第2章:Груз 200 мы вместе

シリア

ダルアー県

767高地


 幹線道路を見下ろすこの高地は捜索第12連隊の前進目標であった。その手前に散乱する残骸は軍用車のそれである。黒羽は89式小銃を手に近寄り、その正体を確認した。波打つ舗装道路に転がる残骸には炭化したロシア人が無造作にこびりついていた。それが善人だったか悪人だったか、こうなっては判別も付かない。しかし帝国陸軍には良いロシア人は死んだロシア人、という言い回しが有る。その基準に照らせば彼……彼女かも知れないが、ともあれ善人だ。


「ロシア軍だ。傭兵じゃない」


 黒羽の言葉に頷き、川上は応えた。焼けていない死体を見ると装備も統制されていて、PMC社員を示す物証も無かった。ロシア製の大柄な6B7-1Mヘルメットは最新型では無いが、暗視装置にも効果的なEMR迷彩のカバーで覆われている。


「部隊章は76空挺師団ですね」


 ロシア軍の即応部隊である第76親衛空挺師団はこの地にローテーションで展開していた。車輛の傍らで焼けずに残っている真新しい死体が彼らの所属部隊を教えてくれる。薄手でフードの着いたEMR迷彩の戦闘服を着用し、AK-12で武装している。眼球が腐り落ち、とても良い顔立ちだと兵士は記念撮影をしていた。撃破されたティーグル装甲車は対戦車誘導弾で撃破されたらしく、エンジン部に大穴が穿たれ炎上していた。川上は自身が乗るWAPCがこうならない事を祈りながらロシア人の青空墓場を眺める。各班長が集められ、監視哨や直接警戒位置の選定、工事担当地域や巡回経路が決定された。後詰めの他中隊も逐次前進して来る筈で、ここが単なる前哨から戦闘前哨として機能出来る様に工事を進める必要が有る。


「ロシアは空挺部隊を本国から増派し、逐次へリボンによりダルアー県に投入している。あくまでシリアから我々を追い出す気だな。戦闘前哨とは言うが、第一線陣地のつもりで備えてもらいたい」


 城田の言う通りで、本来の戦闘前哨は敵情の解明と遅滞戦闘を行い敵進行主力の企図を阻害する事が任務である。とは言えシリア政府軍の大規模攻勢は想定し辛く、捜索第12連隊はもっぱらロシア軍に対し睨みを効かせる為の存在である。第1中隊の幕僚会議は敵の想定される編制から、特に遊撃部隊対策が必要だと想定していた。幹線道路に対戦車地雷を敷設する案も出たが、前進する際に我の障害となる事から陣地外周に地雷原を構築し遊撃部隊の侵入を阻止する事が決定された。後詰の他中隊や他部隊の前進状況も知らされ、それは調整会議の最中も時折更新されて行く。


「コーヒーです」


「今は会議中だぞ考えろボケ」


 洗って再利用可能なステンマグカップにコーヒーを淹れ携えた一等兵に情報軍曹が声色を凄ませる。これも兵卒の仕事なのだが、時期を誤る者はいつの時代も存在する。明らかにタイミングを誤った一等兵は回れ右で逃げようとするが、その前に城田が制止した。


「ありがとう、貰おう」


 中隊長が兵卒相手にそんな気を遣わないで下さい、と言う訳にも行かず各将校や下士官もコーヒーを受け取った。これで彼は軍曹経由で失敗を暴かれて指導される事も無いのである。序列順にコーヒーを配り終えれば一先ず彼の仕事は終わりだ。会議中だから、食器を回収するのは暫く後で良いだろう。


「用件終わり帰ります!」


 ハツラツと退出して行く一等兵を尻目にコーヒー休憩を挟む。対抗部隊識別資料によるとロシア空挺軍は100㎜低圧砲を備える空挺戦闘車を保有しているそうだ。今まで存在は互いに認識しつつ極力直接の戦闘を避けて来たが、何を思い立ったのかここ数か月は日本軍に対する示威行動が目立つ。飛行第4戦隊の襲撃機はロシア軍機の異常接近を受けていたし、他部隊の巡回経路上ではBTR-82Aを先頭にした進路妨害を受けている。他方、日本軍もロシア軍が支援するシリア政府軍第5軍団の集結地を爆撃していたし、あくまでイスラム過激派に対する爆撃であると押し通しているのだが。大国が大国であるには努力と柔軟性を要する。


