらいで勝っても楽しくないわ。アンタもクラス2位なんでしょ?なら逃げてばっかいないでさっさと魔法使いなさいよね」


「へへっ、ほんとはもっとつもりだったんだけど……しゃあねえ、お望み通り使ってやるよ!」


 ジーノ君は杖を掲げると、自身を半透明の球体で包み込む。

 攻撃が来ると踏んでいたのか、エリン先輩は拍子抜けしたように、


「防御魔法?アンタ、そんなやわっちい魔法で残り時間耐えるつもり?ナメすぎ!」


 と言うと、杖の先から魔弾を繰り出し、至近距離から全弾命中させる。砂埃が宙を舞い、2人の様子が私たちの視界に入らないよう覆い隠す。


「ちょっと!いくらジーノ君でも防御魔法なんかじゃすぐ割られちゃうのに──」


「いや、大丈夫だよ」


 私は興奮気味に立ち上がったアンナを落ち着かせると、杖を一振りして砂埃を払いのける。するとそこにはさっきまでと同様、エリン先輩の目の前には半透明の球体に包まれたジーノ君が立っていた。


「なんで!?いくらジーノ君でもそんなすぐに防御魔法を張り直すなんて出来るわけが……」


「だからね、アンナ。あれは防御魔法じゃないんだよ」


 私は確信した、やっぱりジーノ君は賢い。この10分間の生き残りゲームの必勝法をちゃんと用意していた。

 まあ、ぶっつけ本番なところがすごくジーノ君らしいけど。

 フィールド上を細かく観察すると、相も変わらず不敵に笑うジーノ君につられたのか、エリン先輩も思わず笑顔になっているのが見えた。


「へぇ、2年生なのに結界術が使えるなんて面白いじゃない。誰から教わったわけ?」


「いや?見様見真似みようみまねだぞこんなん。俺らを囲ってる防護結界の魔力を解析して、同じことしてみただけだ」


「……魔力操作2級以上はあるってことね。ふーん、天才ってわけか。ほんと、生意気!」


 ドドドドドドとエリン先輩の杖からいくつもの魔弾が連続して放たれる。いちいち砂が舞って視界が遮られるが、その威力じゃまず割れないはずだ。


「ねえヘレナ、いくら防護結界って言ってもこのままじゃ結局破られちゃうんじゃ……」


「アンナ、魔法理論の授業はちゃんと聞いてないとダメだよ?結界は魔術と違って、自分の魔力と常に紐付けされてるの」


「えっと……てことは……?うう、魔法理論は苦手なの〜」


「簡単に言えば、防御魔法は出力した魔力分が尽きたら割られちゃうけど、防護結界は自分の保有魔力が尽きるまで割れることはないんだよ。だからあの結界が破られる時は、ジーノ君の魔力が無くなる時。ジーノ君は魔力量2級だし、今まで一度も魔法を使ってないからここから防御全振りするつもりだろうね」


 防御魔法を使わず、わざわざ魔弾を避けたのも、魔力温存のため。ジーノ君が削りたかったのは、エリン先輩の魔力と残り時間のことだったのだ。


「じゃあエリン先輩はもう絶対結界を割れないの?」


「エリン先輩の魔力量がわからないから判断しにくいけど、別にそんなことはないと思うよ。攻撃側の出力魔力量と、防御側の消費魔力量は同じじゃないから、ズドンと大技撃てばたぶん割れるんじゃないかな?」


 ただ、大技を撃たれるタイミングに合わせて結界を解き、持ち前の運動神経で避けてしまえばカウンターを狙える。それに、防護結界は防御魔法と違って、使用中も魔法が使えるというメリットがあるので、カウンター自体はいつでもできるのだ。ジーノ君がどこまで計画しているのかは不明だが、エリン先輩の方は間違いなくそれを警戒しているはずだ。大技を撃てば隙が生まれるため、カウンターが飛んできても咄嗟に防御することが出来ない。実際に、さっきからエリン先輩の魔弾の連射音が途絶えることはない。どうやらエリン先輩は、ジーノ君と魔力の根比べをするつもりのようだった。


