第5話 分担すれば、なんとか…
僕は料理のできない店長に代わって今日もお昼ご飯を作っていた。
普通飲食店ならお昼の時間帯は忙しくてご飯をゆっくり食べる事など出来ないが、此処『ちづるかわ』は田舎
登山客はお昼を持参している人が多いから帰りの夕方が多くなる。
「あ、あの…何かお手伝いできませんか?」
僕が店長から渡された食材を使い、奥の厨房で調理をしていると仕事用のエプロンを付けた愛美さんが話しかけてきた。
「大丈夫だよ、愛美さん初めてのバイトで疲れてると思うから休んでて」
「でも、直樹さんずっと働きっぱなしですし」
店長が何もしないから休憩していない僕の事を、心配してくれているのかもしれない。だが、元々くるお客さんが少ないせいかそこまで疲れないんだよな。
「いつもの事だし、気にしなくていいよ」
「で、でも…」
そう言うと少し俯き手をもじもじと動かし始める。
愛美さんは、初めての環境で慣れている僕と比べると疲れていると思うのに中々引こうとしてくれない。
僕もここに来た時は、居場所を作ってくれた店長の役に立てればとよく手伝いをしてたっけ。今の愛美さんを見ていると、あの頃の自分と重なる。
「分かった、じゃあ手伝って貰おうかな」
「は、はい!」
僕がそう言うと、ぱあっと声と表情が明るくなる。あまり人に頼るという事をしてこなかったが、たまにはいいかもしれない。
「えっと、それで直樹さんは何を作ってるんですか?」
「パスタだよ、簡単に作れるし味を変えれば頻繁に作っても飽きないしね」
丁度、玉ねぎの皮を剥き終わり次は切る作業に入るのだけど。
「愛美さんは料理できる?」
「……出来ないです」
「そっか…」
僕も、父さんがいた頃はたまに手伝っていたが、義母さんと二人になると外食するあの人とは違い家で一人インスタントばかり食べていた気がする。
今思えば不健康で、いつ身体を壊してもおかしくない食生活をしていた。
料理を勉強し始めたのは此処に来てからで、厨房を担当していた人が辞めたからという切っ掛けが始まり。
その時は、新しい人を雇えばいいのにとも思ったがやってみると案外楽しくて、今では一つの趣味みたいになっている。
「じゃあ、初心者でも出来るものを手伝って貰おうかな」
僕はパスタを茹でる鍋に水を入れ、沸くまでの間に教えようと包丁を持つ。
「じゃあまず野菜切ってみようか」
「は、はい」
「今回作るのは、ウインナーとキャベツのバター醬油パスタで、店長野菜よく食べるから玉ねぎも追加ね。それで切り方だけど…」
僕が軽く作り方や、切り方を教えると何処から出したのか熱心にメモを取り始めた。愛美さんは勉強熱心な性格なのか、気になる事があればよく質問をしてくる。
自分で考えて、質問をしてくれるので教えるこちらとしても教えがいがあって結構楽しい。
「じゃあ一度やってみようか」
「はい!」
元気よく返事する愛美さんは教えた通り切り始める。飲み込みも悪くなく、やろうともしない店長とは大違いだ。
「直樹さん、これで合ってますか?」
「うん、上手だよ」
「えへへ、良かったです」
愛美さんは褒められるのが好きなのか、僕がそう言うと笑顔をこちらに向けて来る。
可愛い…けど、初めて見る少女の笑顔はなんだか少しぎこちない物の様に僕の目には映る。そんな笑顔を見て、昔店長に言われたことを思い出してしまう。
『うーん、直樹君なんか笑顔硬いね』
『え、そうですか…?』
『うん、ちょー硬い。接客するならもっと自然なスマイルを作らないと!こんな風に!』
そう言った店長の笑顔は、言葉では表情出来ない程下手くそで心の底から笑ってしまった。笑うのは久しぶりで、あとで顔が痛くなったのはいい思い出だ。
それからは徐々に笑う機会も増えて、店長よりも自然に笑えるようになった。
愛美さんはどんな生活をして来たのだろうか。僕はいつ笑ったのか思い出せないくらいには味気ない灰色な日々を送っていた。
もし、愛美さんもそうなら少しでも笑う回数を増やしてあげたい。
バイトの先輩として、お義兄ちゃんとして…
「その調子なら、大丈夫そうだね。僕はスパゲティ茹でてるから何かあれば言って?」
「は、はい!」
沸いた鍋に人数分のスパゲティを入れて、柔らかくなった部分を基準に少しずつ麺をお湯の中へと浸していく。
ここの厨房はそこまで広くなく、よく家庭で使われている鍋やフライパンしかないが、来るお客がそこまで多くないので別に困ったりはしない。
「あとは待つだけかな。そっちは大丈夫そう?」
茹でに関してはもう終わったようなものなので、タイマーを掛けて愛美さんに進捗を聞くとあまり芳しくない声が聞こえてくる。
