第8話 何かがおかしい仮眠室。
うちの事務所には、小さい仮眠室がある。
仕事上、昼夜を問わずに仕事があるためたまに俺も利用している。
それはある日、仮眠室を使って二時間ほど仮眠した時のことだった――。
◇◇◇
「んん……。ふぁあ……よく寝たぁ」
「お疲れ様ですプロデューサー」
「うわああっ! ゆ、夕凪さん!?」
今にもキスしそうな距離に夕凪さんの顔。
起きてすぐに飛び込んできたその光景に、俺は大声をあげてしまった。
「どしたん、プロデューサー?」
俺の声を聞きつけた南條さんが仮眠室のドアから覗いている。その顔はなぜか楽しげだ。
「あ、なぎっち大胆だねぇ! プロデューサーの寝込みを襲ってたんだぁw」
とんでもない誤解をされているが、この状況はそうとしか見えないので反論できない。
「プロデューサーの寝顔を見ていただけです。お疲れのようなので邪魔はしていません」
澄ました顔で夕凪さんが言う。
「……そ、そっか。あんまりこういうことしちゃダメだよ? 勘違いされるからさ」
「……あおっちって仕事はできるのにドンカンだねぇ」
◇◇◇
そしてまた別の日。
仮眠室で目を覚ますと、そこにはまた夕凪さんの姿が。今度は俺の寝顔を覗きこむことはせずに、ベッドの横の椅子に腰掛けていた。
「おはようございます、プロデューサー」
「おはよ……。待っててくれたの?」
「はい。今日のレッスンもうまくできました。南條さんの歌もすごく上手くなってきたんです。次のお仕事はT局で打ち合わせですよね。お弁当を作ってきたのでお渡ししておきます。よかったら食べてください。プロデューサーの好きな昆布もちゃんと入れておきましたから」
「ありがとう……。いつもお弁当、助かってるよ」
昆布が好きだと夕凪さんに言った記憶は一切ない気がするが、たぶんポロっと言っていたんだろう。うん。
若干の不安を感じながらお弁当箱を受け取る。夕凪さんらしい、すごく可愛らしい弁当箱だ。
――ちなみにそのお弁当はめちゃくちゃ美味かった。
◇◇◇
―夕凪 詩side―
うちの事務所には小さい仮眠室がある。
プロデューサーはよくそこで仕事の間に仮眠をとる。
わたしにとってここはまさにオアシス。桃源郷。ユートピア。
今日もプロデューサーの寝顔を見るために仮眠室へ足を運ぶ。
◇◇◇
いつものように備え付けの小さな椅子に座ってプロデューサーが起きるのを待つ。
――もっと近づきたい欲望を抑え込むのはなかなか大変だが、一度プロデューサーに注意されたので、しっかり守ることにしている。
今日のお弁当はおにぎり。
最高級のコシヒカリに、北海道産の利尻昆布。
土鍋で炊き上げた米はふっくらもちもち。
そしてなにより、わたしの愛情を余すことなく注ぎ込んだおにぎりは、まさにわたしの愛の結晶といってもいいだろう。
……わたしの愛の結晶が、プロデューサーの一部になると思うと興奮が止まらない。
プロデューサーがおにぎりを食べているところを妄想し、一人興奮しながらプロデューサーの寝顔を眺める。
――今すぐにその首筋を舐め上げたい。そんな欲望が溢れてくる。
しかし、隣の部屋には南條さんがいるのでそれは我慢する。
南條さんはわたしに気を遣ってか、この部屋に入ってくることはないが、流石にそんな光景を見られるわけにはいかない。
――ああ、はやくわたしのものにしたいな。
──
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