「これは……しばらく膠着こうちゃくしそうだね」


 時計を確認すると、対戦が始まって既に6分経過している。あれだけ地獄に落ちたみたいな顔しておいて、意外と他の2年生クラスの子達も粘っているみたいだ。そうして私がほっと胸を撫で下ろそうとした矢先、拡声魔法によるアナウンスが校庭内に響き渡った。


「第三フィールド勝者、4年アベル・ハーゲンベック。次の対戦は4年クラウス・ペッター、2年ヘレナ・ゼッフェルン。直ちに第三フィールドまで来るように」


「あーあ、呼ばれちゃった……ジーノ君とエリン先輩の決着、見たかったんだけどな」


「私はヘレナの試合の方が見たいよ〜!第三フィールドってあっちだったよね、ほらほら、一緒に行こ!」


 アンナに連れられて第三フィールドへと向かう。ジーノ君たちが戦っている場所が第四フィールドなので、場所としてはすぐ隣だった。丁度抉れたえぐ地面を魔法で整地し終わったところらしく、フィールドは綺麗さっぱり元通りとなっていた。


「ヘレナ、頑張ってね!」


「うん、さすがに医務室行きは嫌だからね……」


 アンナに送り出され、位置につく。正面には既に対戦相手が立っていた。

 

(あ、さっきの男前の人だ……)


 クラウス先輩はさっき見た時と同様、にこやかな笑顔を浮かべている。私が位置についたのを確認すると、深くお辞儀して、


「やあ、君がヘレナ君だね。戦えるのを楽しみにしていたよ。俺はさっきまでエリンの方を観戦していたんだが……ジーノ君、彼は十分天才だ。しかしそんな彼を超える1位が君だろう?もう一度言うが、君と戦えるのを楽しみにしていたよ」


 と、ゆったりとした口調で話した。

 ジーノ君に1位の器があるのは、エリン先輩との戦いを見ていれば誰にだってわかる。しかし魔法の世界とは残酷なもので、魔力や経験の差なんてものは魔力操作で大概誤魔化せてしまう。そうやって誤魔化しながら1位の座に着いているからこそ、どこか私はジーノ君や他の優秀な人たちに引け目を感じてしまうのだ。

 観戦席を見れば、どんどんと人が集まってくる。さっきまでジーノ君たちを観戦していた同級生たちも、みんな私たちの戦いを観戦しに来ている。

 これが1位の重みだというのなら、私には重すぎるよおばあちゃん……。


「クラウス先輩。私なんかより、ジーノ君の方がすごいんですよ。私は一番になりたいわけじゃないんです。おばあちゃんとの約束で……『立派な魔法使い』になれればそれでいいんです。だからご期待には沿えません」


「ふむ……。国のために一番になろうと思わないのか?珍しい奴もいるんだな」


 周囲の空気が歪み、半透明の壁に覆われていく。観戦席からの声もどんどん聞こえなくなっていく。戦いの、始まりの合図だ。


「すみません、私、いつも自分ばっかりなので」


「〈魔女様〉の訓話を聞いたことは?」


「あります」


「なら。ああならないよう、精進するんだ」


 クラウス先輩は杖を掲げると、5つの白い魔弾を射出する。私は全て避けると、攻撃のために杖を掲げ──


(あ、これ違う)


 躱した魔弾から白銀の光線が、私の全身を貫こうと発射される。間一髪全身を防御魔法で覆い、合計5つの光線を防ぎ切る。防御魔法は割れてしまったが、私は間髪を容れず杖を振り、黄色の魔弾を飛ばす。


