【6】

「ぴゃー! 何なのよもう、聞いてないんだけど!?」

「お天道様は気まぐれだからな。にしても、さすがに酷すぎだけどな」

 いつもそうだ。山々に囲まれた田舎の天気は、実に気まぐれと言っていいくらいにコロコロと変わってゆく。

 例えば、まさに今がそうだ。さっきまでの青一色の晴天がウソみたいに、空を覆い尽くした曇天から放たれた雨粒の機銃掃射によって、傘など持たず自転車を跨っていた俺達は、一瞬にして全身水浸しに。さっきまで汗ばんでいた制服は大量の雨水を含んで、今では不快に纏わりつく重しと化している。

 雷鳴こそ轟いてはいないものの、情け容赦ない滝のような豪雨がこの世界を叩く音は耳をつんざき、鼓膜を支配するには十分過ぎるほどだ。

「あ~あ、傘があればなぁ」

「どうせイタズラにしか使わないくせに」

「そこまで精神年齢子供じゃないし。でも昔はよくやったよね、雨水溜めたり」

「あれか? 開いた傘を引っくり返すヤツ」

「そうそう。で、何度かやってるうちにさ、傘の骨がダメなっちゃって」

「で、その壊された傘のことごとくが、俺のでさ~……忘れたとは言わせないぞ」

「そうだったっけ? アハハハ」

 笑って誤魔化すな。土砂降りの音に負けじと、下らない話を声を張って交わし合う。腰回りにしがみつく莉との会話のラリーが、今はありがたい。あまりの雨脚の暴威に、内心ビビっていたから。

 上空を一瞥するも、雨雲の切れる気配は見当たらない。突っ切っていく田園地帯は、叩きつけられた雨飛沫のせいか湿気のせいか、うっすらと白いモヤがかかったように見えた。

 息を吸い込む仕草を繰り返す度に、むわっと土臭を孕んだ空気が鼻孔を満たしていく。普段であれば鼻孔をくすぐる夏の匂いに感嘆の情も抱いたはずなのに、今否が応でもこの香りに対しては、ただ鬱陶しさしか感じない。

 ついでに生ぬるい雨粒が口や鼻、目にも入ってきて、雨水を含んで重くなった制服も合わさって、ペダルを漕がそうとする勢いを自然と削いでくる。

「アンタどこに向かってんのよ?」

「記憶が歪んでなけりゃ、この先にあるはずなんだよ」

 ペダルを踏んで、踏んで、また踏みしめて。

 重い自転車のペダルを必死に漕ぎ進めながら、俺はある場所を無意識のうちに目指していた。

 やはり雨宿りといえば、あのお店の軒先に限る。



 あっ。背後に進む莉から漏れるような驚きの音が聞こえたのは、雨にも風にも負けず田園地帯を抜けて、お店や民家などが立ち並ぶ道路をしばらく進んだ時だった。

「なるほどね、学遊堂がくゆうどう。そう来たか」

「良かった、きちんとご健在で」

「そりゃあね。なんたって小学生時代のアタシ達にとってのデパートだもん」

 かつて俺達が通っていた小学校の向かいに軒を構える木造の古民家の手前で、自転車から降りた。ガラスの引き戸の上には『学遊堂』と記された年季の入った黄色い店舗用テントが張られていて、引き戸から出っ張るように張られたテントの下に自転車を止めたところで、ようやく深い一息をついた。

 雨宿りの場所として選んだこの場所――『学遊堂』は、小学生時代の俺や莉にとっての何でも屋的ポジションのお店だった。向かいにある小学校で使う教科書や教材、水着や体操着といった必要なものはもちろんのこと、駄菓子やマンガ雑誌、縄跳びやボールなどの遊び道具に至るまで、小学校生活に必要なものは一通り取り揃えてくれていた。

 だから俺も莉も、小学校時代は必然と足繁く通っていた。学校の向かいゆえに下校途中に直接寄れないのは(先生に見つかるリスクがあるから)ネックではあったけど、家に帰ってランドセルの代わりにお小遣いを握りさえすれば、好きな駄菓子を買ったりマンガ雑誌を友達らと読み回したり、あるいはお店の前で集まった面々でそのまま鬼ごっこやボール遊びをしに近くの公園へと向かったり。とにもかくにも、『学遊堂』は、周囲に公園以外の遊び場所がなかった小学生にとっての、放課後の拠点だったのだ。

「うんうん、相変わらずのラインナップ」

 嬉しそうな声色の呟きを残すと、莉は勝手にガラガラと引き戸を開けて、薄暗くもどこか秘密基地感を醸し出すお店の中へ。

「もう少し乾かすなり、せめて水気落としてから入ろうぜ?」

「だからさ、お店の奥からタオル借りちゃえばいいじゃん?」

「いくら見知ったお店だからってなぁ……ったく」

 とはいえ、手元に拭くものがないのも確かだ。このまま雨でずぶ濡れになった制服を着続けるのも気分が悪い。

「おばあちゃん、タオル貸してー!」

 そのセリフ言うの、当時は俺の役目だったんだけどな。溌剌とした声でお願いする莉の背中に近づくように、俺もお店の中へと入っていく。

 



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Sunday Summer 一ノ瀬悠貴 @loudtable

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