第15話 最高の……。
その後。
店員さんに追い出され、俺は酔っ払って眠ってしまった夕凪さんの肩を担ぎながら、これからどうするか頭を悩ませていた。
「南條さん、夕凪さんの家知ってるよね。よかったら送っていってあげて欲しいん――」
「ゴメンっ! ウチ、これから用事あるからっ! 色々ゴチソウさまでしたっ! 二人とも、じゃねっ! あ、なぎっちの住所は送っとくからっ!」
俺が言い切る前に早口でそう言い残すと、南条さんは風のように去っていってしまった。去り際にウィンクをしていたような気がするが、きっと気のせいだろう。
道端に俺と夕凪さんだけが取り残される。
――ポコンッ。
俺のスマホが通知音を鳴らす。アプリを開くと、夕凪さんの住所と、「あおっち、がんばってね♡」というメッセージが送られてきていた。ぐぬぬ……!
立ち尽くしていても仕方ないので、とりあえずタクシーを捕まえるために手を挙げる。運良く、通りがかったタクシーが俺たちの目の前に停車する。
「すいません、T町のNマンションままでお願いします」
運転手さんに目的地を告げ、夕凪さんと後部座席に乗り込む。
夕凪さんはすっかり眠ってしまったようで「ぷろりゅーさー……♡」という寝言を繰り返しながら、俺の体に抱きついている。さらに、夕凪さんのいい匂いが俺の理性を攻撃し続けてくる。俺のライフポイントはもうゼロだ。
はやく家に着いてくれと思いつつ、車に揺られること20分。やっと夕凪さんの家に到着した。かなりキレイなマンションだ。
運転手さんにお金を払い、マンションのエントランスをくぐる。
「夕凪さん、鍵、あるかな?」
「はいぃ……」
寝ぼけ眼の夕凪さん。
なんとか部屋までたどり着き、カードキーで部屋の扉を開ける。
夕凪さんの部屋は、落ち着いた色調の家具が置かれた、シンプルな部屋だった。よく片付けられていて、夕凪さんの几帳面な性格が伺える。
体に抱きついたままの夕凪さんをベッドまで運び、そっと寝かせる。ムニャムニャと寝言を言っている夕凪さんの普段とのギャップに心を動かされつつ、なんとか我慢する。
なるべく早く出ないと俺の理性が限界だ。そう思い部屋を出ようとすると、ふと机の上に何冊かのノートが広げられているのが目に入る。
「碧さんノート……?」
見るつもりはなかったが、表紙に書かれたその文字に思わずそうこぼしてしまう。
「……見ましたか」
――眠っていたはずの夕凪さんが、いつのまにか背後に立っていた。
「うわぁっ!?」
あまりの驚きに俺は大声をあげて尻餅をつく。
「ご、ごめん……! 見るつもりはなかったんだけど……!」
「……ごめんなさい。こんなの、気持ち悪いですよね……」
今にも泣き出しそうな夕凪さん。声が震えている。
「いや……、こっちこそゴメン。あの、ビックリしただけで、気持ちは、その、嬉しいというか……」
しどろもどろになりながらそう答える。驚きはあったものの、なんとなく夕凪さんの気持ちに気がついていた俺は意外と落ち着いていた。
「……むしろ、夕凪さんの気持ちを無視する形になっててずっと心苦しかったんだ。アイドルとプロデューサーって立場もあったから……」
立場があったとはいえ、夕凪さんの気持ちに見て見ぬふりをしていたことは間違いない。
「……プロデューサーとしてじゃなく、碧さんの、気持ちを聞かせてくれますか……?」
夕凪さんは、涙を堪えながらこちらを見つめている。今にもその瞳から涙が溢れそうだ。
――そんな夕凪さんに、俺は決意を込めて口を開く。
「……正直、俺も夕凪さんに惹かれてる。いや、今日はっきりと自分の気持ちに気がついた」
夕凪さんは、言葉の続きを祈るように待っている。
俺は、一度言葉を切り、続ける。
「――好きです、夕凪さん。今は無理かもしれないけど、アイドルとしての時間が終わったあと、俺と付き合って――」
言い終わる前に俺の胸に夕凪さんが飛び込んでくる。
「嬉しいですっ……!! わたし、完璧で最強のアイドルになって、碧さんを迎えにいきます……っ!」
ボロボロと涙をこぼしながら抱きついてくる夕凪さん。思わず抱きしめ返した俺の目と、顔を上げた夕凪さんの目が合う。
――その顔は、今までで一番魅力的で夕凪さんらしい、まさに最高の笑顔だった――。
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