第2話 じ、自己紹介ですよね

「お、お久しぶりです。お義兄さん」


 そう言った少女は僕と目が合うと、すぐに逸らしてしまう。


 気まずいんだろう、二年前に一度顔を合わせて消息を絶ったのだから初対面にも等しい。


 あの時はもうその後の事など考えていなかったから、軽く挨拶を済ませて出ていってしまった。


 だから、この子の名前も覚えていないし年だって知らない。身長は百六十五cmの僕よりも低いから年下だとは思うけど…


 まぁそんな事はどうでもいい、この子がどうしてここに来たのかの方が大切だ。大体察しはつくが、僕と同じように逃げて来たという感じでもなさそうだし。


 目の前で、左腕に手を当てて落ち着きなく摩ったり掴んだりしている少女を横目に駐車スペースに視線を向けると、新しい車でも買ったのか義母が駐車場から出ようとしている所だった。


 こういう時どういう行動を取ればいいのかが分からない。勝手に出て行った事を謝ればいいのか、酷い扱いをされた事に対して怒ればいいのか。


「あ、あの…」


 そんな事を考えていると小さな声が聞こえてくる。そう言えばこっちの対処もまだだった。


「ごめん、何かな?」


 僕は、多分お客様ではないと思いそう聞いてみる事にしたのだが…


「えっと、その…」

「うん」


「あー、その…ですね」

「…うん」


 もじもじ自分の服を摘んだり、引っ張ったりするだけで三分程経ったが一向に話が始まらない。


 僕もせっかちな性格ではないが、流石にここまで話が始まらないのは予想外だ。正直、こういうウジウジしていて人の時間を無駄にしそうな人間は好きではない。


 店長と代われるのなら今すぐにでも代わりたい気分だ。


 そんな事を考えてながら店内を見渡すと店長がコーヒーを淹れながらこちらに何かしらの視線を向けてきていた。以前クレームの対応をした時も同じ視線を向けて来ていた気がする、もしかして今もそう思われているのかもしれない。


