毒親から逃げた俺と捨てられた義妹は一つ屋根の下で大人になる。

白メイ

二年ぶりの再会

第1話 お、お久しぶりです

愛美まなみ、荷造り終わった?」

「う、うん」


「そ、じゃあ行くわよ」


 そう言ってお義母さんは私を見ずに玄関へと向かってしまう。もう顔すら見たくないのか重い扉の閉まる音が私だけになってしまったこの家に響き渡る。


 早く行かないとまた何か言われてしまう、そう思い前日から服や学校で使う筆記用具、教科書を入れた昔一度だけ旅行に使用したキャリーケースを手に持ち玄関へと向かう。


 少し擦れたスニーカーを履き、後ろを振り返って、


「行ってきます」


 もう二度と帰って来る事はないかもだけど、最後に小さく声に出し重い扉に手を掛けた。


 ガチャッと二年何度も開けた玄関を抜けると、頬を撫で服の隙間から入ってくる冷気で今が十二月なのだと改めて思い知らされる。


 はぁと口から出た息が白く、ポケットから鍵を持って出した手は指先が赤く染まり軽く痺れる感覚が。


 私は玄関のカギを閉めて、最近買ったらしい二人乗りの外車へガラガラと音を立てて歩みを進める。


 お義母さんは私が近付いてくるのを見ると、運転席から降りてこちらに手を差し出すとこう言って来た。


「カギ渡しなさい」

「うん」


 私は言われた通りに鍵を差し出された手に乗せると、何も言わずに運転席へと行ってまう。

 

 これがお義母さんとの最後の会話。トランクに荷物を入れて、助手席に座ると何も言わずに発進してしまう。


 これから二年前に一度だけ会った義兄の元へと連れて行かれる。 


 車に揺られながら、窓の外を見ると高速で景色が変わっていく。海が見えたと思ったら橋を渡って、山が見えてくる。


 連れて行かれるところがどんな所なのかは知らない。分かっているのは義兄が働いているお店という事くらいだ。


 迷惑にならなきゃ良いけど…


 人見知りで優柔不断な私はいつも誰かに迷惑を掛けてきた。だからまた失敗して捨てられる、多分お義兄さんも…


 もし、お義兄さんもダメだったら。



 *****



「店長、今日のケーキ美味しそうですね」

「おっ直樹なおきくんは分かるか。これは今朝買って来た数個限定のあまおう苺をふんだんに使用したショートケーキなんだよ、どう一口食べる?」


「食べないですよ、まだ仕事中なんですから。それより店長サボってないで注文のコーヒー淹れてくださいよ。一番人気は店長しか淹れられないんですから」

「あーそうだったね、じゃあついでにあたしが持って行くから直樹くんは休憩してて?まだお客さんも少ないんだからさ」


 店内を見回すと、テーブルもカウンターもゴールデンタイムではない為、常連さんが数人ゆっくりと朝のティータイムを楽しんでいるくらい。


「それもそうですね。でもまだ休憩時間には早いのでもう少し頑張りますよ」

「もう、ほんと真面目なんだから。ちょっとくらい気を抜かないと楽しい高校生活を無駄にしちゃうよー甘酸っぱい恋とかさ」


「はは、もうちょっと余裕があればいいんですけどね。僕に恋愛なんてしてる暇ないですよ、今は少しでもお金を稼いできちんとした大人になりたいんですから」

「ふーん、そんなお堅い人間は成功しないよー?」


 そう言った店長はコーヒーを淹れずに手に持ったフォークでケーキに切れ目を入れ始める。


 そんな店長に僕は最近思っていた事を言ってやろうと口を開く。


「毎日朝から甘い飲み物やら、ケーキを食べて仕事サボってる店長には言われたくないですよ。あと、最近少し丸くなってきてますしね」

「ん!気にしてるのに!女性にそういうデリカシー無い事を言うのは良くないとお姉さん思うな!」


「誰がお姉さんですか、僕からしたらおばさんですよ」

「むー、まだ二十九だし三十路じゃないから、そうまだ若いんだから…でも体重は気にした方が良いよね…」


 店長は僕の言葉が効いたのか、最後の方が若干小さくなりショートケーキを冷蔵庫の中に仕舞ってコーヒーを淹れ始める。ちょっと言い過ぎたかな、あとで謝っておこう。


 そんな髪を明るいオレンジ色に染めた店長(早川はやかわ 千鶴ちづるさん)と二人で営んでいる此処は山の麓辺りにあり登山客や近くに住んでいる常連さんのちょっとした休憩所になっているカフェ『ちづるかわ』。


