コズミックベースボールと宇都宮餃子

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コズミックベースボールと宇都宮餃子

 上河内サービスエリアの飲食スペースにて、私と二人の子どもはちょっと遅めの昼食を取ることにしました。ほんの三十分程度、車を走らせれば目的地である那須高原に着くというのに、下の子ときたら「お腹がすいたお腹がすいた」と騒ぎ立ててうるさくて。もう来月から小学四年生になるというんですからもう少し分別がついてくれるとありがたい限りです。

 それはそれとして。中学一年生になる上の子も口にはしませんがかなり空腹の様子でしたので、まぁいいか、と上河内SAの決して大きくはないフードコートのテーブル席を確保しました。子どもたちは本当にどこでも食べられそうな普通の醤油ラーメンを嬉しそうにねだりましたが、私はせっかくなので宇都宮餃子の肉・野菜餃子食べ比べセットを注文しました。

 品を待っているあいだ、子どもたちが二人してやけに熱心な様子で同じ方向を見つめているな、と思ったら、スペースの角に備え付けられたテレビがコズミックベースボールの中継を映していました。地球VSイダルゴ星の準決勝戦が行われているようです。ちょうど攻守が入れ替わって八回裏、地球チームが攻撃側でした。点差は3対5と予断を許さない状況で、なるほど周りを見れば子どもたち以外にも食事そっちのけで試合に見入っている人ばかりでした。

 それも当然でしょう。負けた星は勝った星の属国となるのですから。コズミックベースボールとはつまり星間代理戦争なのです。まぁべつに負けたからと言って、生活に大きな支障をきたすとか、奴隷として宇宙じゅうに売り飛ばされるとか、そういう物騒なことは起きませんがね。せいぜい領事裁判権と関税自主権を押し付けられて、ちょっと経済が苦しくなる程度です。ただ、イダルゴは最近地球人のあいだで観光ブームが起きているホットな星ですから、地球が勝利して為替レートが有利になってくれることを期待しているのでしょう。


──208番で宇都宮餃子セット定食と醤油ラーメン二杯をお待ちのお客様。出来上がりましたのでカウンターまでお越しください


 自動音声のいやに暖かな声が私たちを呼びました。私は子どもたちの肩を叩いて取りに行くよう促しましたが、よほど試合が気になるようで一向に動く気配がありません。そのとき六番打者のヒルブックが不運にもデッドボールを受け、亜空間に呑みこまれました。フードコートのいたるところからブーイングが起き、子どもたちも親指を下へ向けていました。仕方がないので、私はテーブルとカウンターを二往復して料理を運びます。

 餃子を持ってテーブルに戻ると、子どもたちはすでにラーメンをすすっていました。もやっとしましたが、この程度で怒っていては血圧に悪いので我慢します。ベースボールのほうはユエンテェンの犠牲バントによってワンアウト二・三塁ととても良い状況でした。塵になったユエンテェンも報われるでしょう。

 ともあれ、私の前にはお待ちかねの餃子があります。割り箸をぱきっと割り、いただきますとつぶやき、いの一番に餃子をつかみ、醬油をつけ、口のなかに放りこみました。


──おいしい


 野菜餃子だったようで、噛めばシャキシャキと歯ごたえの良い食感が返ってきます。皮は薄めですがしっかりと弾力があり、口のなかいっぱいにごま油のやさしい風味が広がります。たまらず白飯をかきこみました。相性は言うまでもなく、最高です。ゆっくりと味わいながら咀嚼し、飲みこむと、思わずほうっとため息がもれました。

 さぁ、いざ肉餃子へ、と箸をわきわきさせながら次の餃子をつかもうとしたところで、おおっ、というどよめきが広がります。九番打者のモンタリビュエが打ち上げたボールが犠牲フライとなり、三塁からヒルブックの代走ジョンユがホームに帰ろうとしているところでした。そのまま走り抜けて一点を返し、4対5とします。わぁぁああああ! と歓声が広がりますが、私はそこまで興味がないのでもう少し静かに観戦してほしい、というのが正直なところです。