「戦術核でも落としましょうよ、そしたらロシアもビビッて手を引く筈です」


「あっちも核保有国だぞ」


 大日本帝国もロシア連邦も核保有国である。ドイツ帝国とアメリカ合衆国も。彼等はそれぞれが互いを滅ぼす為には不足していると考える程度の核兵器を保有しているが、歴史上唯一の使用例は1945年のロンドンに対する核攻撃だ。その後も核戦争を想定した軍拡を続けつつ、世界は今に至る。人類史上最大の火力である核兵器が睨み合うこの世界にて、川上は掩体構築に勤しんでいた。掘って土嚢に詰めて、それを重ねて、日本で訓練した時にはその辺から草木をむしって擬装出来たがこの高地にそれらは見当たらない。何キロ先まで見通せるのか考えるのも億劫な荒野が広がり、遠方には集落じみた小村が見える。


「工兵中隊のドーザーで掘ってくれないんすかね」


「お前土建屋だろ? さっさと掘れ」


 将兵は陣地構築を進めるが、そんな物がぱっと出来れば世話は無いのである。木の根っここそ無いが、半端な砂は崩れるし硬い地質はとことん硬い。単なる土嚢では機関銃弾に貫かれる以上、これも大量に盛らなければならない。穴掘りを後輩と交代し、土嚢袋を裏返して後輩が掘った土砂を受け取る。日除けと航空偵察対策のODシートを展張し、重機関銃や対戦車誘導弾を据え付ける事でようやく前哨らしさを持った頃にはすっかり日も暮れていた。これですら概成に至らず、下士官と兵卒による工事は続けられている。


「今敵が来たらたまらんな」


 工事中であり鉄帽を脱いで作業する者も居る。川上の素朴な感情は誰に向けた

物でも無かった。休憩に行かせていた後輩がヒートパックで膨らんだ加熱袋を手に川上を見付け、歩み寄る。


「川上軍曹、飯です」


 後輩が数あるレーションからかつおカレー煮を選ばなかった事に感謝しつつ、川上は掩体の中で腰掛けて食事の時間とした。川上が率先して食す事で、兵卒も食事にありつけるのだ。辛うじてプラスチックのスプーンが立つ程度の硬さで生ぬるいままの白米を二つ折りにし、空いた空間にレトルトパウチから汁を注ぐ。豚肉の破片が出て来て、辛うじてそれが豚しょうが焼きである事を思い出した。


「残りのレーションって何だっけか」


「かつおカレー煮とさんまピリカラですね。あとビーフシチューか何かが有った様な気します」


 たまんねぇぜ、と笑いながら便秘の素をかき込む。排便回数を減らす作用が有るらしく、食せば数日後にガラス製のウンコが出る。座れば頭が隠れる程度の深さだが、掘削する面積を考えればこれは早めに掘れた方だ。1小隊はそのまま工事と並行し不寝番、3小隊が周囲の安全化を終えて帰って来れば2小隊が巡察に出る段取りだ。1小隊にはまだこの地で休めるという余裕が有った。涼しい風を受けながら煙草を咥える。


「良いんですか?」


「今は良いよ。光漏らすなよ」


 本来禁止されていた。赤い光は遠方からでもよく見えるし、暗視装置で見られたら尚更だ。しかし川上は掩体から出ない事を条件にこの時間だけ喫煙を認めた。暗視装置の有効距離程度は安全化しているし、敵勢力が偵察しに来るとしてももっと夜遅くだろう。実際その考えは誰しも至った様で、最も厳しいと言われる根岸ですら掩体の中で煙草を咥えていた。軍隊生活は如何に上手くやるか、だ。掩体内に置かれた携帯無線機は沈黙を保っていた。暫くすれば野外電話機が設置されるかも知れないが、それより先にやる事がある。遠方の空が赤焼け、ガリガリと鼓膜を引き裂く爆発音が連続した。多連装ロケット砲の斉射だ。


