第4章:嫌われる勇気

 2個小隊で道路左右を警戒しながら広い2列縦隊で進む捜索第12連隊第2中隊はバレガ市の舗装道路を進んでいた。こんな街並みを作っていた真面目さでシリア人が戦っていればこの内戦は1年程度で終わっていた筈で、魑魅魍魎とも有象無象とも付かない数多の武装勢力がこの地で無駄な落命を繰り返し不具の未来を量産しているには相当の理由が有った。誰もが善人では無いが、手癖の悪い将兵でも略奪しようと思わない程度には生活感の無い市街である。今まで歩いたシリアの都市では銃撃戦の最中でも職場や買い出しに向かう気骨の民間人も目にしたものだが、ここではそんな姿を見る事は無い。


「散れ!」


 愛するWAPCよりも小刻みに高音を鳴らす耳慣れないエンジン音が街道から聞こえた。第1中隊との集結点より明らかに手前での車輛音、どう解釈しても敵性車輛だ。捜索連隊の将兵は仮想敵国の兵器を座学で教わっているが、福島も対面するのは初めてだった。鋭角の多面体で構成された車体に載せられた小型の砲塔から大ドイツが戦後世界に拡散させた48口径75㎜砲が帝国陸軍将兵を睨む。砲塔のハッチが半開きでぷかぷかと揺れるが車体の動揺が止むとそれは砲塔の一部らしく静止して見せた。初級機甲教育を受けた彼女には砲が十字を切る動作の意味が理解出来ていた。中では砲手が照準眼鏡に目を押し付けながらこちらを狙っているのだろう、装甲車の背後では引き上げているのか増派しているのか敵兵が走り回っていて下士官か将校らしい人間がドイツ語で激を飛ばしている声まで聞き取れた。


「3小隊正面、BTR現出」


 将兵の狼狽を見下す様に連装機関銃を横薙ぎに勇み出たBTRことSd.Kfz 301はドイツが世界に輸出したベストセラーの偵察用装輪装甲車だ。急制動で前傾した車体が水平に戻ると砲塔を旋回させ第二次世界大戦では戦車砲として用いられていたその主砲で日本兵を捉える。


「対戦車戦闘! 無反動前へ」


 捜索連隊の対戦車火力は無反動砲に依存している。柔道部らしい潰れた耳をした無反動砲手は呼ばれるや即座に駆け出し流れ弾に顔面を穿たれて死亡した。それまでの個人的関係を一切封印した感情で福島は即決し、振り返って目に入った同じ小隊の小柄な兵卒杉山隆太を呼ぶ。


「杉山! 無反動持って来い」


 期待の若手、杉山一等兵は二つ返事で駆け出し死んだ。持続走競技会、体力検定二課題の懸垂で活躍した締まりの有る細身な陸上選手じみた彼の体躯、先輩兵卒の体罰にも負けない根性と純情な不器用さは大ドイツ製75㎜榴弾を受けて液体と化して消えたのだ。その一部始終を追う事も出来ず彼女は爆風で民家の壁に叩き付けられた。周りの兵士や下士官が福島を気遣う中で、善良なる兵士杉山は焼け千切れた下半身だけが残されほぼ裸で転がっている。アイセイフティが無事なら少なくとも眼は無事だ、という確信を持ち強かな鼻息で痛みを体内から追放して射撃位置に戻る。


「うっわ、酷いな」


「クソ、杉山!」


 難燃を謳う戦闘服だがその縁に炎を纏っていた。かつて営内飲酒の果てに悪酔いした先輩兵卒から衣服を全て剥ぎ取られ舎後に放り出されていた杉山の見覚え有る裸体はただ焼けていた。福島は驚きを追い越して突き上げる使命感で89式小銃の切り替えレバーを単発に回し、ドイツ製らしい面構えの装甲車の影から出た武装親衛隊の兵士を狙い射撃を繰り返す。無反動と言って差し支えない89式小銃だが、基本射通りの正確な射撃は望むべくもない。7.92mmクルツ弾や7.62mm×54R弾を用いる武装親衛隊の射撃は迫力に満ちている。総じて小口径弾しか用いない自分達の射撃にどの程度の効果が有るのか、爆竹程度の銃声に聴こえる89式小銃を撃ち込みながら福島は恐怖心を飲み込んで信じた。滑り止めの切り溝を格子状に刻まれた槓桿が後退位置で停止するまでの間、多角形の装輪装甲車に89式普通弾を撃ち込む。その甲斐なく連装機関銃を撃ち返され遊撃軍曹が崩れ落ちる様子が福島の間接視野に飛び込んだ。彼が長年鍛えた左脚が有った場所からは飛び散った肉がそれまで覆っていた骨が飛び出しているが、本人の強靭な意識は本人にとっても幸いな事にどこかへ飛んでいる。衛生兵は処置を諦め、前線救護の教育に則り軽傷者の処置を優先した。これを無責任と批判する事は容易いだろう。


