森の生活(ディーリア視点)

人狼といっても、まるごと狼になるものはいない。

先祖は自由に姿を変えられたというが、言い伝にすぎない。

けれど気づけばアタシは狼となっていた。

獣の体は軽い。

まるで、これまで気づかなかった枷から解放されたようだ。


みっともなく逃げ惑う連中にアタシは軽々と追いついた。

襟首をくわえて振り回すと白目を剥いて気を失った。

こんな大事件を起こしたくせに、つまらん連中だった。


癒しの奇跡を振りまいたエリオットは東へ飛んでいく。

神の森へ向かうつもりだ。

アタシは先回りするように駆け出した。

人々は悲鳴をあげて道をあけた。



茂みに身を潜めていると、金色の光が森へ舞い降りた。

エリオットだ。

アタシは茂みからでた。


「ぴぃ!」

エリー、と呼ぶ前に小鳥は叫んだ。

そしてそのままバタバタと飛び立ってしまった。


……逃げられた。


アタシがわからないのか?


それからは、悲しい追跡劇だった。

アタシの存在が彼にとって恐怖なのは明らかだった。


「ピピイィ」

アタシに気づいたエリオットが、哀れっぽい声をあげる。

大切な恋人に、可愛い小鳥に、拒絶されるのはひどく堪えた。




もう日が暮れようとしている。

アタシは距離をつめないようにあとをつけた。

この調子で夜通し追いかけまわすのはまずい。

あれだけの奇跡を起こして、エリオットは明らかに疲労していた。

エリオットは隠れることにしたようだった。

倒木の隙間にもぐりこんで懸命に息をひそめている。

だがフェニックスの気配はわかりやすい。

アタシはそっと隠れ処の前に横たわった。


森の夜は危険だ。

狐や蛇に狙われるかもしれない。

せめてゆっくり休めるように、不寝番をしながらアタシはねがった。


「……ピルウウ?」

「ガウン」


朝、隠れ処からでてきたエリオットは、アタシの目をみてやっと気づいてくれた。

小首をかしげたエリオットの緑の目も、以前とかわらない優しさと知性を湛えていた。




小鳥のエリオットとの生活は幸福だった。

狼になってしまったことは、自然に受け入れられた。

思い通りに動く体で、餌になる獣を狩るのは楽しい。

鋭い牙で肉を裂き、かぶりつく。

その違和感のなさは、自分でも驚くほどだ。

エリオットはアタシの<食事>が怖いらしい。

間違って食べたりはしないんだけど。


それでも、夜になれば寄り添って眠る。

アタシの腕、というか両前足のあいだでご機嫌に囀る姿は愛らしいの一言だ。

時折悲しそうに鳴いていることもある。

きっとアリアをおもっているんだろう。


そんなとき、アタシはただ側にいて一緒に鳴くだけだった。


アタシたちは神の森そばで暮らしていた。

ここなら人とあうことはない。

ふたりきりだ。


だが、幸福な毎日は断ち切られた。


突然人間に戻ってしまったのだ。

人になりたいなんて、望んではいなかったのに。

狼になったからこそ、フェニックスを追えたのだから。

アタシは、急いでエリオットのもとに戻ろうとした。


しかし、人の身には神の森の外縁は厳しい。

食べられそうなものを口に入れながら、必死で歩いた。

歩いても歩いても、その進みは遅い。


(早く帰らないと)

ひとりで待っているエリオットが心配だった。

もう一度狼になれないものかと、何度も願ったが奇跡は起こらなかった。



数日後、雨が降った。

人に戻った姿が裸でなかったのは幸いだった。

けれど、夏用の薄手の衣服はずぶ濡れで体は冷えきっていた。

いくらアタシが頑強な人狼とはいえ、食事も睡眠も足りていない。


(さすがに効率がわるい、どこかで休もう)


みつけた洞は、熊の巣穴だった。

なんとか熊を倒し、主のいなくなった穴に入り込む。

半日眠れば、雨も止んで、歩みもはかどるだろう。


(エリオット……会いたい)


久しぶりにぐっすり眠って、夢を見た。

アタシはまだ狼で、広い丘で風に吹かれている。

神の森にこんな広々とした場所があったのか。

なぜかそう思った。

伏せの体勢で寝そべったオレの背中に軽いものが舞い降りた。


ああ、フェニックスだ。

こいつらは小さいからうっかり潰さないようにしないと。

怒ると毛皮を燃やしにくるからなあ。


なぜかそう思った。


背中で囀りはじめた声に文字通り耳を傾けつつ、アタシは体を動かさないように目を閉じた。


ああ、これは夢か。


目を覚ますと、空腹はあったが体調はすっかり良くなっていた。

脇腹の上では、金の小鳥が歌っている。


「エリー?」

「ぴ」



エリオットは戻らないアタシを探しに来てくれたのだ。

「すぐエリーのところにもどろうとしたんだけど、二本足は遅くて困ったよ」

「ピョ」

肩にとまってアタシの髪をくわえてひっぱる。

心配かけたことを怒っているらしい。

可愛いな。

そっと喉を撫でるとエリオットは気持ちよさそうに体を震わせた。

「ルルル」

こんなふうに触れるには人の手のほうが便利だ。

「ピルウウ」

「ありがとう」

迎えにきてくれて。


アタシは熊肉を食べおえて立ちあがった。

「さあ、帰ろう」

「ピュイピュイ」

エリオットは何か言いたげに翼をばたつかせた。


うーん、わからん。


「エリー?そっちは逆だよ」

しばらくパタパタピイピイしていたエリオットは神の森へ向かうのとは反対へ飛んでいってしまった。

もちろん慌てて追う。

街道の近くにでて、人に見つかってはまずい。

あれほどの大騒ぎ、きっと外国にまで知れ渡っただろう。

<金の小鳥>を探すものは多いはずだ。


「エリー!」


エリオットは先へ先へと進む。

まるで道案内をしているように。



ガラガラガラガラ。

遠くに響く音に、耳をすませた。

馬車だ。


「エリー、フェニックスは狙われる。街には行けない」

「ぴ」

エリオットはこくこくと頷いて、ぱっと飛び立った。


だめだ!


エリオットがアタシと別れようとしている。

ひらめいたのと同時に跳びかかっていた。


「まって!」

アタシは両手で柔らかい小鳥を掴んだ。

「ぴいい!」

「置いていかないで、一緒にいると言ったじゃない」

「リルリルリル」

羽を膨らませてエリオットが抗議している。

エリオットの気持ちはわかった。

人に戻ったアタシに森での生活は厳しい。

街に帰れといっているのだ。


だけど、離れるのはいやだった。


「なんとか、人の姿に戻れない?」

手の中の小鳥がしょんぼりと尾羽を垂らした。

戻れないようだ。


「ずっと?」

「ピピ!」

怒ったようにエリオットが鳴く。

ずっとではないようだ。

「奇跡で力を使ったから?」

「ぴい」


そうだというように頭が動く。

あたりまえだが鳥が人になるのは大変らしい。


「なら、鳥のままで色を変えるのはどう?」

「ピョ?」


エリオットは首を傾げた。

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