第6話 つ、疲れました…

 作ってくれたお昼ご飯を食べた私は直樹さんと午前中と同じくカウンターの隣に立って仕事をしていた。


 店長さんはというと運転で疲れたと言って、ご飯を食べるとすぐ休憩室に行き寝てしまった。

 まだ初日でお二人がどういう人なのかよく知らないけれど、一つ言える事は店長さんみたいな人にはなりたくないと言う事だ。


 現在の時刻は十五時半を少し過ぎ、少し前まで直樹さんがせっせと何かを用意していた。

 テーブル全てに白いテーブルクロスを敷き、裏から和菓子店で見かけた事のある長方型の薄黄色い箱(後で調べたらフードコンテナって言うらしい)をカウンターの上に置いている。


 一度何をしているのか聞いてみるも「後で分かるから、その時にね」とはぐらかされてしまった。


 すごく気になる。


 けど、もっと気になる事が私にはあった。


「あの、直樹さん」

「ん?どうかした?」


「えっと、お店に来る人数っていつもこんなに少ないんですか?」


 今日私が接客した人数、直樹さんがしていた接客を合わせても十人にも満たない。

 ここはカフェだけど飲食店ってもっと忙しいイメージがあったから、気になっていたのだ。


「そうだね。大体平日は手で数えられる程度しか来ないかな。まぁ、今の所はね」

「え、それってどういう――」


 チリンッ


 私が前のめりに直樹さんに聞こうとした同時に、来店を知らせる鈴の音が店内に鳴り響く。


 すると、一人また一人と常連さんから登山客でお店の中が賑わい始める。お客さん達は案内をする前に席につき、少しの雑談を終えるとこちらに視線を送ってきた。


 静寂に包まれたこの空間に、あまり状況が読み込めずあわあわと店内を忙しなく見ていると、隣から息を吸う音が聞こえてくる。


「皆様本日はご来店頂き、誠にありがとうございます。一時間という短いお時間ではありますが、本日も開催させていただきます」


 直樹さんはそういうと私に顔を近づけてきて「店長起こしてきて」とだけ言って再びお客様に視線を向ける。


 私は言われた通り休憩室で寝ていた店長さんを起こして連れてくると、お店の時計で時間を確認している直樹さんの姿が。


「あの店長さん今から何が始まるんですか?」

「ふふ、これはね。うちのお店の中でも1番人気の行事で直樹君が考えた素晴らしい催しなんだよ。直樹君が自分で作った日替わりスイーツをお客様に美味しく召し上がって頂こうというね」


「は、はぁ」

「これがあるからこのお店がうまく経営できてると言っても過言ではないね」


 もう直樹さんがこのお店を経営すればいいのではと少しばかり思ってしまったけど、自慢げに話す店長さんには言えそうにない。


「直樹君、今日のスイーツは何かな?」

「店長、摘み食いはダメですからね」


「ちょっと聞いただけでその返しって、あたしそんなに信用ないかな」

「前科がありますから」


「うっ…」


 直樹さんはジト目を隣にいる店長さんに向けて言うと、控え目ではあるが客席から笑い声が耳に届いてきて次第に店内が穏やかな空気に包まれる。


 暖かい。


 今が冬である事を忘れてしまいそう。まるで私の知らない世界に来てしまったような。


「愛美ちゃん?」

「あ、店長さん。どうかしました?」


「いやぁ、そろそろ始まるけど覚悟できるのかなって」

「?」


 覚悟?なんの…?


