第9話 なにかがおかしいユニット名。


 夕凪さんのお弁当にすっかり胃袋を掴まれたころ。

 少しずつ進めていた夕凪さんと南條さんのデビューの準備が整いつつあった。


 ――しかし、ここで一つ問題が。そう、ユニット名である。


「ユニット名かぁ……。うーん」


「どうしましたかプロデューサー」


「うわっ! ゆ、夕凪さん!?」


 給湯室でコーヒーを淹れながらぼやいていると、いきなり肩越しに夕凪さんが声をかけてきた。夕凪さんらしい清潔感のある匂いが鼻を掠める。


 そんな忍者のような彼女に事情を説明する。

 

「ユニット名……ですか」


「うん、そろそろデビューだからさ。いろいろ考えてるんだけど……。いいのが浮かばなくて」


 俺の言葉を聞いた夕凪さんは指を口に当てて考え込む。


 しばらく考え込んでいた夕凪さんだが、突然ハッとした様子で顔を上げる。


「……【ラブ・ブルー】とかはどうでしょう。プロデューサーのあおからとってみました。あと、わたしの気持ちも少しだけ入れてあります」


「ら、ラブ・ブルー……」


 うっとりとした表情の夕凪さんがなかなかのインパクトのある名前を提案してくる。流石にその名前は恥ずかしすぎるので遠慮したい。


「だめですか」


「まぁ……うーーーん……。ダメ、かな…………」


 俺がやんわりと否定すると、夕凪さんがシュンとしてしまった。なんかごめんなさい。


「えーー、なになに何のハナシーーー?」


 俺たちの会話を聞きつけた南條さんも参入してくる。


「え、【ラブ・ブルー】めっちゃイイじゃんっ! チョーアガるんですけどっ! なぎっちのピュアなラブ、尊みがふかいっ!」


 夕凪さんの案になぜかめちゃくちゃ食いつく南條さん。いや、南條さん要素がゼロなんですけどいいんでしょうか。


「まぁ二人がいいなら俺はいいけど……。ホントにいいの?」


「はい」「うんっ!」


 そんなこんなであっさりとユニット名が【ラブ・ブルー】に決まってしまった。

 

 ――社長にはこの由来を隠し通そうと心に決めた俺だった。


 ◇◇◇


 さて、なんと問題はこれだけではない。

 そう、デビュー曲だ。


 俺は学生時代に組んでいたバンド活動で培ったコネをフル活用し、昔に知り合ったバンドに声をかけてみた。


 当時の彼らの人気はそこそこだったが、今ではかなりの売れっ子バンドだ。


 なんとかアポを取り、居酒屋に三浦さん(売れっ子バンドの作曲担当)を誘い出し、曲の提供を頼み込んでみたが――。


「うーーん。……協力したいのはやまやまなんだがなぁ」


「そこをなんとかっ!」


「俺らも今大事な時期なんだよ。……申し訳ないけど、この件は断らせてもらっていいか?」


 あえなく撃沈。落ち込んでいる俺に三浦さんが続ける。


「つか、お前も曲作れんだろ。お前がやりゃいいじゃねぇか」


「うぐっ……。やっぱそうなりますよねぇ……」


 一応俺も作曲の心得はあるつもりだ。しかし、こんな無名の男が作った曲がバズるとは思えないんだよなぁ。


「ついでに聞くが、そのアイドルユニットの名前は?」


「……【ラブ・ブルー】」


「はぁ?! ……お前、まじか」


「ち、違いますって! うちのアイドルが付けたんですっ!!」


「なおさらヤベェじゃねぇかっ!! どうなってんだお前んとこのアイドル!?」


「俺が聞きたいですよっ!」


 ――そんなこんなで、デビュー曲は俺が担当することになってしまった。なんてこった。


 ◇◇◇


 次の日の朝。

 ドアを開けたら普通にいた夕凪さんに事情を説明する。


「……実は、デビュー曲なんだけど……。俺が作ることになったんだ」


 申し訳なさげに俺がそう告げると、夕凪さんは200点満点の笑顔でこう答えた。


「碧さんの曲をわたしが……っ!? ありがとうございます……っ! 全力で、全身全霊で、がんばります……!」


 ――小さくガッツポーズをする夕凪さんなのであった。





 ――

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