応援コメント

01 藤堂良忠」への応援コメント

  • 芭蕉は料理人だったんですか!
    そして、俳諧との出会いにこの友の影響があった事も初めて知りました。
    それにしても、蝉にたとえる自分の命、切ないですね。夏の蝉はうるさいばかりに感じてましたが、これから聞く時は儚さを感じるかもしれません。

    作者からの返信

    wikipediaで得た知識なんですが、どうも包丁人だったようです^^;
    芭蕉は士分への取り立てを狙った(あるいは家族がそうするように仕向けた)みたいなんですが、その相手が藤堂良忠でした。
    この良忠との出会いと別れが、芭蕉の人生、あるいは俳諧に大きく影響を与えたのでは、というのが執筆のキッカケでした^^;

    蝉というのはやかましい虫ですが、それでも短い命の中で、懸命に鳴いていると考えると、たしかに儚さとかそういうのを感じられると思います。
    そして藤堂良忠は、そういう蝉に思い入れがあったみたいです。
    これが芭蕉にどう影響するのでしょうか……。

    ありがとうございました。

  •  こんばんは、御作を読みました。
     良忠さん……。
     芭蕉さんの周りの人が濃厚すぎるTT
     どいつもこいつも人の心に大きな傷つけて先に逝くんだから、と嘆いてそう。
     強烈な導入でした。

    作者からの返信

    藤堂良忠と仲が良かったのと、そして良忠が短命だったのは史実なので、これは相当、芭蕉の心に影を落としたと思います。
    だから滑稽な俳諧じゃなくて、ああいう軽みの効いた俳句をやるようになったんじゃないかなぁというのが、執筆のキッカケです^^;

    ありがとうございました。

  • なんと切ない生き様でしょうか。
    喧しくとも鳴けるのならば。

    作者からの返信

    お星さま、ありがとうございます。

    この藤堂良忠という人の生き様を目の当たりにしたことが、のちの俳聖・芭蕉を形成したのではないか、というのが執筆のキッカケです。
    短い生ゆえに、精一杯鳴く。
    たしかに、切ないですね……。

    ありがとうございました。

  • 冒頭句に濃密に絡みついたエピソード、とても引き付けられます。
    新しい世界を経験してから取り上げられる苦しさが切ないですね。
    「その声は──言葉は、何の意味を持つのでしょうか」は、純粋な芭蕉自身に向けられた問いだとも思いましたが、良忠には残酷に聞こえただろうかと思うと胸が痛みます。

    作者からの返信

    お星さま、ありがとうございます。

    藤堂良忠は蝉に思い入れを持っていて、それが芭蕉の俳諧、そして冒頭句につながったのではないか……というのが、拙作の執筆のキッカケです。

    蝉の声の意味。
    今後の芭蕉の人生、俳諧に深く刺さる事柄だったと思います。
    そして良忠にも――命旦夕に迫る良忠にも、残酷に刺さったことかと思います。

    ありがとうございました。

  • 拝読致しました。
    命の先が見えてしまって、それでも鳴いて己を誇示しようとする主・良忠さん。
    自分を短命な蝉に例え、迫り来る自身の死期を見据えながらも生き抜いた主は、きっと芭蕉さんに何かを残して行ったと思わせますね(^^)
    蝉は何のために鳴き、何のために生きるのか。
    芭蕉さんには、何か見えるのでしょうか?