「早く取って来い無反動」


 誰もが尻込みする状況に駆け出すどうしようも無い奴が居た。嘘つきで言い訳がましく、失敗の責任は同期に押し付け歯を磨かず鼻を打つ様な口臭を部屋中に垂れ流し後輩からも公然と舐められる。小銃以上の火器の分解結合は微塵も覚えず、演習場に行けば物品を脱落させる。そんな他小隊の岩井一等兵が部隊に唯一の無反動砲を担いで走り込む姿に福島は一切の嫌悪感を棄てて感動を覚えた。今までは嫌いだったし後々も嫌いだろうが、この瞬間に素晴らしい実直さを見せたのだ。人の真価は苦難の時にこそ発揮される。彼女はこれまでの全ての嫌悪を棄てこの英雄から14㎏の鉄塊を彼から受け取る。


「良いぞ、貸せ! 対榴込めろ」


 地球の芯まで繋がっているかと錯覚する重量の70式90㎜無反動砲を軽々肩に載せてそう怒鳴る。岩井は砲尾環を跳ね上げ薬莢側面の雷管が特徴的な88式対戦車榴弾を滑り込ませた。小気味良い金属音を響かせ砲尾を閉鎖し岩井は後方爆風範囲から逃れる。Sd.Kfz 301は何かを破損したのか後退して行き一度路地に入っていた。一矢報い、削がれた味方の尊厳を弔う機会は今しか無い。


「弾込め良し退避良し!」


「よっしゃァ!」


 射撃号令に無い雄叫びを挙げ、彼女は装甲車のエンジン音を聴きながら無反動砲の照準眼鏡に備わるゴム製のアイカップに目を押し付ける。座学で学んだ内容にSd.Kfz 301は高度な昼夜間照準装置を搭載しているが、その大柄な対物レンズは砲塔上に目立つ位置で搭載されていると聞いた記憶が蘇る。それが破損しているとしたら、砲手用の直接照準眼鏡が無いSd.Kfz 301は車長がオーバーライドせねばならず射撃精度と装填速度が落ちる筈、いや、装填は砲手がやっていたか、と座学の内容が氷の上を滑る勢いで溢れ出て来る。走馬灯にしては仕事熱心過ぎると内心笑いながら無反動砲を構えてただ敵の現出を待つその姿に小隊の者達は面食らっていた。


「BTR現出!」


「MG撃て、福島を援護しろ!」


 機関銃手が片手でリンクを支えながら5.56mm普通弾を連射する。限り無くMINIMIに似た帝国陸軍の99式軽機関銃、AR-15用弾倉を挿す機能が無い以外は初期型のMINIMIにしか見えないそれを窓枠に据えて射撃する。彼はこの日、巡り巡って今日が初である実戦を恐怖を厚塗りで上書きする根拠の無い高揚感と自信、何より99式軽機関銃と共に迎えていた。高速連射位置に規制子が止まっている事を失念していた彼は89式小銃とは比較にならない反動に右肩を押し込まれながらも体幹と下半身の力、何より鍛えた前腕でそれを無理矢理に抑え込む。少年じみた高笑いを誰にも聞こえていないと信じて彼はSd.Kfz 301の砲塔周りに89式普通弾を浴びせ、砲塔にしがみ付いていたドイツ兵を撃ち落とした瞬間に自らの生を感じた。


「撃て!」


 自分自身に命じる勢いで福島は射撃号令を叫び引き金を引く。鼻から抜ける衝撃波を飲み込みながら彼女は自らが放った対戦車榴弾が敵BTRの側面装甲を撃ち抜いた瞬間を目で追った。重量級の車体が被弾の衝撃で揺れ、目に刺し込む閃光が煙を纏った直後に車内の何かを破壊したらしくSd.Kfz 301はその威圧的な動作の一切を止めた。