「始まった、地雷散布だ」


 工兵中隊が装備する75式130㎜自走多連装噴進砲による対人地雷散布だった。防御正面に手っ取り早く地雷原を構築する為に帝国陸軍がよく使うテだ。地面に埋まっていなくても、小型の対人地雷を避けて歩くのは至難の業だ。たまらないのは巡回に出ていた3小隊で、本当に示された経路上なら地雷は無いのか半信半疑で帰来する羽目になった。確かに地雷原の位置は記録され伝えられるが、実際通って問題無いか疑わしくなるのは人間の心理である。こうして取り敢えずで散布された対人地雷がその後どうなるのかについて、帝国陸軍は特に言及していない。


「そういえば、噂聞きました?」


「なんだ、帰国出来るのか?」


 川上の隣で水筒の水を一口含んで喉の渇きを落ち着かせた伍長が神妙な顔で告げた。それは多くの兵士が実しやかに囁く噂だが、真相を知る者は居ない。


「福島軍曹、Dカップらしいっすよ」


 意外に大きいんだな、とは言わなかった。そもそもDカップとは……と具体的な指標が記憶から出て来ない自身の人生に落胆しつつ後輩伍長を適当にあしらった。身体の凹凸を隠す戦闘服はある意味男女平等の代表例にも思えた。男性器にカップ数が有る世界でなくて良かったと思いつつ、川上は陣地構築作業に加入する。思えば体育服装ぐらいしか薄着を見た記憶が無いが、胸が有ると言われればそんな気もするし無いと言われればそんな気もした。何しろ接点が少ないのだ。


「お、早速地雷ですよ」


「どこの間抜けが引っ掛かったんだかな」


 遠方で一瞬瞬き、破裂音が聞こえた。銃声や砲声より味気なく、そんな地味な音響効果で人の命が散るんじゃ堪らないとは常々思っている。もっとも、敵の斥候が来るには早いので動物か何かなのだろうが。川上は気にせず擬装網を防水シートに重ねて縛着した簡易的な屋根を機関銃座に被せてやる。捜索連隊歩兵火力の支柱でもある13㎜重機関銃は保護しなければならない。米軍のブローニングより軽量なこの機関銃は帝国陸軍の求める歩兵火力をよく体現している。軽装甲車なら余裕で撃破出来る威力を持つこの機関銃は13.2×99㎜ホチキス弾を用いる大口径機関銃だが二脚でも射撃可能であり、大柄な制退器で抑制された射撃の反動は89式小銃に慣れた将兵から罰ゲームの名で親しまれている。基本的には三脚での運用が好まれるし、今回もそれに違わない。


「地雷踏んだの地元民らしいぞ?」


「可哀そうに」


 川上の周りでそんな噂話が聞こえた。味方が誤って地雷原に侵入しない様に通報する事は出来るが、地元民にそんな話は出来ない連隊で唯一現地語が話せる少尉は現地人の巻き添え被害にあまり関心が無いし、捜索連隊の任務的にも現地人との交流は難しい。立小便をする兵士は地元民が地雷に引っ掛かった方を眺めながら身震いし包皮を絞って小便を出し切る。不幸な巻き添え被害だが、そもそもシリア人が独裁政権を打倒し自力でロシアを追い出していればこんな介入をする必要は無かったのである。少なくとも日本人ではその考えが一般的で、他の共栄圏加盟国にも出兵を求める声が根強い。


「地雷って即死しないんですよね?」


「そうだな、その辺に転がってる筈だから直接訊いてみろよ」


 入隊時の自分では言わない答えに川上は自ら辟易した。軍人としての節度と品位は保っている気で居るが、不意に口から出る発言に自分でも何処か驚く事は有った。陣地構築はゆっくりと進み、工事音を立てないという名目で休み休み行われた掘削作業は概成という言葉を便利に利用していた。完成では無く、あくまで概成だ。そうこうしている夜分に、直接警戒員の上等兵が数人の黒い人影を舗装道路上に捉えた。4人が先導し、その後方にもV8越しに見ると小さな黒点が動いている様子だった。数分眺めている限り、一様にこちらを目指しているし先頭の数人はこちらの存在を知っている為か安心している様子で歩いている。気を張った面持ちの一等兵が規定通りの誰何を掛けた。