 私は店長さんの言っていることが分からず頭を傾けてしまう。


「その感じからして直樹君から何も聞いてないね」

「えっと…何がですか?」


「うーん、簡単に言うと激務だね」

「え…」


 店長はそう言うと同時に直樹さんがお客様に向けて声を張っていた。


「十六時になりました、コーヒーブレイクのお時間です。本日はパウンドケーキ3種…マーブル、チョコ、抹茶をお作りましたので甘いものが得意でない方でも楽しめると思います。このお時間になりますと、店長特製ブレンドコーヒーのおかわりが自由になりますのでどうぞ堪能していただければと思います。それでは良いひと時を…」


 直樹さんが慣れたように言い終わるとお店の雰囲気が変わってお客様が一斉に立ち上がり、店長さんは渋々といった様子でカウンターに入っていく。それと入れ替わるように直樹さんは私の隣にくる。


「愛美さん、この時間からはコーヒーのオーダーが増えるしレジも長めに頼むね。外にも結構待ってる人いるから」


 直樹さんに言われ、入り口を見るとちょっとした行列が出来かけていた。


「え、どうして急に…」

「もう名物みたいなものになってるからね。一時間お互いがんばろ」


「は、はい!頑張ります」


 私が少し気合を入れようと返事をすると直樹さんは軽く微笑み一度背中を見せるが「忘れてた」と言うと振り返って耳元で囁いてくる。


「愛美ちゃんの分はちゃんと分けてあるから、後で食べてね。くれぐれも店長には内緒で、あの人甘味にはうるさいから」


 それだけを言うと直樹さんは接客をする為にテーブルの方へ歩いて行く。


 私はというと、直樹さんの声と微かに掛かった暖かい息にしばらく耳を赤くするのだった。



*****



「つ、疲れました…」

「お疲れ様、愛美さん」


「あたしも疲れたー」

「店長は普段からもう少し頑張ってください」


「直樹君あたしにだけ辛辣じゃない!?もう少し労いの言葉をおくれよ〜」


 二人は本日の仕事が終わると休憩室のこたつに顔をつけて休んでいる。僕はというと頑張ってくれた二人の為に暖かいお茶を用意していた。


 コーヒーブレイクは、普通会社などのおやつ休憩に対して使う言葉らしく、常連さんが仕事の休憩時間に来ていると言っていたのを思い出し店長さんに無理にお願いしたのが始まり。


 普段店長のコーヒーはお一人様一杯までなのだがその決まりをなくし、自由に楽しんでいただくというのが人気の秘訣にもなっている。


 売り上げには貢献できて、僕も趣味のお菓子作りが出来るので満足なのだが、


「あ〜今日もあたし頑張ったなぁ。チラチラッ」

「なんですか」


「もぉ、分かってるくせに!残ってるんでしょ?パ、ウ、ン、ド、ケーキ」

「…残ってないですよ」


「え゛。そ、そんなぁ」


 店長は大袈裟に落ちんでしまう。それを見てか愛美さんが口を開く。


「そういえば、店長さんお昼前にケーキ買ってきてませんでした?あれはどうしたんですか」

「あれは明日の朝のデザート。って今日の分食べてなかったじゃん!」


 店長は大事なことを思い出したかのように体を起こすと忙しなく炬燵から出て「ちょっと食べて来るー、ついでにお風呂入れておくね」と休憩室を出て行ってしまい、愛美さんと二人になる。


 こういう時ってどんな話をするんだろうか。


 そんな事を思いながら湯呑みにお茶を注ぎ、愛美さんの前に持っていくと、


「今日、凄く大変でした」


 今日の感想を話し始めた。


「…そっか、初めてのお仕事だもんね」

「はい。沢山新鮮な体験ができて、なんだか疲れたはずなのにすごく楽しかったです」


 そう言った愛美さんは湯呑みを両手で包むように持ち、笑みを浮かべる。


「良かった、初めは接客向いてないかと思ったからそれが聞けて安心だよ。分からない事があったら何でも聞いてね?」

「は、はい…えっとじゃあ、一つ良いですか?」


 愛美さんは手を少しもじもじさせ始め、落ち着きがない。


「直樹さんって、か…彼女さんとかっているのかなって」

「え…?居ないけど」


 僕はどうしてそんな事を聞いてきたのか気になり、こちらからも質問しようかと思った所で、


ドンッ


 と休憩室の扉が大きな音を立てて開き店長が開口一番こういった。


「お風呂壊れたから今から銭湯ね!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第7話 そ、そんなに違いますか?


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