祖父のもとへ(アリア視点)

パパとディーリアはコルドラが襲撃されたときに行方不明になったことになった。

連れて行ってもらったテポラの家からは、思い出の地図だけ持ってきた。

長いことよくしてくれたお店の人たちにもお別れをいった。

みんな行方不明の父さんたちを心配しながらも、私が王国の大使の養子になることを喜んでくれた。


なにもかも急に変わってしまったけれど、私は信じていた。

きっとまた会える。

でもパパもディーリアも、もうテポラやコルドラには来ないだろう。


『アリア、いつかおじい様に顔をみせてあげておくれ』

私はおじいさまのところに行かないと。

ブライアンの家族とコルドラで暮らしはじめると、パパが言っていたマナーや礼儀作法の大変さがよくわかった。

ブライアンもミレディアも、ずっと市井で生活していたのに、基礎がちゃんとしていると褒めてくれた。

パパを褒められたようですごく嬉しい。


「アリアはマンデヴィルに行きたがっていたね」

ある日ブライアンが言った。

「はい」

「父からも会いたいと矢の催促だ。春まで待てと言ったら向こうから来かねない」

ブライアンは溜息をついた。


「私は行かせたくないが、秋の職員の交代についていくか?」

「はい!おねがいします!」

「ああ、そんな」


勢いよく頷くと、ミレディアにぎゅうぎゅうと抱きしめられた。

ブライアンもミレディも、エルリックも、大好き。

でも、行かないと。


「ごめんなさい、ミレディア。でも、パパと約束したの」


「いいの。でも、きっと戻ってきてね。アリアはうちの子でもあるんだから」

涙声で、抱きしめる手をはなそうとしないミレディアに困っていると近づいてきたブライアンがミレディアごと抱きしめた。

パパとディーリアにもこんなふうにしてもらったっけ。

幼いころの思い出が浮かんで、私はちょっと泣きそうだった。


この人たちと離れるのは、さびしいことだった



「おはようございます。おじいさま」

ブライアンの養子になったぼくは、今、マンデヴィル領の祖父のもとにいた。


「うむ、おはよう。アリア」

おじいさまは満面の笑みでこたえてくれた。

一時はひどく弱っていたと聞いたけれど、今は活動的すぎて心配する医師様に怒られている。

『やまいは気からと申します。アリア様が来られて、すっかりお元気になられました』

家令も侍女もそう言ってくれる。

そうだったら嬉しい。

父さんも喜んでくれるだろう。

私もおじいさまが大好きだ。

季節はもうすっかり春だった。

来年の春になったら王都の騎士学校へ入る。

女性騎士は少ないけれど、いないわけじゃない。


いろいろ考えて、ちゃんと自分で決めた。

強くなって、大事なひとたちを守りたいから。

おじいさまもブライアンも賛成してくれた。

パパとディーリアにも報告したいなあ。

きっと応援してくれる。

その試験の準備のために、毎日勉強と鍛錬に忙しい。

ディーリアに稽古をしてもらっていたから実技はかなりできているようだ。

子どもに何を教えてるのだと剣の先生が呆れていた。

勉強は、まあ、それなり。

苦手ってわけじゃない。

でもパパもブライアンも、すごく優秀だったらしくて、年配の先生からの期待が重い。

主席とか、無理だよ?


ふたりきりの朝食が終わるころ、家令が手紙をもってきた。

「また、ブライアンが文句を言ってきおったぞ」

おじいさまが嬉しそうに言う。

「叔父上はなんと?」

「入学までに一度アリアをコルドラに返せと」

「あー」


ブライアンたちに会いたくないわけじゃない。

けれど、パパたちがあらわれるかもしれないマンデヴィルをはなれるのは気が進まなかった。

なにより、大使館の職員の交代は春と秋だ。

安全に移動するなら、そこに便乗するのが一番だった。

だけど春の異動にはもう間に合わない。


「いつでも移動できるよう、警護のハンターを紹介するといってきた」

「ハンター?」

「コルドラ出身の女性で、ブライアンとも親しいそうだ」

「……なんというかたですか?」


「それは書いおらん。近いうちに紹介状をもって訪ねてくるということだ」

おじいさまは肩をすくめた。

「老い先短い父親から孫を奪おうとはひどい息子じゃ」

私は期待に胸を躍らせた。




ディアと名乗るソロハンターが屋敷を訪ねてきたのは、それから10日ほどしてからだった。

いかにも腕の立つ長身の美女に屋敷のメイドたちは憧れの目をむけた。

だけどディアには予想外な趣味があった。


「ほらエリー、きれいな花だなー」

「ルルゥ」

「風が強くなってきたから、内ポケットに入ってるといい」

「ぴ」

人目もはばからず、握りこぶしほどの茶色の小鳥に甘い恋人みたいに話しかけている。

小鳥もくちばしでディアの髪をひっぱったり、肩や頭にとまって歌ったり、好意を隠そうともしない。


「ディアさんって、一見クールなのにね……」

「キスしてるのみちゃった」

「うわあ、ちょっと引くかも」


女性陣のまなざしが、すっかり鳥マニアな変態を見る目になったけどディアは気にしていない。

それはそうだ。

本当に小鳥が恋人なんだから。


「ディーリア!パパ!」

私はこっそり彼らの滞在する離れを訪れた。


「リルリルリル」

パパが可愛く囀りながら私の肩にのって、頭を頬に擦り付けた。

「アリア、大きくなったね」

ディーリアが重さを確かめるように私を抱き上げた。

私は5歳の子どもみたいな気持ちになって、首にしがみついて笑った。


笑いながら涙が流れた。


パパが慌てたようにパタパタ飛び回ってぴいぴい鳴いた。

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