「あー、えっと…野菜は出来たのですが、ウインナーがうまく切れなくて」
そう言って見せてくれたウインナーは、所々皮が残り綺麗に切れず引っ付いていた。
「ここはスーっと前に滑らせえるように切ると綺麗に切れると思うよ。やってみて?」
「こ、こうですか?」
「うーん」
愛美さんは僕の教え通りに刃を動かすが、力が入っていないせいかまた皮が残ってしまう。
「ちょっとそのままで居てね」
「っ……」
僕は包丁を持った愛美さんの右手に手を添える。
「それで、こうすれば…うん、綺麗に切れたね。今みたいにすればいいから、分かった?」
「え、えっと…もう一回お願いしても良いですか」
僕が手を放し、愛美さんに確認をするがうまく伝わらなかったのかそう言われてしまう。
「ちゃんと見ててね?」
「は、はい」
僕はもう一度、同じように愛美さんの右手に手を添えようとした所で後ろから声が聞こえて来る。
「お腹空いたー、お昼まだ?」
店長はお昼の催促をする為に、厨房に入ってくる。それを聞いた僕は愛美さんに教えるのは一度辞めて店長の方を向く。
「まだですよ、もう少ししたら出来るので」
「そかそか、それは楽しみですな。で、愛美ちゃんはお手伝い中?大丈夫そう?」
「は、はい。分担すれば、なんとか…料理した事無かったんですけど、直樹さんに教えて貰っているので」
「直樹君がねぇ」
そう言った店長は僕を見てニヤニヤし始める。
「なんですか」
「いやぁ、ちょっと前まで私に教わっていた直樹君が今ではしっかり先輩していると思うと来るものがあるよね」
「あれ、何か教わりましたっけ」
「教えたでしょ。あれとか、あれとか…あれ、とか。あれ…?」
「出てこないんですね。はぁ、出来たら持って行くので待っててください」
「そうだね、このままだと邪魔になっちゃうか」
何をしに来たのか分からないが、店長はそう言うと厨房を出て行った。それと同時にピピピっとタイマーがなり、茹で終わりの合図を出してくれる。
「ごめん愛美さん、店長が邪魔しちゃって。あとは僕がするから休憩してて」
「い、いえ。少しでも料理出来るようになりたいので見学してます」
「そう?それならいいけど、疲れたらいつでも休憩していいからね」
僕は、愛美さんにそう言って残り少なかったウインナーを全て切り、フライパンにオリーブオイル、キャベツ、玉ねぎも一緒に入れ炒め始める。
じゅぅっと音を立てて、キャベツがしんなりするまで炒める。
「あ、あの…」
キャベツが柔らかくなり、調味料を加え茹で終わったスパゲティをフライパンに入れて最後にバターを入れれば完成と言う所まで来て、さっきまで静かに見学していた愛美さんが話しかけてきた。
「直樹さん、店長さんと仲、良いんですね」
「まぁ、性格はあんなだけどずっとお世話になってるし、もう半分家族みたいな感じかな」
「家族、ですか。羨ましいです…楽しそうにしてるの」
愛美さんはそう言うと、持っているメモにしわが出来る程強く掴んでいた。
店長との会話でどう思ったのかは分からないが、家族にあまり恵まれていなかったのは言葉だけでも伝わってくる。
「大丈夫、きっと店長とすぐに仲良くなれるよ。あの人、案外面倒見良いから愛美さんの事も家族みたいに接してくれるんじゃないかな」
「家族みたいに…直樹さんも、ですか?」
どうしてそんな事を聞いてくるんだろうか。
「当り前じゃん、僕たち一応義兄妹なんだしさ。まだ会って間もないから不安に感じる事もあるかもしれないけど、僕は仲良くしたいって思い始めてるよ」
始めはうじうじしている姿を見て苦手とか思ったけど、愚直に懸命に頑張ろうとするところを見たら、印象なんてすぐに変わってしまう。
だから、『仲良くしたい』それは心から出た言葉だ。
「わ、私も直樹さんと仲良くなりたいです」
「うん、じゃあ改めてよろしく」
「は、はい!」
僕が空いている手を差しだすと、両手で力強く握ってくる。
こうして、二年ぶりに再会した義妹とこれからが始まるのだった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
二年ぶりの再会 完
次回:第6話 つ、疲れました…
応援、☆☆☆レビューよろしくお願いします!励みになります。
現在連載中
『傷心中に公園で幼馴染の妹を段ボールから拾ったら、めちゃくちゃ世話してくれるようになった』
https://kakuyomu.jp/works/16817330662341789174
甘々作品なので気になれば是非読んでいただければ幸いです!
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