第3話 お仕事とは…
「此処で働かせて下さい」
それを聞いた店長は、少し笑みを浮かべると「よし!」と気合の入る声を上げて立ち上がる。
「これで人手不足は解消されたかな」
「え、アルバイト募集してたんですか」
僕は店長の言葉を聞いて、大切な話をしているにも関わらず聞いてしまう。
此処に来てから二年間、一度もアルバイトを募集しているなんて言っていなかったから少し驚いてしまった。
「あー、さっきから?」
「適当に言ってるだけじゃないですか」
「あはは、でも人が増える事に関しては嬉しいからね。あたしがサボれ――従業員の労働時間短縮が見込めるからね」
店長は誤魔化すように、早口になっている。
この人今サボれるって言いそうにならなかったか?普段からコーヒー淹れるくらいでほとんど仕事していないのに、どれだけなんだ。
僕は店長に分かりやすくため息をついて少し呆れたように口を開く。
「はぁ、いつも店長ゴールデンタイム以外暇そうですよね」
「うっ…し、仕事してこようかなぁー。確かコーヒー豆切らしてたんだよねー」
「ちょちょ、どこ行こうとしてるんですか」
店長は精神的にダメージ受けたのかこれから入るであろう新人の前なのに逃亡を図ろうとして、僕は咄嗟に立ち上がりエプロンを掴む。
「な、直樹君が言ったんだよ暇そうって。だからあたしは今から労働してきます!」
「いや、今じゃなくていいでしょ!まだ、話は終わっていないんですから」
「そんな事ないよ、なんでもするよね愛美ちゃん!」
「え?あ、は、はい!」
店長から急に話を振られたからか、身体をビクッと震わせるとたどたどしくも少し元気のある返事をしてしまう。
やる気があるのは良いが、今は嘘でもいいから否定して欲しかった。だって、
「愛美ちゃんも大丈夫そうだし、あたし行ってくるね!あとは任せたよ直樹君」
店長はそう言うとエプロンをスルスルっと器用に脱ぎ、駆け足で店の奥へと行ってしまう。
「逃げたな…」
面倒くさい事は大抵誰かに押し付ける店長の悪い癖だが、今回は本当に辞めて欲しかった。
取り敢えず僕は、居なくなった店長の代わりに声を掛ける。
「えっと、よろしくね愛美さん」
「あ、はい…よろしく、お願いします…」
愛美さんは小さな返事をし、先程のやる気ある返事はどこに行ってしまったんだろうかと思ってしまう。
薄々感じていたが、この子人見知りって奴なのでは…。店員の僕でこの調子だと実際にお客さんを対応するなんて出来るのだろうか。
座ったままの愛美さんは僕と目が合うと、慌てたように目を逸らしてしまう。
この子、大丈夫だろうか…
*****
「そ、その…私は、何をすればいいですか?」
「そうだなぁ、特にないかな」
「え、もう私要らない子ですか…」
「い、いやそうじゃなくて!」
店長が居なくなってから、仮として僕の予備エプロンを着せカウンターの隣に二人で立って店内を眺めているとなぜか凄い勘違いをされ困っていた。
「大体今の時間帯はお客様が少ないから、いつもやる事が無いんだよ。掃除だって朝一で済ませるし、モーニングのメニューも注文が入ってから作っても問題ないから」
「そ、そうだったんですね。良かったです」
そう言うと安心したのか、少し強張っていた表情が緩み始める。
愛美さんは少し話すと、初めて接する時に比べて多少は会話が出来るようだ。単に初対面が苦手なのかもしれない。
だが、初対面が苦手なら接客は向いていないのではと思ってしまう。
そんな子に教えるなんて僕に出来るのか不安になってくる。
なかなか骨が折れそうな役目で少しため息が出そうになり、店長が帰ってきたら文句の一つでも言ってやろうじゃないか。
そんな事を考えていると、お店の駐車スペースに一台の車が入ってくるのが見えた。まだ何も教えていないが、一度見て流れを覚えて貰ってからでも遅くは無いだろう。
「愛美さん、一度やってみるから少し後ろで見てて」
「は、はい」
声は小さいがきちんと返事が返ってくる。いずれ、声の小ささを言わなきゃいけないだろうけど、それはおいおいでいいかな。
取り敢えず今は先輩として、きちんと仕事しようと入口の方へと向かう。
が、数歩歩き言い忘れていた事を思い出し後ろを振り返る。
「忘れてた、愛美さんこれだけは覚えてて欲しいんだけど」
「はい?」
「お客様が入店してきたら『いらっしゃいませ』は絶対に言ってね」
「わ、分かりました」
愛美さんは少し緊張しているのかソワソワと手を撫でたり、指を絡ませたりしている。
返事を聞いた僕は入店を合図する鈴の音がなる前に入り口へと向かう。
数歩歩くと、愛美さんが付いてきているからか足音が聞こえる。
