第4話 が、頑張ります!
店長が帰ってきたと思ったら、買い忘れがあるというのでまたお店を出て行ってしまった。
本当は新人の教育を僕に押し付けたいだけなのでは…
そんな風に考えてしまうのは店長の性格を知っているからなのだろう。ここに来た時はもっとしっかりしている人だと思っていた。
だが、蓋を開ければ顔を手で覆いたくなるような怠惰な人間。
ため息が出てきそうだ。
「あ、あの…」
引き続き、仕事をしようとカウンターの隣で立っていると弱弱しい声が聞こえて来る。
「お義兄さん、次は何をすればいいでしょうか」
そう愛美さんに聞かれ、店内を一度見回すとある常連さんに目が止まった。
「じゃあ、あそこの席のコーヒーカップ下げて来て貰える?」
「え、あの人ですか…?」
「うん、あの人はもう少し居ると思うから下げちゃって大丈夫だよ。おさげしますねって言えばいいから、出来そう?」
「が、頑張ります!」
愛美さんは、少し緊張しているのか若干手を振るわせながらそう言うと一人常連さんの元へゆっくりとした足取りで向かう。
震えながら歩く少女の後ろ姿を見ていると初めて、オーダーを取りに行った頃の自分を見ているようで、僕まで緊張してきてしまう。
愛美さんが常連さんの席の前まで移動すると、僕が教えた事を愚直に実行しているのか常連さんが頷いている姿が見えた。
少し待っていると、カップを持った愛美さんがこちらに帰ってくる。
「お疲れ様」
「は、はい。えっと、それと…」
僕はカップを受け取り、初めての仕事をこなした事への言葉を伝えると何かあるのか話しかけられてしまう。
「お義兄さん、注文受けちゃいました」
「え、注文?」
「は、はい。コーヒーおかわり、だそうです」
注文と聞いて少し驚いてしまった。人見知りで、さっきまで震えていたからてっきり接客は向いていないかと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。
「そっか、ありがと」
僕は感謝を述べて、その小さな頭の上に手を置いて軽く撫でる。すると、愛美さんは僕の顔を少し見たあと俯いてしまう。
手に当たる髪の毛はちょっとゴワゴワしていて、髪質が硬いのか跳ねた髪が手のひらに当たる感触を強く感じる。
身長差は約十五、六センチ程だろうか、とても撫でやすい。妹と言うもの悪くないかもな。
でも、一つ言いたい事があるとするならば。
「愛美さん、一ついいかな」
「は、はい。何ですか?」
「お義兄さんって呼ぶのやめて欲しい」
「え、あ、ごめんなさい」
僕がそういうと愛美さんはすぐに頭を下げて謝ってくる。
「いや別に、怒ってる訳ないから謝らないで…?」
「そ、そうなんですか?」
「う、うん…愛美さんと義兄妹なのは別に嫌とかではないんだけど、義兄さんって呼ばれると義母さんが少しちらつくっていうか」
これは僕にもよくわかっていないが、義兄さんと呼ばれると不快ではないが嬉しくも無い複雑な気持ちが込み上げてくる。
僕は愛美さんの頭から手を退かし、コーヒーを淹れに行く。
「お義母さんの事、嫌いですか?」
「……」
お湯を沸かしながら準備をしていると、愛美さんにそう聞かれ考えてしまう。
どうなんだろうか、僕はこれ以上義母さんと居たくないと思ったから家を出たはずだ。なのに、嫌いかと聞かれてすぐに答えが出てきそうにない。
正直、考えることすら嫌になっていたから、自然と無いものとして扱っていた気がする。
「分からないかな、好きではないと思うけど」
「そう、ですか」
「愛美さんは、どうなの?」
あまり聞くべきではない事くらい分かっている。でも、自分から捨てられたと言っていたのだから何かしら思うところはあるはずだ。
「私は…」
お湯を沸かす間、コーヒーを淹れる準備を終わった僕は愛美さんの方を見ると、顔を伏せ手を強く握っていた。
「私は、嫌いです」
「そっか…」
「お父さんも嫌いです。家族みんな…嫌いです。でも」
でもと、愛美さんは言うと顔を上げてその綺麗な蒼色の瞳と目が合う。
「お義兄――直樹さんの事は好きです」
「えっ、あ…そ、そうなんだ」
僕は急に好きだと言われ、顔を背けてしまう。別にそう言う意味で言われているわけではないと思うが、女の子に好きだと言われたことが無いせいか反応に困ってしまった。