「勘が良いな。タイミングをバラけさせておくべきだった」


 クラウス先輩は私の魔弾を防御魔法で防ぐと杖を掲げ、今度は自分の頭上に複数の魔弾を放ち、円状に配置した。


「ほら、これなら防御魔法じゃ受け切れないだろう?君も結界を使ってみるか?」


 頭上の魔弾達はくるくると円を描きながらランダムなタイミングで無数の光線を放つ。私は正面を再度防御魔法で覆い身を固める。一見薄い光の膜に見える防御魔法の壁だが、今度は割れずにしっかりと私を守っている。


「これは……結界じゃないな。おそらく出力している魔力もさっきと同じ量……。なるほど、そういうことならっ!」


 同じ魔力量の防御魔法でも、全体に満遍なく魔力を行き渡らせるか、一点に魔力を集中させるかで防御力は変わる。最初に光線を防いだ時は、全方向からの射撃を防ぐために、球体状の防御魔法を展開し、なるべく均等に魔力を行き渡らせた。今の私は正面にだけ壁を張り、光線が当たるその瞬間、タイミングを合わせてその一点にだけ魔力を集中させるという魔力操作を繰り返している。魔力を多く出力しなくても強力な防御を可能にする高等テクニックだが、軽々とやってのけるには5年の修行か魔力操作技術2級以上の才能が必要だ。

 ただどうやら、反応を見る限りクラウス先輩もタネには気付いてしまったようだ。魔力を一点に集中させているのなら、複数箇所を同時に攻撃してしまえばすぐに割れてしまう。魔法学校の1位でなくても、そんなことは誰にでもわかることだ。

 予想通り、クラウス先輩の杖から更に魔弾が飛び出し、そこから放たれる光線の量が一気に増加する。増えた方は、現在ある弾と連動して射撃する仕組みってところだろうか。

 私は即座に杖を振り、防御魔法に新しい性質を付け加える。


「『鏡の壁シュピーゲルヴァント』、とかどうかな?」


 発射された複数の光線が防御魔法にぶつかる。私はもう面倒な魔力操作をやめていたが、壁が割れることはない。光線は壁にぶつかると同時に、デタラメな方向へと跳ね返り、その内いくつかはクラウス先輩の方へと飛んでいった。


「これは──反射?この一瞬で魔術を創作しただと?なるほど……これは期待以上だ、魔力操作1級、いやその中でもずば抜けた才能か、君は!」


 咄嗟のことで反応が出来ず、モロに自身の光線魔法を食らってしまってもなお、クラウス先輩はにこやかな笑顔を崩さなかった。その様子は、よっぽど余裕があるのか、余程のマゾなのかのどちらかだった。


「もともと光魔法を完封するために鏡の性質を利用した魔術の理論は組んでたんですよ、だから過大評価です」


「君が立派な魔法使いになれば、過大評価も正当評価に変わる日が来る。さあ、本気で来たまえ!」


 私は左脚を大きく後ろに下げると、杖の先端に魔力を集中させる。


「『風飛蝗ウィンドレッグ』!」


 呪文を唱え地面を強く蹴ると、足元から強い風が噴射され、一瞬にしてクラウス先輩の眼前にまで到達する。私はその勢いのまま、魔力を纏わせた杖でクラウス先輩に殴りかかった。

 ……が、鈍い衝撃音と共に、私の杖は大きく弾かれてしまう。


「魔法使いらしからぬ戦い方だ、面白い」


「特化防御、先輩も出来るんじゃないですか!」


 私の魔力を纏わせた杖は、通常の防御魔法であれば大量の魔力を出力されない限り破れるはずだが、先輩は平然とした様子で防御魔法を使って弾いた。初見の魔術にも落ち着いて対応できているあたり、強者の風格が感じられる。


「いいや、魔力量がとんでもないのかもしれないだろう?」


「それこそ魔女様じゃあるまいし!」


 私は魔弾をいくつか飛ばすと同時に、もう一度杖で殴りかかる。魔弾にはそこまで魔力を込めていないが、杖への防御に魔力を集中してくれれば余裕で割れる威力にはなっているはずだ。


「──惜しい」


「っ!?」


 私の全身を焼くような痛みが襲いかかる。何が起きたかわからず混乱する私は、あまりの激痛に呻き声をあげることも出来ず、その場でよろめいてしまう。

 攻撃は確実に防御魔法を貫きクラウス先輩に命中したはずだった。だというのになぜ私がダメージを……?