「誰か!」


「セサハ、セサハ!」


 斥候の頭文字を取り決められたセサハという合言葉を答えた。日付が変わるまではこの合言葉で間違い無い、第3小隊だ。4人の斥候員が戻って来たのだ。89式小銃を携えふらつく足取りで帰って来る姿を見て、同情より軽蔑の念が先に来た。彼らがシリアに発つ前、少しでも走り込みや行軍をしていればこうはなっていないのだ。小隊長の塩沢少尉は体力検定ですら人並の結果を出していないし、将兵から文句を言われたくない一心で馴れ合いの人間関係を築いた結果がこれだ。平たく言えばバテ上がり、先頭の斥候軍曹は自身の班員が付いて来ているかにも気を配れていない。川上はひ弱な兵卒に冷ややかな視線を浴びせながら素朴な疑問を訊ねた。


「今井班長、後ろの奴らも3小隊ですか?」


「後ろ? 他の班員ですかね?」


 掌握の概念が無いのに下士官やるなよ、とは言えない川上が辛うじて認識していた人影は音も無く消えていた。掩体に置いた携帯無線機で不審者の存在を報告すると、黒羽も露骨に呆れた様子だが部下を捜索に派遣する事はしなかった。偶然掩体に居合わせた根岸は今井を淡々と問い詰めていたが、実際その通りだ。要するに彼等は後方警戒を怠り、振り向けば見える距離で敵と思われる斥候を捜索連隊の陣地まで案内したのだ。数人で斬り込んで来る事は無いと信じるしか無いし、3小隊よりは敵の方が信用出来る。


「どうしようもねえな3小隊はよぉ」


 聞こえる声量で飛ばされる野次に今井は半笑いで答えを避けた。とても軍人とは思えない不甲斐なさだが、問題はそこでは無い。各小隊の兵士達はすぐさま不安がった。


「道路が安全に通れるとバレたぞ」


「他の3小隊が帰来する時に遭遇すれば殺してくれるだろ」


 不安から楽観まで多様な意見が将兵から見られたが、川上は悲観的に見ていた。3小隊よりも正体不明の斥候の方が偵察兵として有能なのは間違い無い。どこの誰かは知らないが、訓練された経験豊かな偵察隊員だろう。恐らくは夜戦能力も有り、それは現代的な軍隊のひとつの特性だろう。ロシアかドイツか、或いは米軍か。もはや立小便すら気軽に出来ない。流石に煙草を咥える兵士はおらず、部隊は夜間であるにも関わらず緊張感を保っている。捜索連隊は本来正面戦闘に用いる部隊では無いが、機械化されたコンパクトな部隊としてシリアの地に投げられていた。与えられた任務は遂行せざるを得ない。そして東の空が一瞬明るくなる。無音な辺り、照明弾や榴弾の閃光では無さそうだ。真っ白な光だから、多分に照明の類だろう。


「お、敵襲か?」


「にしちゃ遠いな」


「お前ら位置に付け!」


 連射する小銃だか軽機関銃だかの銃声が聞こえた。それも数分で止み、また静かな時間が訪れる。機関銃手は一応半装填で待機しているが、それ以上に何か起きる事は無さそうだ。夜闇が両肩を掴んでいる様で、若い一等兵はしきりに掩体から頭を覗かせている。それでも敵に撃たれる事は無かった。流れ弾が飛び去る音すら無く、銃声も遠巻き過ぎて聞こえるのがやっとだった。やがて、大股で指揮所から出て来た1人の男が川上の前に立つ。黒羽だ。


「知ってるとは思うが3小隊のC班が帰って来ない。川上、班員を連れて確認して来い」


「了解。多分さっきの銃声ですね」


 川上が言語化した通りの認識を多くの者が抱いていた。誰が帰来していないかで即座に噂話となり、幾人かの死亡候補者が挙がる。まだ帰来したのは1個班だけであり、無線も取れないらしく連絡が取れない。或いは先ほどの銃声は無関係で、誰も死んでいないとする希望的観測も囁かれた。ともあれ川上は左手で89式小銃を保持しながら身に着けている装具を手探りで確認し、兵卒からも装具点検の異常無しを待つ。すぐさま3人の兵士が小声で異常無しの旨を報せて来る。