「やったぞ、小隊前へ! 突っ込め!」


 小隊軍曹が歓喜し戦闘保護眼鏡越しに笑みを見せた。部下を従え、どの兵卒よりも速く89式小銃を手に駆け出す。平時は退職を希望する兵卒の相談相手として気さくに振る舞う小隊軍曹だったが、今はその背中でその場の全員を率いている。無反動砲を負い紐で首掛けした福島も続き、街道に無防備なまでの勢いで歩み出る。Sd.Kfz 301の自動消火装置はよく火災を抑えていた。車体前方のハッチから脱出を試みた敵の乗員に89式小銃を指向し脇を締めて引き金を引くと車体装甲に弾かれる弾着の中で制御しきれなくなった燃料由来の爆炎にその皮膚を焼かれるその姿が見えた。表情は絶叫している面持ちだが声らしい声も聞こえない、市街地をただ破壊する戦闘の背景としては極めて静かな死に様だ。


「気の毒」


 福島は呟き、小銃の切り替えレバーを単発位置に留めたまま引き金から指を浮かせ周囲を視認した。部隊は前進し、脅威では無くなったドイツ製の装輪装甲車は車内の弾薬が誘爆して花火の様に曳光弾を撒き散らす。燃え上がり溶けて纏わり着いた被服を剥がそうとする焼死体の成り損ないが半ば重力任せに転げる様子に目もくれず部隊は道路左右に展開し歩みを進めている。体毛も皮膚も焼け落ちる姿がアーリア人としての優等性を信じてこの地まで来た彼の結末だったらしいと受け取り、人種主義の愚かさを勝手に想像してその場を離れた。幸い、実際にあの男が何を考えていたかなど誰の脳内にも存在しなくなったのだ。そんな事より無理に首掛けした無反動砲の重量で食い込む負い紐が締める首の悲鳴が脳を支配する。女である事を棄てたと公言していた彼女の口から男が持てよと言う声が危うく出かかる。


「各人間隔取れ、警戒方向見ろ。横井、上階に注意しろ」


「了解、小西、福島から無反動回収しろ!」


 神よ、無宗教の極みである福島は漠然とした概念に感謝を捧げ無反動砲を小西伍長に託した。日頃から彼なりに紳士的に福島に接していたが、この瞬間の小西は一切の感情無く淡々と重量物を受け取る。すまないと感謝を示した直後、大柄な破裂音とも言える銃声が響き先頭を行く一等兵が尻もちを突く様に斃れる。銃創の破壊からして機関銃弾では無くドイツ製の7.92㎜クルツ弾だ、身軽になった福島は直感し姿勢を低くしながら街路樹に小銃を押し付け据銃する。生焼けの死体の臭気が香ばしく、鼻を抜く発射ガスの臭いを鼻孔から押し退け家屋の窓にちらつく人影を見付けて叫ぶ。


「前方に敵散兵!」


「小銃撃て、軽機前へ」


 機関銃手が99式軽機関銃を片手に駆け足する。止まった方が危険だと言う教育と仲間への信頼、若さ故の根拠の無い自信が彼の足を進めた。敵も訓練された部隊らしく射撃と移動を交互に繰り返しながら後退して行く。1中隊正面も戦闘が続いていて、いち兵士個人としては勝っているか負けているかも判らない感覚に陥る。街中に反響する銃声と破裂音に聴覚を閉ざされて尚、上官からの声が聞こえる事に感動すら覚えた。敵の射撃を受けて駆け足も半ばに転がる古兵を見ても足が止まる事は無い。兵卒の中でも機関銃手は体力と胆力で出来ている。全力疾走の末に膝から滑り込み二脚を地面に打ち込む勢いで据銃し敵の発砲炎に軽機関銃を向け報告する。


「軽機到着、準備良し!」


「軽機撃て!」


 到着報告に対する指揮官の号令一下、安全子を火――射撃位置に回した機関銃手は激動後の呼吸を硝煙と共に飲み込んだ。薬莢とリンクが地面に浴びせられ弾着の砂埃が武装親衛隊の拠点となっている町工場を包む。開いた扉に向け射撃すると金属製らしく火花を散らしながら閉まる扉を押しのけ武装親衛隊の迷彩服を着用した兵士が小銃を乱射しながら飛び出して来た。相互支援も無く逃げる様に駆け出して来た彼がそれより遠くに行く事は無く、途端に粗雑に命を落とす敵を見て機関銃手は素朴な疑問を抱いた。


