第4話 全てが完璧なアイドル。
これからのレッスンの予定や宣材写真の撮影のセッティングなど、軽い事務作業を終えた俺は事務所を閉める。
すると、そのタイミングを見計らったかのようにスマホの着信音が鳴り響く。画面には『夕凪 詩』の文字。なにかあったのかな……?
「もしもし、夕凪さん? どうしたの?」
『お疲れさまです、プロデューサー。特に用事はないのですが、お話ししたいなと思いまして』
「そっか。家にはちゃんと帰れた?」
『はい。子供じゃありませんので』
「それもそうだね、ごめんごめん」
何かトラブルがあったかと思ってヒヤヒヤしたけど、大丈夫そうでよかった。
駅まで歩きながら夕凪さんと他愛のない話をする。これから長い付き合いになるんだし、仲良くなるに越したことはないよな。
駅に着き、電車がやってきたので通話を終える。
「じゃあ、また明日」
『はい。また明日お会いできるのが楽しみです』
短い時間だったけど、だいぶ打ち解けられたな。物腰も丁寧だし、上手くやっていけそうだ。たまに言動に違和感があるけど。
◇◇◇
翌日。
早めに事務所に着いた俺は、仕事の準備を始める。レッスンスタジオの予約まではまだしばらく時間があるし、できる範囲で事務作業を終わらせておこう。
「おはようございます、プロデューサー」
「おはよう夕凪さん。はやかったね」
「はい。早くお会いしたかったので」
カジュアルな服装に身を包んだ夕凪さん。昨日とはガラリと変わった服装に思わず見惚れてしまう。
「……ちょっと早いけど、レッスンスタジオに向かおうか」
「はい。今日はよろしくお願いします」
レッスンスタジオについた俺たちは、ダンストレーナーさんに挨拶をしてからレッスンの準備を始める。夕凪さんが着替えている間に、俺は練習曲のセッティングをする。
「お待たせしました、プロデューサー」
「よし、それじゃ早速始めようか。先生、お願いします」
「はい。それじゃ夕凪さん。始めましょうか」
トレーナーさんがタブレットを取り出し、まずは練習曲の振り付けを動画を見ながら教える。
「それじゃ、イントロのところからやっていきましょう」
俺は備え付けの機材を操作し、曲を流し始める。今人気のアイドルグループのヒットナンバーだ。
音楽に合わせて夕凪さんがダンスを始めると、その場の空気が変わったような気がした。
……あれ? 初めてのはずだよな……?
一度しか見ていないはずの振り付けを完璧に踊りこなしている夕凪さん。簡単な振り付けとはいえ、すぐにできるとは思っていなかった俺は、驚きに目を見開く。
「……初心者って聞いてたんだけど、完璧ね……」
トレーナーさんもびっくりしている。振り付けが完璧などころか、完全に自分のダンスにしていまっているレベルだ。驚くのも無理はない。
曲を止めるのを忘れて見入ってしまう。イントロどころか、全て踊り切ってしまった。
「す、すごいよ夕凪さん! 一度見ただけでこれだけ踊れるなんて!」
――もしかして彼女は天才なのかもしれない。出会ってまだ1日しか経っていないが、俺は彼女はスターダムを駆け上がる資格を持つ人間なのではないかと思い始めた。
「ありがとうございます。プロデューサーのおかげです」
「いやいや、俺はなにもしてないよ!? 間違いなく夕凪さんの功績だから!」
「これは教え甲斐があるわね……。プロデューサーさん、もう少し厳しく指導しても?」
「は、はい! 夕凪さん、大丈夫そう?」
「もちろんです。プロデューサーのためですから」
――その後、熱の入ったトレーナーの指導はしばらく続いた。1教えると100覚える、と言った具合で、どんどん吸収していく夕凪さん。
一時間後、レッスン終了の時間がやってきても、彼女は息も乱さず涼しい顔をしていた。体力も申し分ない。
「お疲れさま。ずっと見入っちゃってたよ」
「そうですか。少し恥ずかしいです」
「ご、ごめん」
「プロデューサーのために踊ったんです。上手くできていましたか?」
「もちろん! 本当にすごかったよ」
「ありがとうございます。もっともっと練習して、誰にも負けないくらい上手になりたいです」
すでに誰にも負けないレベルのダンスだったけど、めちゃくちゃ目標が高い夕凪さん。努力もできる天才だ。
俺たちはしばらく休憩した後、レッスンスタジオを後にする。次はボイスレッスンだ。
――そこで俺はさらに驚くことになる。なんと彼女は、歌も天才的に上手だったのだ。
音程はもちろん、抑揚やリズム、天性の美声。全てが完璧な歌唱力なのだった――。
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