 だいたい、この場にいる人のうち普段からコズミックベースボールに親しみを持っている割合はどれくらいなんでしょうか。とくに馴染みはないけれど、たまたまテレビでやっていたから応援している、程度の人が大半だと思います。うちの子どもたちだって小学校ではそれぞれVR卓球とマルチバースフットサルのクラブに入っているので、コズミックベースボールはやったこともありません。


──縁のないスポーツを応援してなんの意味がある……


 それよりも目の前にはこんなにもおいしい餃子があるのですから、そちらに集中したほうが何倍もプラスに決まっています。私はすこし得意な気分に浸りながら肉餃子を食べようと……、すると、肉餃子のひとつが皿の上でうごめいていました。よく観察すると、餃子からコスモエナジーで造られた触手が生えています。両端から二本ずつ、計四本の触手は餃子を器用に支え、自立させます。しばらくぽかんと見ていると、同じ皿のなかに並んだほかの餃子たちを踏みつけながら、のんきに散策を始めてしまいました。周りからは、あぁ……、という落胆の声がぽつぽつと上がり、二番打者クンドゥンの見逃し三振によって八回裏が終わったことがわかりました。続いてイダルゴ星の攻撃が始まります。


──こいつは巷で噂の宮餃子じゃないか……


 間違いないでしょう。今朝わが家を発つ前にもEHKのニュースで取り上げられていました。餃子に擬態する宇宙人エイリアンで、生存の主目的は「食べられること」。捕食されることで他生命体の体内に侵入し、なんやかんやして個体数を増やす種族だそうです。奇主にまったく害はないらしいので、細かい内容までは覚えていません。ただ、これだけは鮮明に記憶しています。

──宇宙宮餃子は非常に美味である

 そう、おいしいらしいんです。普通のお店で食べようと思ったら捕獲・冷凍された個体でも一匹当たり3000円はかかってしまいます。それくらい価値のある食品ということでしょう。ですが私の目の前にいる個体は宇都宮餃子にたまたま混入した天然モノで、しかも焼き立てです。おそらく市場価値は6500円ほど……。九回表、最初にバッターボックスに立ったのはイダルゴの623番打者ポッ(イダルゴ語は地球人の声帯では発音が難しすぎるため、このように簡略化されます)。二球目をとらえて打ち上げましたが辛くも伸びず、ボールはすんなり外野手のグローブに吸い込まれました。ワンアウト、よぉし、と歓喜の声がちらほら聞こえます。 


──食べたい、なんとしても食べてみたい……


 私は箸をそっと宇宙宮餃子に近づけますが直前で気づかれ、餃子は慌てふためいた様子でご飯茶碗の後ろに隠れてしまいました。一筋縄ではいかないようです。まぁいくら「食べられること」で繁殖するからといって、個体レベルでは捕食されることへの忌避感のほうが勝るのでしょう。私は作戦を変更し、興味のないフリをすることにしました。だしの効いた優しい味わいの味噌汁をすすり、普通の肉餃子をひとつ食べます。


──やっぱりおいしい


 野菜餃子よりも弾力があり、噛めば噛むほどうまみあふれる肉汁が染み出てきます。ニラとにんにくのほのかな香りがアクセントとなり、肉の油をくどくなりすぎない絶妙なバランスに調整してくれています。あぁ、白飯が愛おしい。あまりのおいしさに、私はしばしコズミックベースボールも宇宙宮餃子もすっかり忘れて、餃子とご飯の世界のとりこになりました。