「あいつら本当に特殊部隊か?」


「さあ。見ろよ」


 弾薬手が顎で示した。カーテンか何か、白旗を掲げ投降の意思を示すた兵士だ。福島の倫理観が辛うじて引き金から指を離す。何が変わったのか戦地の空気が堰を切った様に入れ替わり、帝国陸軍は目先の部隊の投降を受け入れた。福島は斥候バックを下ろす間も無く捕虜を移送する作業に駆り出された。捜索連隊はこの日、日中には市街の掃討を終えた事を確認し捕虜の処置と宣伝材料の撮影を行う手筈を連隊本部と調整した。フットワークの軽い、官製ゴシップライターの従軍報道はこの地へも程なく駆け付けるとの事だ。


「捕虜、ずいぶんカラフルですね」


 世が世なら人種差別とも取れる意見を大卒の一等兵が口にした。実際その通りで武装親衛隊と言う割に白人のみならず浅黒く彫りの深い兵士達も捕虜として両手を挙げている。全員がパスポートを持っている訳でも無いだろうが、人種と言う点では彼等の母国の最高指導者たる総統が許せるか見物である混在加減だ。89式小銃を向ける福島だが、その切り替えレバーは安全位置で止まっていた。恐らく戦闘は終わったのだ、連隊の前進目標には3中隊が素通り同然で押し入ったらしい。命ある連隊の誰もが任務が更新され戦果拡張を求められない事を願った。


「ドイツ人と現地人らしい。現地人ってもシリア人じゃなく、トルコ人だかクルド人だか」


 大ドイツ国のイデオロギーは消化不良を起こしていた。三代目総統による経済政策により民族問題の最終解決を半永久的に棚上げしアフリカ植民地の苛烈な維持で財政破綻の危機を収めた同国ではユダヤ人の根絶では無くユダヤ人と戦う人種、名誉アーリア人の支援が国是となっていた。彼等の正義感によればユダヤ人は国内から一掃されたのであり、何故ならそうである事が正義だからだ。ドイツ人だとされた堂々とした風格の捕虜は金髪碧眼の模範的なウクライナ人であった。大ドイツの傀儡国とも植民地とも言われるウクライーネ国家弁務官区出身のコールサイン“ベルセルケル”は筋骨隆々としていたが、何より鼻につく尊大なエリート意識がドイツ人以上にドイツ人的である。部隊の損耗度合を小隊軍曹は端的に自嘲した。


「帰国前に1個中隊ぐらい溶けるか」


「縁起でも無い事言わんでください、報道に聞かれますよ」


 従軍報道が来る前に極力帝国陸軍将兵の死体を隠す事は宣伝戦の基本とされ、各部隊指揮官に徹底されていた。敵の捕虜や死体を目立つ場所に集め、判り易い戦利品とでも言うべき様子で公開するのだ。この後、撮影の為にドイツ人に見える白人捕虜を優先して身綺麗にし整列させる指示を受けて捜索第12連隊は忙殺される事になるのだが、そんな事を知らない福島は友達同然の態度で煙草を求めて来た捕虜に平手打ちを加えてから見える距離に有る崩れかけの柵に腰掛け、国産私物のちょっと良い煙草を咥えて火を灯して捕虜を睨み付ける。


「お疲れ様です」


 川上であった。第1中隊も残敵掃討を終えて合流しており、童顔な彼が見せる精悍な目付きに驚きつつ福島は挨拶を返した。喫煙者同士、煙草を口に囲う場はそこが喫煙所となる。川上は川上で、福島の疲労と怒りが混在した面持ちに内心驚いていたのだが。彼女が不快感を抱く理由は替えていない下着でも戦闘行為その物でも無く、同部隊の将兵が捕虜に見せる態度に由来している。何となくそれを察したのか、川上も無言で煙草を吸いながら2中隊の将兵を眺めていた。どこの軍隊でも共通するもので、戦闘が終わってから勇気百倍という将兵は一定数存在する。


「おい、天皇陛下万歳って言ってみろよ」


 武装親衛隊の部隊章と思われるワッペンを戦闘服から剥がして捕虜の口に押し込みながら頬を殴打する鉄拳少尉に部隊は沸いた。彼等が口からナチズムを吐き出す姿に歓喜し、げらげらと楽しむ。笑うと言う漢字そのままの大笑いに福島は努めて不愛想に振る舞って距離を置く。あらゆる汚れが乾燥した感覚が全身を纏うが、それを気取られまいとし川上との雑談を続ける。善い人だ、思ったより。目の前の捕虜を殴打し男らしさを誇示する下品な兵卒を見ながら福島はそれまで意識しなかった川上の純朴な善良さを直感した。


