第34話 女王
森の女王を前にして、俺の中にあった心の苛立ちのようなものは霧散していた。
この玉座までの空間、女王の内包する優しげな雰囲気、ロズとの立ち振舞。
「正直な話、俺は良く分からずにここへ来たんだ。何もかも分からずただ力のみを求めてここへ来た」
「なるほど、あなたは力を得て何をしたいのですか?」
「こいつはここへ来るまでダンジョンを蹂躙してきた。そしてここへ辿り着いた。あんたを殺してアンデットの軍団に加えるのさ。そうだろう?主よ」
ゾルゴルスが俺に問いかける。
「俺は」
力を求めてはいる。
俺は力を求めて何をする。
伯爵に命令されて手駒にされるのは嫌だ。
愛する人を奪われたくない。
困窮した生活もまっぴらだ。
ただ平和に愛する人間と幸せに暮す。
それだけを求めているんだ。
決して、妖精たちからこの母性の塊のような女王を奪って自らの力にするような事を望んだわけではない。
俺は自らの考えを整理して答えようとした。
「解りました。では、あなたにはこちらのアーティファクトを差し上げます」
俺が答えるより先に、女王が輝くバングルを差し出した。
「これは?」
俺が尋ねると女王は優しい笑みを浮かべて俺の手を包み込み、バングルを俺の手首に付けてくれた。
「このバングルはこの迷宮の30層にある妖精の国への転移のバングルです」
「え?この森の迷宮は15層までではないのですか?」
「ええ、16層以降は閉ざされた層になります。私の許可無く立ち入る事は出来ません」
「では、なぜ俺を?」
「あなたはエドワードを倒し私の元まで来た初めての人間です。そして、その霊力と魔力。あなたと敵対するよりあなたと共存する方が私や妖精達にとってもメリットがあると思ったからです。それに、あなたの行いは妖精達から聞いていますよ。故人との再開をさせてくれたそうね。ありがとう。私もいずれは天に召される事があるでしょう。そのときに、あなたのような死霊術の術を引き継ぐ人間が少しでも人間界に増えれば、私もあの子達と再開する事が出来るわ。あなたに援助することは私達にとっても良いことよ。あなたの目、少し濁っているけど奥はとっても澄んでいるわ。死霊術は強力な術だけど、あなたが師匠となって弟子をたくさんとってくれると嬉しいわ。30層には使ってない私の離宮が数か所あるの、その1つをあなたに与えるわ。あなたの愛する人もみんなそこに連れてきて守りなさい」
俺の望みは何も言ってないのに、全ては把握されているようだ。
伯爵の手のひらの上から、今度は森の女王の手のひらの上か。
それでも、この母性あふれる女王の手のひらの上の方がずっと心地よさそうだ。
「その、いつまで30層に住んで良いのでしょうか?」
「少なくともあなたが死ぬまでは保証するわ」
「え?」
「妖精の私からしたら一瞬の間よ。遠慮することないわ」
「感謝いたします」
ヨーコの安全。
何よりも俺が求めていたもの。
彼女が望むものが人間界にあるのならば、もしかしたら連れては来れないかもしれないけど、俺がいくら力を得ても伯爵の手の及ぶ範囲で彼女を守りきれる自信は無かった。それ故の焦り、焦燥。すべてが解決するかもしれない。
「それと人間界に戻るならアンデットの軍団も一度開放してから行きなさい」
「何もかも知っているようなお話ですね」
「ええ、これでも長生きしてるのよ。強すぎる力は、強烈な恐怖心を相手に与えるわ。強い恐怖心を覚えた相手が、どういう行動を取ると思う?逃走か恐怖の排除かの選択を選ぶ者が多いわ。もちろんそれ以外の選択を選ぶものもいるけど」
既に、伯爵には俺の死霊術の報告はされているだろう。
だが、それもグリーンドラゴン一匹従えたまで。
霊力がすぐに尽きて開放してきたと話そう。
俺の霊力や魔力ではゾルゴルスのような強力な悪魔も長期間は召喚出来ないと。
「そして、これも渡しておくわ」
「これもアーティファクトよ」
緑の宝石が輝くピアスを渡される。
「これにどんな効果が?」
「霊力と魔力をその緑のピアスから、この蒼いピアスに送る効果よ。しかもどんなに離れた場所からでも送れるのよ」
森の女王が自分の右耳にある蒼いピアスを髪をかき上げて見せてくれる。
「あなたの溢れんばかりの霊力と魔力、普通の人間ならアンデットの軍団なんて従えてなくても失神ものよ」
ウィンクしてお茶目に話しているが結構な重大発言なのでは?
力を求めて突き進んできたつもりが、既に人間界での生活が困難な状態になっていた。
「だからこそ、その霊力と魔力をあなたの内に抑えれば、内包する霊力と魔力で貴方の身体が保たないわ。だからその霊力と魔力を常に私が請け負ってあげるわ」
「愚問かもしれませんが、それであなたの身体は大丈夫なんでしょうか?」
「妖精の身体は霊力と魔力で構成されているのよ。そして私はその妖精達を統べる女王よ。人間一人の霊力と魔力を請け負うなんてわけないわ」
「いろいろとありがとうございます」
「当然私にもメリットのあることだから気にしないでいいわよ」
「ダンジョンを出るときにでも、左耳に付けるといいわ。離宮で迎え入れる準備や、妖精達へのあなた達の来訪を告げたり、もろもろの準備はしておくわ。安心して来なさい」
「何も俺は出来ませんが、ロズは今まで通り、あなたの玉座の間への門番として残します」
いろいろしてもらって感謝の気持ちもあれば、門番不在で管理者が倒されると俺の新たな楽園が崩壊しかねない。
女王は俺が絶対に守らなければならない。
「あら、エドワードあなたまだ門番続けることになりそうよ」
「ハル様感謝いたします。女王様、今度こそ不退の精神で門を死守いたします」
お前死んでるけどな。
とは言えない。
流石にエドワードを突破するやつは現れないと思う。
俺が死んだ後にどうなるかは知らんけど。
「それでは、また来ます」
「ええ、待ってるわ」
俺は女王に別れの挨拶をすると、玉座の間を出た。
ダンジョンの出口までは楽な道程だった。
無双して出口まで来ると、アンデット軍団を開放した。
開放したといっても、サモンアンデットでいつでも呼び出せそうだ。
外は快晴だった。
俺の気持ちも晴れやかだ。
左耳に緑のピアスを付ける。
霊力と魔力が一気に吸い取られる。
膨大な量が常に吸い取られている。
「サモンアンデット」
ナイトシャドウウルフを3体召喚する。
うん。
これだけ霊力と魔力を吸い取らていても死霊術を使うのに問題は無さそうだ。
確かに、これはピアスを付けてなかったらまずい事になってたかもしれないな。
俺は3体のナイトシャドウウルフを従えてファストの街へ向かった。
異世界転移して奴隷の女の子が買いたいけれど高すぎて買えない モロモロ @mondaru
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