第2話 なにかがおかしい担当アイドル。




 ――彼女との出会いは一週間前に遡る。


◇◇◇


 「相良くん。君に嬉しいお知らせがある」


 出勤した俺を出迎えたのは、やけに上機嫌な社長だった。いつもニコニコしている社長だが、こんなに嬉しそうな顔は初めてかもしれない。


「は、はい!」


「実は、君の担当アイドルがついに決まったんだ。応募をかけたらすぐにきてくれた子でね」


「本当ですか!? ついに僕にも担当アイドルが……!」


 ここ、エターナルプロモーションに採用されて1ヶ月。まだ小さな事務所だが、社長には昔からお世話になっていたこともあり、俺は迷わずここを第一志望にしていた。面接ではすごく緊張したっけ。


 この1ヶ月は、各取引先に挨拶回りをしたり、プロデューサーとしてのノウハウを教えてもらったり、あっという間の1ヶ月だった。


 そんな新人プロデューサーにもついに担当アイドルが……! 嬉しさのあまり、小さくガッツポーズをしてしまう。


「早速君にも紹介しよう。……夕凪くん、入ってもいいよ」


 社長の声を合図に会議室のドアが開く。思わずスーツの襟を正す俺。芸能界は第一印象が大事なのだ。


「――夕凪ゆうなぎうたです。よろしくお願いします」


 入ってきた彼女の姿を見て俺は息を飲む。


 ――冬の夜のような冷たさ感じさせる黒髪。しかし切れ長の瞳はどこか暖かさも感じられる。そして、スッととおった鼻。小さい、しかし存在感を感じる口元。


 身長はかなり高め。170センチくらいはあるだろうか。彼女のその凛とした佇まいは、俺を驚かせるのに充分だった。


「よ、よろしくお願いします。エターナルプロモーションでプロデューサーをしています、相良さがらあおです。まだまだ半人前ですが、これから一緒に頑張りましょう!」


「はい。プロデューサーさんのために一生懸命頑張りますね」


 なにか違和感のある返答。しかし、初めての担当アイドルができた嬉しさで、その違和感にはこの時は気付かなかった。


「すまないが、私はこの後用事があってね。ここで席を外させてもらうよ。昼には戻ると思うからそれまでゆっくりしていなさい」


「は、はい! では事務所の案内と、仕事について話しておきますね!」


 社長が会議室から出ていくのを見届けた俺は、改めて夕凪さんの方を見る。夕凪さんもこちらを見ていたようでぴたりと目が合う。


「改めて、これからよろしくね。夕凪さん」


「はい。末長くよろしくお願いします」


「……? う、うん」


 また違和感。末長く……?


「えっと、今日は初日だし、もっと気楽にしても大丈夫だからね?」

 

 まだ緊張しているのかな?と感じた俺はリラックスするように彼女に言う。


「気楽に……ですか。プロデューサーがそうおっしゃるならやってみます」


 そういいながらニコリ、と笑う夕凪さん。それはアイドルとして百点満点の完璧な笑顔だった。


「うん、やっぱり笑ってる方がかわいいよ」


「ありがとうございます。プロデューサーも毎日カッコいいです」


 ……??? 毎日カッコいい……?


「あ、カッコいいのは当たり前か。だってわたしのプロデューサーですし」


「そ、そう言ってもらえると嬉しいよ。……じゃ、事務所の案内するからついてきてね」


 

 ――何かが致命的に噛み合っていない気がするが、追求するのがすごく怖いのはなぜだろう。

 

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