「警戒方向、安藤は右、滝沢は左、村上は歩測兼後方警戒」


「了解」


 村上一等兵はこの中で最も若手だが、歩測の正確さだけは部隊でも評判であった。掩体から出る最初の一瞬、自らがここまで緊張するとは思わなかった。他の多くの軍曹陣を置いて若手の自分が抜擢された事を喜ぶべきか、地雷原に迷い込まない最低限の配慮をしながら思考と共に足を運ぶ。稜線から姿を曝さない様に景観を伺いながら、そして敵の兆候に耳と目を向けながら。暗視装置の映像に劣らず多くの事を周囲の音が教えてくれる。不揃いな足音は自らが率いる兵士達だが、その隙間にも耳を澄ませる。演習場ならもっと大股で歩けただろうか。付いて来ているだけの兵士とは違い、下士官は考える事が多い。そう言い聞かせるだけで、単に川上が心配性なだけかも知れないが。ただ黙って幹線道路沿いを歩き、767高地が背景と化すまで肌寒い闇夜を進み続ける。各人間隔は手を伸ばせば届く程度だ。まだハイドレーションの水は口にしていない。川上は一度停止し、静かに膝を突いた。


「集まれ、良いか? ここから先は3小隊が一度巡回しただけの地域だ」


 敵と接触したら手信号で指揮は取れない。川上は常に退避適地や接敵後の行動を事前に示す努力をしていた。多くの将校や下士官が言う通り、そんな器用な戦争が出来るほど兵士は賢くない。無線が通らない事は地形や気象により頻繁に生起するが、状況からして3小隊C班が無線を寄越さないのは単に撃破された為だろう。であれば敵はどうしているだろうか。離脱しているか、我々を待っているか。


「退避適地ここな。爾後、敵と接触したらここまでダッシュで逃げろ」


「了解」


 そして、小休止。ハイドレーションを私物で買っている川上と異なり官給品の水筒しか無い兵士は止まって水を飲む方が楽だ。飲み過ぎる様なら制止しようと思ったが、3人の兵士は直ぐに水筒の蓋を締める。安堵し、装具点検を互いにした上で再度歩き始める。先ほどの陣地より遥かに危険な状況の筈だが、星が流れる夜空の下を歩く行為には不思議な安心感が有った。そして休止点から概ね3kmほど歩いたところで探し物を見つける事が出来た。


「おい、こいつ誰だ?」


 暗視装置越しには平たい岩にも見えたがそれは人間だった。近寄って見れば武装した死体で、それが3分隊の者では無い事を祈った。期待は裏切られ、死体は88式鉄帽を被り俯せになっていた。AK-74やG36ではなく見慣れた89式小銃を手にしている。その大きな背中で、既に察しは付いていた。それでも川上は死体を起こし、その人物が誰かを確認した。教育されていた仕掛け爆弾対策を忘れていたが、ここには幸いそんな物は無い。


「森曹長だ」


「マジっすか?」


 定年まで3年だったこの曹長は遊撃も格闘も取っていない単なる曹長だったが、斥候としての能力と北海道民らしい底無しの体力が裏打ちする屈強な肉体、下士官兵卒分け隔ての無い情愛の念と酒癖の悪さに起因する暴力性を併せ持つ、上に着く将校によって評価が分かれるタイプの曹長だ。そして何より部隊の柱だった。そんな強い曹長でも銃弾で死ぬのか、という呆気ない感情が絵に描いた様な復讐心や憤怒の念より先に来た。


「C班すね、眞喜志も居ます」


 沖縄出身の眞喜志一等兵は村上の同期だった。前期教育から同じ区隊や営内班で、捜索第12連隊に来てからも一緒だった。同じ部屋でカップ麺を食い、上等兵に理不尽な指導を受け、消灯後まで公共場所の清掃をやらされ、単に煙草を吸って笑い雑な猥談で盛り上がった。バイクを買っていつかツーリングに行こうと言うだけ言って買わず、飲みに行っては吐くまで飲み、帰省する時にも途中駅まで一緒だった。そこまで思い起こしたところで、村上は嫌に理性的に記憶の掘削を辞める。原型が残り五体満足な時点で恵まれてるぞと内心で皮肉を捻り出しながら。

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