第5話 瞬間 春風 〜幕間 (佐々木二朗)

 人生は剣道とともにあった。


 俺は地方の道場を任されている代理の指導者。

 スポーツセンターでたまたま剣道スクール枠があったから入ることができた。


 それでも、尊敬する富田先生とかわられることはとてもいい縁だ。

 

 そんな縁を悪用したりもするが。

 

 今日の終わりに生徒に声をかけられていた。


「先生、いいすっか」


 受け持っている生徒・清水虎雨だ。

 小学生のくせに俺とたいして身長はかわらない。ナマイキな生徒だ。


「先生、なんで俺は渡辺に勝てないんだ」

 

 しかし、剣道にかんしては聡い。

 渡辺六花との差に気づいている。


 たまたまではないという事に……


「どうしてだと思う」


 俺は質問に質問で返す。

 こんなのはコミニケーションではない。

 けど、考えるためには必要なことだ。


「渡辺は強い。だけど、俺も強いはずだ!」


 イタイタしい告白だ。

 わかるぜ。男の子ってそんなものだ。


 渡辺六花に負けた理由がわからない。


 虎雨は強く、二級をもっている。

 小学生高学年では強い部類だ。  


 しかし、彼女には勝てない。


 10センチ以上ひくい女の子に負けた。

 これは情けないよな。


「お前は強いだろ。県内でベストに入ってるんだから」


「わかってる……けど」


 虎雨だって負けた事はある。

 しかし、たいていは相手のほうが背が高い、体力がある。年上、段位を持っていた。


 と理由がある。


「わからないか」


 虎雨はうなづく。


 本当はわかっている。

 みとめろ! 渡辺六花に勝てない理由。

 

 それは単純に剣道で負けているからだ。


 今まで負けた相手は剣道では似たような実力だった。


 けど今、虎雨は初めて渡辺六花に剣道でまけた。

   

 そんな簡単なこと。

 だから、明確に超えられない。


「あいつ、強いもんな」


 俺は渡辺の試合をおもいだす。


 渡辺は強い、あの感覚に俺がたどり着いたのはいくつのときだ。


 認めたくはない。天才がいるということに。


 同時に宮下先生がうらやましい、あの才能を育てられるなんて。


 けど、清水虎雨だって、素晴らしい才能がある。


 虎雨が渡辺六花を超える。それを見てみたい。 

 それが、俺の夢だ。 


「そうだな。小手抜面を教えてやろうか」


 虎雨の表情が変わる。

 小手抜面は小学生で教わる技ではない。

 まぁ、感覚でやっている生徒もいるけどさ。


「技がわかれば、見えてくるものもあるさ」

「! 頼む! 教えてくれ!」


 テンション高すぎだろ、眼が輝きすぎだ。

 虎雨だけの特別だ。


 短い時間のまたたきの中で、お前はどこまで天才に追いつけるだろうか、そのかすかな楽しみが、たまらない。

 虎雨、見せてくれ、お前の剣道を。


 そうして、俺は竹刀を手にとった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

瞬間 なつきネコ @natukineko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