「俺の防御魔法は特別製でね、割れると同時に爆発するんだ。爆発の威力は防御魔法に出力した魔力と同等。初見殺しの、『吸収装甲クリティカルカウンター』さ」


 魔力操作の真骨頂、創作魔術。既存の魔術に新たな性質を加えたり、一から理論を組み立て魔術を作り上げるという才能の象徴たる行為。私もこれまで『鏡の壁シュピーゲルヴァント』や『風飛蝗ウィンドレッグ』といったオリジナル魔術を披露してきたが、完全に不意を突かれてしまった。

 よく考えてみれば、4年生のトップが創作魔術の一つや二つ、持っていないわけがないのに。

 私は自分の失態を悔やむと共に、素早く時計を確認した。残り時間は3分。残存魔力は4割程度。おそらくクラウス先輩はもっと余ってるはず。たとえ防護結界を張ってもすぐに突破されてしまうだろう。


(勝つためには……倒すしか、ない)


 刹那の間に考えた攻略方法は、あまりにも突飛で、通用するかも微妙だったが、このまま何もせずに負けるくらいなら一矢報いた方がマシだ。

 私は杖に魔力を纏わせると、再度『風飛蝗ウィンドレッグ』を使ってクラウス先輩へと飛び出す。


「『吸収装甲クリティカルカウンター』」


 ゴン、と鈍い音が鳴り、杖が吸収装甲にぶつかる。もう手の内がバレた状態で一点集中シールドを使う必要はないはずだが、装甲はビクともしなかった。しかし私は気にすることなくぶんぶんと杖を振り回し、何度も装甲を殴り続ける。


「……なぜ割れない?」


「簡単な魔力操作ですよ。先輩の『吸収装甲クリティカルカウンター』は割れなければ発動しない。だから割れないようにごく微量の魔力で攻撃すればいいんです!」


 防御魔法を使っている間は他の魔術が使えない。これは『吸収装甲クリティカルカウンター』であっても例外ではないはずだ。実際にクラウス先輩は攻撃魔法を撃ってはこない。どうやら一つ目の賭けには勝ったようだ。

 いくら叩いても割れない程度の魔力で攻撃を続け、相手の攻撃を封じる。こちらの威力が低いからといって、ここまでの私の魔力操作技術を見ていれば、迂闊に装甲を解除することは出来ないだろう。実際、もし解除したら本気魔力でぶん殴るし。


「ならば仕方ない、こうするだけだ」


「──っ!?」


 クラウス先輩は、杖を持っていない方の手でグッと私の首根っこを掴み持ち上げた。そして杖を空中に投げ、空いた片方の手で拳を突き出そうと構える。途端にふっ、とクラウス先輩を取り囲んでいた装甲が消える。

 完全に読み通りの展開になった。この勝負はの勝負ではない。魔法が封じられてしまえば、試されるのは魔法以外の力だ。私はクラウス先輩から魔法を捨てさせることに成功し、二つ目の賭けに勝った。

 喉が圧迫され、今にも気を失いそうになったが、それでもなんとか踏ん張って、私は杖の先に全魔力を注ぐ。


「──っ、今、だあ!!!!!!!」


「よし、


 最後に見た光景は、拳を構えていたはずの先輩の片手が、落ちてきた杖をキャッチする瞬間だった。


「第三フィールド勝者、4年クラウス・ペッター!」


 全身を容赦なく襲う激痛に耐えきれず、私は気を失ってしまった。




後編に続く。

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