「は、はい…」
そう小さく聞こえた返事でチラッと愛美さんの方を見ると、顔を軽く下に向けていた。良く見ると少し耳が赤くなり、さっきまで強く握られていた手をもじもじと動かしている。
その姿を見て、ちょっとだけ可愛いと思ってしまうのだった。
∩ ∩
(・×・)
店長さんが、お店を後にしてからもうすぐ二十分になる。
直樹さんはコーヒーを淹れ終わると「もうすぐお昼だし休憩してて」と言ってくれてお店の一室で休憩していた。
ここはお店の休憩スペースらしいのだけど、なぜか畳にこたつがある。
こたつの電源は、さっき直樹さんが入れてくれて少しすると暖かくなってきた。
こたつの上にはお菓子の入ったカゴがあり、どうも休憩スペースという気がしない。まるで誰かのお家に来ているような。
人の家で私一人という状況を考えるとそわそわしてくる。
でも、一人で部屋にいるといつも自分の部屋で独りだった時の事を思い出してしまう。
お父さんは海外出張で家に滅多に帰ってこなくなったし、お義母さんは夜遅くに帰ってくるけど、すぐに寝てしまって朝にはもういない。
そんな少し前の事を思い出して、肩まで熱を感じられるようにこたつに入る。
「家族以外の人と話したのいつ以来だろ」
学校では一応友達と呼べる人はいるけど、無口であまり喋らない。窓際で本を読んでいるような、私と同じ生き方をしている人。
一人が寂しくて、話はしないけどご飯はいつも一緒に食べている。
だから、ちゃんとした会話をしたのは久しぶりでついあんな事を言ってしまった。
私は自分の頭に手を置く。
誰かに頭を撫でてもらうなんて幼少期以来で、優しくしてくれる事も久しぶりで、少し変な気持ちになってしまった。
嬉しいような、恥ずかしいような。そんなよくわからない感情。
「また、撫でてくれないかな…」
私はなぜかそう口にしてしまっていた。いつもなら独り言なんて言わないのに。
「ねぇ愛美ちゃん、今何して欲しいって?」
「え…て、店長さん」
完全に一人だと油断していると、休憩スペースの扉からひょこっと店長さんが顔を覗かせていた。
店長さんは私の動揺を見てか扉を開けると、ニヤニヤとこちらに近づいてくる。
「ねぇねぇ、今何して欲しいって言ったの?」
「…」
そう聞いてくる店長は、面白そうな物でも見つけた子供のような期待に溢れた目をしていて、もしかして聞かれたんじゃないかと顔を逸らしてしまう。
「なんか青春の匂いがしたんだけど、気のせいかな?」
「て、店長さんもしかして聞こえてました…?」
「ううん、全然!また撫でてくれないかな、なんて聞こえてないよ!」
「全部聞こえてるじゃないですか!」
は、恥ずかしい…
私は聞かれていた事実を知り、恥ずかしさのあまり手で顔を覆うがこたつの熱ではない暖かさが手に伝わってくる。
「もしかして、私のいない間に何かあったの…?」
「そ、それは…」
頭を撫でてもらって、つい好きですなんて言ってしまった事伝えられるわけがない。
店長さんは私がなかなか言い出さないのを見てか、こんなことを言ってくる。
「直樹君に聞いてこようか」
「それだけは、やめてください…」
「あはは、冗談冗談。まぁそれはおいおい聞くとして」
聞かれるんだ…
「食材買ってきたから今からお昼にしよ」
「あ、はい。店長さんが作るんですか?」
「ううん、直樹君。あたし料理できないから」
店長さんの言葉を聞いた私は、直樹さん大変だなと思わざるを得ないのだった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回:第5話 分担すれば、なんとか…
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現在連載中
『傷心中に公園で幼馴染の妹を段ボールから拾ったら、めちゃくちゃ世話してくれるようになった』
https://kakuyomu.jp/works/16817330662341789174
甘々作品なので気になれば是非読んでいただければ幸いです!
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