第7話 そ、そんなに違いますか?
「はぁ~、温まるわぁ」
「店長さん、なんかおばさんみたいですね」
「おっ、愛美ちゃんも直樹君みたいに言うようになったね」
「……す、すみません」
「あはは、良いの、良いの!これから一緒に仕事する仲なんだし、お堅いのは好きじゃないしね」
「は、はぁ」
休憩室で直樹さんとお話ししていると、店長さんが急に銭湯に行く!と言ったので、今はお湯に浸かっている。
銭湯なんて何年ぶりだろう、お風呂にいい思い出が無いせいで思い出せない。
「店長さんは銭湯によく来るんですか?」
「んー、たまにかな。今日みたいにお風呂が壊れた時とか、旅行してボロ宿に泊まったら風呂が付いてなかった時とか」
「後者はただのリサーチ不足なのでは…」
「まぁ旅なんてそんなものよ」
そう言って笑うと店長さんは背中を付けてゆっくりと肩まで浸かり、気持ちよさそうに顔を歪める。
「それじゃあ私はこのくらいで…」
私はいつも同じくらいの時間お風呂に入ったから出ようと立ち上がると、
「え、まだ10分も経ってないのに?」
と店長さんに腕を掴まれてしまう。
「えっと、いつもこれくらいに出ないとお義母さんに怒られ…」
「愛美ちゃん」
「は、はい」
「もう、大丈夫だから」
そういう店長さんは先ほどまでの、のほほんとした雰囲気ではなく真剣な眼差しを私に向けていた。
「もう誰も愛美ちゃんを縛ったりしない、怒る人なんて誰もいないわ。だからもう少し肩の荷を下ろしても良いんじゃないかな」
店長さんにそう言われ「そうですね」と言ってゆっくりと肩まで浸かる。
「お風呂はお義母さんが入りたい時に沸かしてその時に少しだけ入るのが普通だったので、あまり長風呂に慣れてなくて…」
「そっか、長風呂はいいわよ。仕事で溜まったストレスや疲れを洗い流してくれるから」
それを店長さんが言うのかとツッコみそうになったが、肩まで浸かると今日色々あって疲れていたのか自然と「はぁ〜」と気の抜けた声が出てきてしまう。
店長さんにおばさんみたいって言ったけど、これは出てもおかしくない。
「やっぱり大きなお風呂はいいわね、これでサウナが付いてれば言う事無かったんだけど」
「サウナですか?」
「うん、もしかして愛美ちゃんサウナ体験した事ない?」
「は、はい」
子供の頃に銭湯は行った事はあったけど、小さかった事もあり入れなかった。
「じゃあ今度三人で行こっか。いいところ知ってるのよ、森の中に小さな小屋があってね。冷たい川が近くを流れてて…」
店長は何やら楽しそうに語り始め、半分聞き流すように久しぶりのお風呂を堪能した…
ん?三人でサウナ?三人でって事はもしかして直樹さんのは、裸が…
ちょっと想像してしまい、急いで目の下まで湯に浸かる。
ブクブクと鼻から出る空気がまるで沸騰したやかんのようで、顔に集まった熱が冷めるまで暫くの間、泡が止まることは無かった。
*****
「だ、誰?」
「え?」
僕は先に出たので、休憩スペースでゆっくりしていると店長が出てきたのが見え立ち上がったのだが、隣に可愛い女の子が立っていた。
その子は、サラサラとした少し長い黒髪の毛先をふわっとさせ、口元がぷるっと紅くお風呂上がりで肌の血色がよく大人な印象を受けるが、落ち着きがないのかオドオドしていて目が合うと逸らし、そういう子供っぽさにギャップを感じてしまう。
誰だこの可愛い子は、そう思い店長に訝し気な視線を送る。
「店長、誘拐ってやつですか?」
「そんな事あたしがするわけないでしょ!愛美ちゃんよ愛美ちゃん」
「え、愛美さんだったの!?」
店長にそう言われ、驚いてしまう。今僕の前に立っている愛美さんは、今日一日接していた見た目とは大きく異なっていてなんというか、
「ふふ、直樹君こういう子好きでしょ?」
「は、はあ!?そ、そんなことは…」
店長は愛美さんの両肩に手を当てて、してやったという顔をしてくる。
どうせ店長の趣味か特技でこうなっているに違いない。
僕は店長の言葉を反射的に否定しようとしたが、今の愛美さんを見て言う気力も失せてしまう。
正直言うと、とても好みだ。
恋愛なんてしている暇はないと朝店長に言ったが、もう少し余裕があればとも思ってしまう。
だが、
「店長そのニヤニヤした顔やめて下さい」
「いやぁ、直樹君のその照れた顔見たらさー、ね?愛美ちゃん」
店長に振られ愛美さんが頷くと、
「そ、そんなに違いますか?」
「……う、うん。可愛い、よ」
僕は顔逸らしながら左手を持ってきて二人に顔が見えないように隠す。
するとなぜか愛美さんが珍しい物でも見たような好奇の眼差しを向けてきて、
「か、帰りますよ。晩御飯作らないとですし」
恥ずかしくなり一人外へ逃げてしまった。
出る前にチラッと見えた愛美さんの顔が少し赤くなっていたように見え、そう言うところもと思ってしまう。
「さむっ」
外に出るとさっきまで湯に浸かり温まった体がキュッと縮こまる。
はぁと白い息を吐くと冷たい感覚が鼻に当たり、上を向く。チラチラと降る白い雪が街灯によってオレンジ色に照らされている。
寒い季節は嫌いだと思っていたけど、今だけは熱くなった顔を冷やしてくれそうで降り出した雪に感謝した。
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回:第8話 私はどこで寝れば…
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