第5話 ゴリゴリの……。
ダンスと歌唱力、その二つを完璧に備えた夕凪さん。
彼女は二つのトレーニングを終えたばかりなのに、疲れた様子も見せず、俺に笑顔を向けてくる。
「どうでしたか、プロデューサー」
「すごいよ夕凪さん! 今すぐにでもデビューできそうなくらいだよ!」
正直、彼女は俺にはもったいないくらいのダイヤの原石だ。俺ができることといえば、彼女のことを褒めるくらいである。
「よかったです。でも、デビューしたらプロデューサーとの時間が減っちゃいそうですね」
「大丈夫だよ! 夕凪さんさえ良ければ、ずっと一緒に頑張りたいくらいだし!」
「はい。ずっと一緒です。ずっと……」
彼女がうっとりとした表情でこちらを見ている。普段はクールな夕凪さんがこんな表情をするなんてすごく意外である。
「……明日からは外回りとかで一緒にレッスンできなくなるかもなんだけど、大丈夫かな?」
「……はい。我慢します」
デビューに向けて俺も動き出さないと。せっかくの才能を潰すわけにはいかない。
「ごめんね? 俺も夕凪さんに負けないくらい頑張るからさ」
――俺の言葉に頷く夕凪さん。早速明日から営業頑張らないと。
◇◇◇
そして話は現在。
あの日から毎日、家の扉を開けるとそこには夕凪さんの姿があった。
最初はビックリしたものだけど、慣れというのは恐ろしいもので、気づけばその奇行を受け入れている俺だった。
「今日のお弁当はプロデューサーの大好きなハンバーグを入れてみました。最近、お忙しそうなので鉄分を取るために隠し味も入れてみたんです。昨日も帰るの遅かったですもんね。プロデューサーが倒れたらわたし、耐えられませんから」
「夕凪さんのハンバーグはすっごく美味しいからなぁ。いつも美味しいお弁当、助かるよ。ははは」
「プロデューサーのことを考えて作ってますから」
夕凪さんは料理も上手なようで、毎日すごく手の込んだお弁当を渡してくれる。ちなみに、これは2日目から毎日。すんごいスピード感である。
ちょこっとだけ奇行の目立つ夕凪さんだが、それ以外は、まさに完璧。
振り付けも歌詞もすぐにおぼえる。営業先での立ち振る舞いも、誰とも笑顔で話しているし、評判は鰻登りだ。
別の事務所の知り合いから「彼女、何者なんだ?」と聞かれることもあった。俺が聞きたいです。
「そういえばプロデューサー。Nプロダクションの蒲田さんが、プロデューサーとお話ししたいと仰ってましたよ」
「そうなんだ。またこっちから連絡してみるね」
誰とでもすぐに仲良くなる夕凪さんは、こうやってコネを持ってきてくれることもある。
……俺、要らなくない?
◇◇◇
自信をなくしつつも、デビューに向けての準備を進めること1ヶ月。
事務所に出勤した俺はいつになく胸を高鳴らせていた。そう、今日は新しいメンバーのオーディションなのである。
今のアイドルの風潮として、ソロデビューすることはほとんどない。もともと、二人組で売り出そうと社長は考えていたようで、残りのメンバーを獲得するために応募をかけていた。
そして今日。新しいメンバーになるかもしれない一人との初顔合わせだ。
いつになく緊張しながら、会議室で待機する。
「南條さん、入ってきてください」
社長の声を合図に会議室の扉がギィ、と開かれる。
そこに現れたのはなんと――
「はーい、南條エマでーっす! ダンスとスマイルが得意です♡ よろしくお願いしまーすっ」
――ゴリゴリのギャルなのであった。
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