「テンノーヘイカ、バンザイ! バンザイ!」


「テンノーヘイカ!」


 前歯や指が折れたクルド人捕虜が怯えてのたうち回りながらそう叫ぶ様は大層滑稽だった様子で、小銃を背中に回し捕虜で憂さ晴らしをする将兵は福島や川上の様な将兵の冷ややかな目を気にする事も無く大笑いしていた。一部の捕虜は衣服を剥がれ面白おかしく、苦痛を伴う方法で動画を撮影されているのでそれに比べればマシな扱いとも言えるが。そんな光景を見てなおベルセルケルを始めとする一部の熱狂的な白人将校は自信に満ちた態度でおり、それを帝国陸軍も一応は咎めなかった。川上にも福島にも幸運だったのは、自分達が尊敬する将兵はそうした行為に加担せず黙々と軍務に服し逆襲部隊への警戒や地域の安全化を進めている事だった。他方、この戦地で初めて姿を見せた将校は部下にこう告げた。


「お前ら白人は殴るなよ、撮影始まる前に怪我は治療してやれ」


 紳士的な将兵をしても広報撮影の為だけに貴重な包帯を使用する事は癪であった。捕虜の白人将兵は遠い亜細亜の日本人にも白人は丁重に扱う将校らしい作法と文明が有るのかと安堵している様子だ。大ドイツが捕虜に対して行ってきた歴史的所業を顧みて同じ行いを恐れる思慮深い将兵は戦死するか自決したのだろう。素朴な少年の様な者から愚鈍そうな中年まで、あまり賢そうには見えないと言うのが福島が内心抱いた第一印象だ。彼等は熱狂的な民族主義者と言うより、それそこいらの兵卒と同じく軍隊以外では生きて行けない者にすら思える。指揮官の強烈な尊厳の臭気が一層その印象を補強した。福島と川上が4本目の煙草を吸い終わった時、1中隊の根岸軍曹が怪訝な面持ちで黒羽に報告する。


「小隊長、斥候が市街北側で整理された死体を発見しました」


「整理された死体?」


 国家保安本部やその隷下部隊に代わり国外での人種問題解決に武装親衛隊が主導的な立場を取り出したのは1960年代からの事であった。その中でもSS-Fsjg.-Batl. 200こと第200降下猟兵大隊はシリアやリビア、イランで活動しておりここで帝国陸軍に偶々遭遇した彼等はその中のいち分遣隊に過ぎなかった様だ。議論するより見た方が早いと言って視察しに行った一行はイェッケルン式虐殺の簡易省力版とでも言うべき光景を発見した。機械力で掘削された穴、小綺麗に積み重なった全裸の死体は恐らく地元のシリア人だろうが、よく見ると青磁の焼き物じみて青白い肌の持ち主も存在した。恐らくはロシア人捕虜だろうが、確かめる術は無いだろう。


「何だってこんな事を」


「人種的優越とかそんなですよ、ドイツ人のする事なんで」


 後にこのバレガ市での虐殺、推定死者数400人のこの事件について大日本帝国は人道上の重大な懸念を表明し、外交ルートで大ドイツ国を批判したが国際的にはそれ以上の反応は無かった。いち市街での虐殺程度、ウクライーネ国家弁務官区や他のドイツ占領下東欧諸国でかつて起きた大惨事に比べれば大した規模では無いからだ。或いは犠牲者の殆どが西洋世界から遠く離れた者だったからか。ともあれ当該武装親衛隊はここでの人種問題を解決したら異なる地域に移動して同様の所業を行おうとしていたらしいし、シリアでそうした事が起きている噂は以前から存在していた。統計上何一つ目新しさの無い事件を知った帝国陸軍は広報の為の撮影と真に最低限の休息、捕虜将校の尋問を終えた後に日本人的生真面目さで国際社会の目に付かぬ様に捕虜の後片付けを済ませクネイトラ基地へと引き揚げた。帰りはヨイヨイとは行かず、地雷や仕掛け爆弾、武装親衛隊の逆襲に備えて警戒を維持しながらの長距離機動となった。

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