 もしそう思うなら、助けに来てくれよ…


「その…」


 声が聞こえ視線を戻すが、話は始まらない。このまま入り口を占拠していては他のお客様の迷惑になるかもしれない。


「えっと、立ち話もあれだからどこか席に移動しない?ここだと他のお客様に迷惑になりそうだし」

「そ、そうですね」


 僕がそういうと、その子は店の中を見てこちらに向けられている視線に気付いたのか少し慌てたように、顔を伏せた。


「それじゃあ、あそこの角のテーブル席で」

「は、はい…」


 手を使い、他のお客様とは少し離れた席を指すと顔を伏せたままコクッと首を動かし指定した席へと歩き始めた。


「っと今のうちに」


 僕は入り口から踵を返し、指定した席とは別の方向へと歩き始める。どこに向かっているかというと、


「直樹くんあの子誰」

「すみません店長、休憩貰いますね」


「ねぇ、どういう関係なの」

「なんですかその束縛激しい彼女みたいな発言」


「だって気になるじゃーん」


 店長は丁度コーヒーが淹れ終わって暇になったのか、僕のエプロンの端を掴んでくる。


 コーヒーを淹れ終わったのなら、お客様に今すぐ持って行って欲しいのだけど。でも、あの子の事は自分一人に負える問題でもないかもしれない。


「店長、コーヒー持って行ったらこちらに来て貰えませんか?少し大切な話かもしれないので」

「?まぁうん。暇だからいいよ!」


 店長は軽くグッドサインを作るとすぐさまコーヒーを持って行ってくれた。


 暇なのはサボってるからでは?と一瞬脳裏を過ぎったが今は置いておこう。それより今はあの子だ。


 僕は店長が、コーヒーを持って行った姿をチラッと見てから店内をキョロキョロと忙しなく周りを見ている少女の元へと向かう。


「ごめん、お待たせ」

「い、いえ」


「単刀直入なんだけど、ここに来た経緯というか理由、教えてくれないかな」

「理由…ですか」


 僕は店長が来る前に一番気になっていた事を聞く事に。そもそも義母がこの場所を知っているとは思いもしなかった。でも、少女の荷物を見るに旅行にでも行ってくるのだろう。


 僕の時も数日家を空ける事があり、お金を置いて何日かして楽しかったと帰ってきた。


 こっちの気も知らないで、一人楽しでいる姿を見るのはとても不快な気持ちになったのを覚えている。


 自分の金ではなくお父さんのお金で、好きに遊んで親の責務を果たそうともしない、はっきり言って毒親だ。


 あの頃の僕は中学生で、生活力もなければお金を稼ぐ方法も知らなかった。


 目の前の少女を見ていると、非力だった数年前の自分を見ているようで少し胸が痛む。


「私…」


 座って少しは落ち着いたのか、おどおどした様子は和らぎゆっくりを口を開き始める。


「捨てられたんです」

「…え」

 

 そういう少女はさっきと同じように服を強く掴むと、少し目に涙を浮かべて続きを話し始めた。


「もういらないんです、私。元々お父さんと仲が悪くて、お荷物だった私を引き取ってくれる人を探していたらしいんです。お父さん、有名企業の社長さんでいつも家に帰ってくるのは夜遅くて、でもお金だけは一杯あって」


 それで義母さんと…


「最初はお義母さん優しくて、いつも私の味方をしてくれてたんですが…」


「「変わってしまった」」


 どうやらこの少女も僕と同じらしく、言葉が重なってしまう。


 少し驚いた表情を浮かべた少女を見ていると後ろから声が聞こえてくる。


「ほうほう、事情はなんとなく分かったよ」


 視線を声の聞こえた方へと向けると僕の背後の席で盗み聞きしていたのか、軽く木の椅子が軋む音と共にゆっくりと立ち上がり、こちらにやって来た。


 そんな聞き方をするなら話に入って来て欲しかったが、聞き手に回っていたからあまり変わらなかったかもしれない。


「それで、君は…って名前聞いてなかったね。教えてもらえる?」

「は、はい…。じ、自己紹介ですよね。えっとその…」


 少女はそう言うと顔を少し下に向ける。何かこの感じ既視感を感じる…


 と思ってたが、先程よりも落ち着いていたのか暫くえっとえっとと言ってゆっくりと話し始めてくれた。


「えっと、名前は愛美って言います。十四歳、中学二年生です」


 中学二年生、そう聞いた瞬間いつの間にか隣に座っていた店長と目があってしまう。


 僕が逃げたのが高校に上がった当初だったから、それよりも一年早い。


 あまり、こういう言葉を使いたくはないが、控えめに言って。


「クソね」


 僕の思った事を隣に座る店長が、少し不機嫌な顔浮かべて発言し、大きなため息をつくと優しい顔へと戻った。


 こう言うところは大人なんだよな。


「それで愛美ちゃんはこれからどうしたい?」

「これからですか」


「うん、もし此処に居たいなら少しお仕事手伝って貰うかもだけど…どうかな」

「わ、私に出来るでしょうか」


 自信なく言う少女に背中を押せれば、そう思いこう言った。


「初めては皆んな失敗するよ、でも諦めなければきっと出来るようになるよ」

「おっ、直樹君も大人になったね」


「なんですかその言い方、褒められてるのに全然嬉しくないんですけど」

「あはは、ごめんごめん。直樹君も成長したなって思ってさー」


 店長さんは何処か優しいお姉さんの様な気もするけど、たまに大人の顔をする。


 そんな会話を見ていたからか、決心が付いたからは分からないが、さっきまで不安そうに掴んでいだ服を離し僕達に向かってこう言うのだった。


「此処で働かせて下さい」


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ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第3話 お仕事とは…


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現在連載中

『傷心中に公園で幼馴染の妹を段ボールから拾ったら、めちゃくちゃ世話してくれるようになった』

https://kakuyomu.jp/works/16817330662341789174


甘々作品なので気になれば是非読んでいただければ幸いです!

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