第7話 運命の……?
ー夕凪 詩sideー
彼との出会いは偶然だった。
――いや、わたしにとっては必然だったのだけど。
わたしは昔からモテる方だったと思う。環境が変わるたびに周りの男性から好感を持たれているのはなんとなく気づいていた。
でも、わたしには誰にも興味を抱けなかった。
友達から恋愛相談を受けることも多かったが、恋愛経験どころか誰かを好きになったこともないわたしには答えようがない。
その度、適当にそれっぽいことを答えるだけ。それでもわたしが言うと説得力があったのか、みんな感謝してくれる。
わたしにとっては『恋愛』なんて、その程度のことでしかなかった。――彼に会うまでは。
その日、わたしはくだらないゼミの飲み会を早めに退出し、街をあてもなく歩いていた。
夜の街を歩いていると、周りには多くのカップル。そんな彼らの姿を見るたびにうんざりとした気持ちになる。
酔いを覚ますために普段より遠回りしながら駅に向かう。いつもなら通らない道を歩いていると、新しい世界が広がるようで少し気分が紛れた。
気まぐれに路地裏に入ってみる。思ったよりも薄暗い。
そこでわたしは小さなライブハウスを見つけた。お世辞にも綺麗だとはいえない寂れたライブハウス。
少し興味が湧いてきたわたしはそのライブハウスを覗いてみる。どうやらこれからライブがあるようで、一人の男性が呼び込みをしている。
わたしと目が合ったその男性は、よかったらどうですか、と声をかけてきた。
普段なら断っていただろう。しかし、その時のわたしはなんとなくその誘いを受けてみた。もしかしたら、この時すでになにか運命めいたものを感じていたのかもしれない。
地下に向かって伸びる階段を下り、重い防音扉を押し開く。
もうステージは始まっているようだ。開いた瞬間、音の濁流がわたしに押し寄せる。
わたしはカウンターで炭酸水を頼み、ステージに目を向けた。ちょうど最初のバンドの演奏が終わったところのようで、次のバンドが準備を始めている。
まばらな人混みを避け、壁にもたれながらその様子を眺める。どうやら次のバンドはボーカルギターとベース、ドラムのスリーピースバンドらしい。
すると、少しの静寂ののち、彼らの演奏が始まった。
――この時にはもう、わたしは恋に落ちていたのかもしれない。
彼らの演奏は、悪く言えばありきたりでつまらないものだった。しかし、当時のわたしにはとても新鮮に映った。
気付かぬうちに熱中してしまっていたようで、彼らの演奏はあっという間に終わってしまった。
――実際は30分くらいは経っていたのだけど。
すっかり彼らのファンになってしまったわたしは、それから毎回そのバンドのライブを追いかけた。
――そしてそのバンドのボーカル、「
CDを買って、擦り切れるほど彼の歌を聴いた。全ての曲の歌詞を覚えた。
ライブ終わりの出待ちもしてみた。しかし直接話す勇気が出ず、気づけば彼の後を追いかけていた。
その結果、彼の家を突き止めてしまったわたしは多少の罪悪感に苛まれた。でもやってしまったことは仕方ない。開き直って彼の家の近くを散歩してみたりした。
しかし、そんな生活は長くは続かなかった。彼のバンドが解散してしまったからだ。
ある日、彼らの打ち上げを追跡し、隣の席から聞き耳を立てていた時のことだ。彼が突然こんなことを言い出した。
「――俺、就職することにしたんだ」
青天の霹靂だった。すっかり精神的に彼に依存していたわたしにとって、それは死刑宣告にも近いものだった。
「就職ってどこに」
ベースの……何某さんがそう尋ねる。
「聞いて驚け……。なんと芸能事務所だ」
芸能事務所。その言葉でわたしの次の目標が生まれた。
――絶対その事務所に入る、と。
────
第一章、完!
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