ふぅ、誰かに教えるという立場は初めてで多少緊張するがいつも通りやれば問題ないだろう。
そう思い、入店の合図を待つ。
チリンチリンッという鈴の音と共に扉が開き、お客様が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
「い、いらっしゃいませ」
僕がそうお客様に呼びかけると、後ろから小さくではあったが追いかけるように聞こえてきた。
その声が耳に入ると少しだけ、緊張が解けたような気がする。案外僕が想像しているよりもこの役目は難しくないのかもしれないな。
それからは滞りなく接客を済ませ、注文のコーヒーを淹れていた。
「お義兄さんコーヒー淹れられるんですね、かっこいいです」
「まぁ、二年も働いてたら安いコーヒーは淹れられるようになるよ。でも、店長の淹れる物には敵わないんだよね」
「そんなに凄いんですか?」
「うん、常連さんが口を揃えて飲みたいって言う程には」
「へ、へぇ。凄い人なんですね店長さん意外です」
意外って、この子の中での店長はどんな印象なのだろうか。いや、言わなくても尊敬されていない事だけは分かるから言葉にするのは野暮って奴だ。
まぁ、初対面であんな痴態を晒すような人だ、尊敬される訳がないよな。
ふとお湯を入れ終えたタイミングで時間を確認する為に、店内の少し高い場所に掛かった時計を見るとかれこれ三十分ほど経っていた。
「あの、気になっていたんですけど、店長さんどこまで行ったんですか?」
「どこまでだろうね…あの人帰ってこない時あるから」
「え、それって大丈夫なんですか」
「うーん、正直言って全然大丈夫じゃないね。前めちゃくちゃ忙しい時に帰ってこなくて苦労したのを覚えてるよ」
僕が実際にあった事を愛美さんに言うと、そんなの信じられないと言いたげな若干幻滅したような表情を浮かべる。
「あー、でもその後キツく言ったからそれ一回きりなんけどね」
「…当たり前なのでは?」
ごもっともです…。
常識的に考えて、アルバイト一人残して何処か行くという発想になる時点で普通じゃないのは明白だ。
それにその頃は入って間もなかったから凄く慌てたんだよな。
「はぁ、あの日の苦労を思い出すとため息が出て来るよ…」
「店長さんって仕事されてるんですよね?」
「多分」
「いつも何されているんです?」
「ケーキ食べてるかな」
「お仕事とは…」
店長の奇行というか怠け具合を聞いてか、訝しげな表情をする。もしかしたら店長の下に就くのを、嫌に思っているかもな。
「まぁ、店長は怠け者で結構仕事押し付けてくるけど悪い人じゃないよ」
僕はコーヒーをカップに移しながら続ける。
「僕を拾ってくれたみたいに、愛美さんを簡単に受け入れられるような優しい人だから、多少のことは許せてしまうかな」
自分にとってここはもう第二の家と言ってもいい。仕事はきつい事もあるけど、とても居心地が良くて、ずっと居たくなるようなそんな場所だ。
愛美さんにもそう思って貰えたらいいな。
「ただいまー」
そんな店長の話をしていると、ご本人が帰宅したようだ。きちんと仕事してくれていればいいが…
「ケーキ買ってきた!」
「ですよね…」
「なになに、直樹くんはお菓子の方が良かった感じ?」
「いや、そう言う事を言いたいんじゃなくて…」
店長はこの後何を言われるか察したのか、少し呆れた表情をする僕の前に手を置くと愛美さんの方へと視線を向ける。
すると持っていた鞄から何かを取り出し始めた。
「はい、愛美ちゃん。仕事で使うエプロン、あたしのお古だけど使って」
「あ、ありがとうございます」
エプロンを受け取った愛美さんは感謝を述べると少し笑みを零していた。
なんだ、ちゃんと仕事してるじゃないか。これなら文句の一つでも言ってやろうと思っていたが、無しでもいいかもな。
「あ、コーヒー豆買うの忘れた」
いや、一つくらい言ってもいいんじゃないかと思い始めるのだった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回:第4話 が、頑張ります!
応援、☆☆☆レビューよろしくお願いします!励みになります。
現在連載中
『傷心中に公園で幼馴染の妹を段ボールから拾ったら、めちゃくちゃ世話してくれるようになった』
https://kakuyomu.jp/works/16817330662341789174
甘々作品なので気になれば是非読んでいただければ幸いです!
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