いざ行かん 我が餃子魂 


アツアツ餃子に醤油を少し ラー油はお好みで


あぁ餃子 あぁ餃子 我が生涯


薄皮が一番 だって舌触りがいいんだもの


小麦 ひき肉 キャベツさん(白菜でもいいよ!) ニラとにんにく適量ね


お口のなかで 優雅にダンス


あぁ餃子 あぁ餃子 我が生涯



「ショウタニさーん! 頑張ってー!」というかけ声がスペースじゅうに響き渡ったことで、私の意識はハッと現実世界へと戻ってきました。どうやらイダルゴの攻撃は終わり、地球の逆転勝利をかけた九回裏が始まるようです。この大一番で満を持して登場するのが三番打者ショウタニオオヘイとは、これはさすがの私でも興味をそそられます。その第一球でした。背番号65番、投手たかしくん(イダルゴ語は地球人の声帯では発音が難しすぎるため、このように簡略化されます)が放ったチェンジアップを見事にとらえ、無人の右中間へとボールを運びました。そのあいだに二塁へと走ります。

 わぁぁああああああ! テレビからもフードコートからも轟くような歓声が上がります。「ショウタニさーん!」とマダムが黄色い声援を送りながら、テレビに手を振っているのが見えました。そういえば……、と宇宙宮餃子を探すと、私が餃子をほとんど食べたことで空いた平皿で悠々とくつろいでいます。ひとまず逃げたり誰かに食べられたりしていないようで安心しました。


──今ならいける


 直感的にそう思った私は箸をすばやく動かして餃子を捕まえようと試みますが、聡い餃子は私の考えなどお見通しのようで、ひらりとかわされてしまいました。あおるように触手をひらひらと揺らす餃子に、私は歯噛みするしかありません。さすが宇宙宮餃子、一筋縄ではいかないようです。とはいえ、餃子の体温がどんどん下がってそのおいしさがおそろしい速度で失われていることも事実。冷めてしまった餃子ほど悲しいものはありませんから、さっさとケリをつけなければなりません。


──さてどうしよう……


 なにか良い案はないかと頭をめぐらせていると、四番打者キッチマジャルがフォアボールにより、代走ヴァクロクボストフが一塁に進みました。これでノーアウト一塁二塁、地球チームにとってまたとない逆転のチャンスです。観客は期待に胸を躍らせ、色めき立ちます。下の子なんてとっくのとうにラーメンを食べ終えて、腕を組みながら「いける、いけるよ」と私よりもよっぽどおじさんと化していました。バッターボックスに立ったのは五番打者ランスビーオプ、地球ではミスタ・ランスビーグーの愛称で呼ばれる名バッターです。第一球、たかしくんのストレートをバットに当てますがファウル、第二球は見送ってボール、そして次の第三球でした。第一球よりも少し高めに入ったストレートを的確にとらえ、センターに打ち上げました。そのあいだにショウタニとヴァクロクボストフが全力疾走でホームを目指します。うおぉぉおおおお! という歓声でフードコートが揺れているような錯覚を覚えました。宇宙宮餃子も先ほどまでとは比べものにならないほど大きな音に驚いたのか、私から注意を逸らして周囲を見回しています。


──きた!


 その瞬間を私は逃しませんでした。再び光の速さで箸を動かし、今度こそ餃子をつかみました。ホームへはまずショウタニが帰ってきました。これで同点。


──あっ


 完全に失念していましたが、焼き立て餃子はその身を油でコーティングされ、非常に滑りやすくなっています。勢いよくつかみ過ぎたからでしょうか。確実につかんだと思った宇宙宮餃子が箸からすっぽ抜け、自由落下を始めました。その様子がやけにスローに見えて、落下予測地点にはフローリングの床以外なにもないことがよくわかりました。続いてヴァクロクボストフもスライディングでホームイン、6対5。


『逆転サヨナラーーーーー‼ 6対5ーーーーーー‼』


 わぁあああああああああああああああああああああああああああああああ‼


 べちゃ。


──あっ


 割れんばかりの拍手と歓声のなか、宇宙宮餃子は絶命しました。食べやすさを追求した薄皮がむしろ仇となり、あっけなく破けてしまったのです。上の子が珍しく興奮した様子で「すごいもの見ちゃったね!」と私のそでを引っ張りますが、私は「あぁ、うん」と曖昧な返事しか返すことができませんでした。


 あぁ、我が餃子、我が生涯………………

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