 お店で流れている音楽や少し大きな窓から見える湖の景色も相まって、アルバイトをしていなかったとしても何度も訪れたくなる雰囲気を漂わせている。


 木造で山に近く、自然の匂いとコーヒーの香りにも大分に慣れてきた。


「それにしてももう二年になるんですね」

「んー?ふふ、そうだね。直樹君を拾ったあの日が懐かしいよ」


「やめてくださいよ、僕を捨て犬みたいに」

「あはは、ごめんごめん。でも本当に良かったよあの日声を掛けられて」


 店長は暗くならないようにそう笑う。今話しているあの日とは今から二年程前のある雨の日。


 僕(華山はなやま 直樹なおき)はお父さんの事が大好きだった。旅行好きなお父さんと色んな場所に行っては一緒に遊んで沢山の物を体験させてくれる優しい自慢のお父さん。


 そんなお父さんが再婚してお義母さんと住むようになって、はじめは楽しい生活を送れる、そう思っていたのに。


 お父さんが事故で亡くなってしまうなんて…


 唐突だった、「明日は家族三人で旅行だ」そう言っていたお父さんは居眠り運転のトラックに追突され帰らぬ人に。


 それからお義母さんと二人暮らし、そうなるはずがお父さんの多額の遺産を手にしたお義母さんは人が変わってしまった様に仕事は辞めて夜遅くに帰って来てはお酒に浸る毎日。


 暴力を振るわれる事も…幸せな日々が遠のいていき、ただ苦痛に耐えるだけになった頃、急にこんな事を言われてしまった。


『再婚するから』


 もう、限界だったんだと思う。


 再婚相手との挨拶を終えた僕は雨にも関わらず、傘もささず所持金が尽きるまで遠い場所へと向かった。


 この辛い現実から解放されるなら、そんな思いで冬の湖に足を踏み入れようとした所で後ろから声を掛けられてしまい今に至るという訳だ。


  それからは、新しい体験の毎日。始めは雑用や接客で苦労した事もあったけど、今の生活で苦痛を感じる事はない。


 命を救われた恩を返す為にもこのカフェで住み込みアルバイトをして、いい大学に行って金銭的にも返せれば、そんな思いで二年が経った高校二年最後の冬休み。


 仕事にも慣れ、店長に軽口を叩けるくらいに気を許せる仲になれたと思う。


 こんな日々が続けば、そんな事を考えながら休憩時間までの残り僅かな時間を待つ。


 ふと、窓の外を一見すると一台の車がちづるかわの駐車場スペースに入ってくるのが見えた。


 このお客さんの接客をしたら、あとは店長に任せて休憩しよう。


 そう思い、チリンチリンッという入店の合図を知らせる鈴の音が鳴る前に入口の方へと歩みを進める。


「いらっしゃいませ。何名様——君は…」

「お、お久しぶりです。お義兄さん」


 そこには黄色いキャリーケースを右側に置き、おどおどと小さく一礼をする一人の少女が入店して来た。


 肩にギリギリ掛からないくらいの黒髪は手入れがあまりされていないのか何本か外はねしている。瞳の色は蒼く左目の下にあるほくろが特徴的な少女。


 顔を上げた少女の表情は何かを諦めた様な冷たいもので、その時僕はどうして此処に来たのかを一瞬で悟るのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただきありがとうございます! 


次回:第2話 じ、自己紹介ですよね


応援、☆☆☆レビューよろしくお願いします!励みになります。



現在連載中

『傷心中に公園で幼馴染の妹を段ボールから拾ったら、めちゃくちゃ世話してくれるようになった』

https://kakuyomu.jp/works/16817330662341789174


甘々作品なので気になれば是非読んでいただければ幸いです!

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