巣立ちの喜び
アリアが元気にしているのを確認して、ぼくはほっとした。
王国で騎士になるにしろ、やっぱりやめるにしろ、王都の寮に入れば、アリアの世界はさらに広がるだろう。
あの子はいつまでもぼくの娘で宝物だけれど、もうぼくがついて回らなくともやっていける。
それが嬉しくもあり、さびしくもあった。
「リルリルルル」
あんなに小さかったのに。
少し悲しい声音に、ディーリアの指が優しく喉を撫でた。
ぼく達はハンターとしてあちこちの街や村、国をまわった。
テポラとコルドラはなるべく立ち寄らないようにした。
どこでもやっていけるほど、ディーリア、いやディアは優秀だった。
そして、小鳥を相棒にしている変わり者として有名になってしまった。
ぼくのせいだ。
ふふ。
申し訳ない。
*
フェニックスになって5年目の冬。
その日ぼくたちは、寒々しい海岸沿いの国の行商人向けの安宿にいた。
冬の冷たい光が窓から差し込んでいた。
ふと目が覚めて、ぼくはディーリアのやわらかい胸の上に乗った。
寝息も立てずに眠るディーリアは美しい彫刻のようにみえた。
ちょんちょんと跳ねてディーリアの顔に近づき、ぼくはくちばしを唇に押し当ててみた。
性的な欲求のないフェニックスなのに、なんだか人肌が、ディーリアの熱さが恋しい。
柔らかい胸に抱き寄せてほしい。
壊れ物みたいにそっと撫でるのではなく、骨が折れそうなほど強く抱きしめあいたい。
人の姿にもどれば、愛しあえるのに。
「ううっ…おもい」
なんの前触れもなくそれは起こった。
ぼくはディーリアの胸を跨いで座り込んでいた。
急な重みにギデオンが苦しげに唸り、目を覚ます。
ぼくはあわてて尻をうかせた。
「……エリー?これは、夢?」
「そうかも」
フフッとぼくは顔を寄せた。
くちばしではなく、唇をあわせる。
夢なら、醒める前に叶えなければ。
ディーリアは目を見開いて両手て私の頬をはさんだ。
「エリーだ」
久しぶりの会話だった。
でも、もう言葉はいらなかった。
*
夏なら白み始める時間でも、冬の朝は遅い。
ぼくたちはぐちゃぐちゃのベッドでそのまま眠り込んでいた。
「ピイ?」
目が覚めるとぼくはまた小鳥に戻っていた。
力が戻って姿を変えられるようになったんじゃないのか?
体感では、今もまだ余力はあるはずだ。
腹いっぱい食べた狼みたいに、満足そうな顔をしてディーリアは眠っている。
せめてもう少し人でいられれば、おはようのキスができたのに。
ぼくの口づけで、幸せそうに微笑むディーリアを見ることができたのに。
「え?」
ぼくはまた人の姿でベッドの側に立っていた。
違うことと言えば全裸なことぐらいだ。
「鳥になったとき、はだかだったから?」
だとしたら戻る前に服をきるようにしないと、大変なことになる。
こんなにコロコロ変身してしまうのも、不安なものだ。
なにか、力が溜まった以外にもきっかけがあるはずだった。
「人になりたいと願ったから?」
いやそれならもっと早く変わっていたはずだ。
毎日のようにそう願っていたんだから。
「ああ!もしかして」
かつて、パン焼き窯からアリアを出すのに手が欲しい、人の姿になれれば鉄の扉を開けてアリアを助けられるのにと思った。
今は、人の姿であればキスしておはようといえるのに、と思った。
「余力だけじゃなく、具体的な目標?が必要なのか」
「エリー?」
寝ぼけた声が私を呼ぶ。
考察はあとだ。
ぼくはベッドの端に腰掛けて、ディーリアと唇をあわせた。
「おはよう、ディーリア。あいしてる」
ディーリアは嬉しそうに目を細めて、ぼくを抱きしめた。
「おはよう、エリー。最高の目覚めだ」
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