    作者からの返信

    藤堂良忠はおのれの体の弱さと命の短さを自覚していたと思います。
    だからこそ、好きなことをして、自分の人生を生きようとしていた……と。
    で、その家来であり、友である芭蕉としては、それに何を思うのか。
    のちの俳聖・芭蕉を形成した何かがそこにあるのではないかと思って書いた一作です^^;

    ありがとうございました。

  • 芭蕉の有名な句から旧主君の自らを蝉に例えた話へつなげる。
    蝉は地上に出たら鳴くしかできない。
    薄ぼんやりと余命を悟った良忠はいかなる思いだったか。
    良忠よりも長く生き中年に差し掛かった芭蕉はより強く感じるところがあったでしょうね。

    作者からの返信

    芭蕉の一つの頂点というべき「閑さや……」の句。
    この辺のわびやさびの境地って、どうやって生まれたのかなぁというのが、執筆のキッカケでした。
    調べていくうちに、伊賀時代の主君、藤堂良忠という人物を知りまして……この人、ホント、俳句と芭蕉が好きだったみたいで、その辺が芭蕉に大きく影響を与えたんじゃないかな、と。
    短い生涯だった、ということも。

    ……そして今、芭蕉は良忠のほぼ倍する歳になって、何を思うのか。

    ありがとうございました。


  • 編集済

    ここにも藤堂家が!(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク

    四ツ谷軒先生の芭蕉シリーズとてもよいですね

    若様なのに気さくで唯一体か弱いのが欠点くらい?年齢が近く一緒に京ですごした日は2人にとってとても思い出になったんだろうなと思います
    蝉としてたったわすがな日々でも自由に思うままに生きてみたい
    下々のものからしたらいいご身分なのに贅沢な悩みですが本人には窮屈なお城だったのでしょうね

    この芭蕉さんはお七ちゃんの芭蕉さんと同一人物設定ですか
    同じだと良いなぁと思いました

    作者からの返信

    まずはレビュー、ありがとうございます。

    「味わい深い」というご評価、まことに嬉しい限りです。
    芭蕉の俳句のわびやさびといった雰囲気は、どのように生まれたのかという想像をしたのがこのお話です。

    そうすると藤堂良忠という藤堂家の方が出て来て……^^;
    彼の生涯を、おっしゃるとおり、映画のように描いてみました^^;
    芭蕉の哀しみも。
    その辺を汲み取っていただいた、名レビューだと思います!


    さて、ここからはコメントへの返信です。

    はい、藤堂家なんです(笑)
    でも高虎の本家ではなくて、一門衆の家来の藤堂家の息子さんだったようで……^^;

    良忠さん、体が弱いという設定をしたのですが、いざ書いてみると気のいいアンチャンになってしまいました(笑)
    でもこの人、士分でない芭蕉を敢えて連れて京に出て、一緒に俳句を学んでいることから、やっぱりこういう性格なんじゃないかな、と思いまして。
    芭蕉のような身分からすると、たしかに好き勝手やってるなぁ、という印象だったかもしれません。
    でも本人は真剣に俳句に取り組んでいて、それは彼の俳句に対する姿勢から分かります(最終話で触れています)。
    その辺が芭蕉にとっては、良忠と俳句に対する愛着につながったのかもしれません。

    作中にお七さんは出ませんが、たぶん今までの拙作の芭蕉さんと同じ人だと思います。
    私も芭蕉さん、気に入っておりますので^^;


    ありがとうございました!

  • これはまた切ない物語ですね~。(´;ω;`)ウゥゥ
    生来の蒲柳の質……自分ではどうしようもないのに。
    貴作のタイトルの蝉吟の意味を自然に引き寄せたくなりました。
    それと、そうか、伊賀の出自から芭蕉に諜報説が生まれたのかと改めて思いました。

    作者からの返信

    お星さま、ありがとうございます。

    藤堂良忠は短命に終わった人なので、体が弱かったんじゃないかなと想像したのです。
    何となく、この人の俳句に対する姿勢も、その辺がバックボーンになっていると思います。
    蝉吟……蝉の鳴き声、言葉に意味を足すことができるのか、どうか、と。

    それで、芭蕉は伊賀の出身で、あんなに各地を旅しているところから、忍者説が生まれたようです(笑)
    どちらかというと曾良の方が怪しいという説までありますし、ホントのところはどうなでしょう^^;

    ありがとうございました。