到着と惨事と奇跡(ブライアン視点)

本当はもう一日早く着くことができた。

しかし、コルドラ側から早馬が来た。

内容は、到着は昼前にしてほしいというものだった。

新しい大使館で歓迎する群衆に手を振ってから、首脳陣との昼食会を予定しているのでよろしくと書いてある。


「人使いの荒いことだ。先がおもいやられる」

私は溜息をついた。

これからの両国の親善だとか耳ざわりの良い文句が並んでいるが、他の都市の上に立つための権力争いに王国を利用する気満々だ。


「歓迎してくださるというのを無下にはできませんわ」

ミレディアが宥めるように言った。

腕のなかでエルリックがふにゃふにゃと笑っている。

彼らがいなければ、馬車の旅はもっと退屈なものになっただろう。



やっと馬車はコルドラの街に入った。

歩けば三カ月の道のりも、馬車ではひと月たらずだ。

これから行き来は格段に増えるだろう。


「コルドラ万歳!」

「モートリア王国万歳!」

「大使様ようこそ!」


通りを埋め尽くす勢いで人が集まって、祭りのように大騒ぎをしている。

掛けられる言葉は友好的で、警備の兵士にも深刻さはない。

端には軽食を売る屋台もでているようだ。

私たちはすっかり見世物になっていた。


「まあ!とっても豊かな街なのね」


石畳の上を軽やかに馬車が進む。

王都と違って、気楽に手を振ってくる連中に会釈を返しミレディアはクスクスと笑った。


「わたくし、この街が好きにになれそうですわ」

「それはよかった」

そうこたえながら、私は詰めかけた人波に兄たちの姿を探していた。



大使館に到着し、馬車から降りて私は内心呆れた。

「もう少し落ち着いた建物がよかったのだが」

なにからなにまで真っ白な真新しい屋敷はひどく目立っていた。

新しい観光名所にするつもりではないかとさえ思える。

ディーリアは人狼だといったが、ここの議長は老獪な狸だ。


歓声のなか屋敷にはいり、案内されるまま二階のバルコニーにでる。

「旦那様、王様みたいですね!」

初対面の使用人が後ろで嬉しそうに言った。


とんでもない言葉に、ミレディアが小さく吹きだした。

陛下は二階のバルコニーから手を振り返したりしない。

それ以前に平民がものを食べながら指をさすなんて許されるものか。

異なる社会制度の国同士の交流は多難そうだ。

頭の固い重鎮が選ばれていたら、さっそく大問題になっているだろう。


「ここに来たのが私たちでよかったのかもな」

そうつぶやくと、隣で手を振るミレディアが楽しそうに目を細めた。

兄の結んだ縁でもある。

与えられた使命はしっかり果たそうではないか。


そのときだった。



轟音が響き渡り、通りの建物が崩れ落ちた。

さらにもう一度衝撃が襲う。

事故?

いや、攻撃だ。

人々が悲鳴をあげて逃げ惑う。


「ミレディア!エルリックをこっちに!」

「あなた!」

「旦那様!奥様!どうぞ中に!」


再び爆発音が響く。

目の前のバルコニーが吹き飛ぶ。

足元の床が崩れる。

だめだ、落ちる。

私は死を覚悟して力いっぱい妻子を抱きしめた。




暗くなった視界を金色のなにかが落ちてくる。

羽?

金色の羽。


兄上?


私ははっと目を覚ました。

死んだはずなのに、どこもおかしくない。


「ミレディア、エルリック!」

二階の床が抜けて瓦礫と共に落ちたというのに。

「あなた? 私達助かったんですか?」

ミレディアが腕の中で目を覚ましあたりを見回した。

「わからん。とりあえずここをでよう」

使用人や警備兵も茫然としている。


だれも状況をわかっていないのは明らかだ。


エルリックを抱いて、ミレディアの手をひいて、二階部分の崩れた大使館を出る。

外にはバルコニーの残骸が砕け散っていた。


被害のあった通りから、女がすごい勢いでこっちに向かってくる。

ディーリアだった。

では彼女が抱えているのは。


「アリア!」

兄上は?

「ブライアン!パパが飛んでっちゃった!」

飛んでった?

見上げると、きらきらと光る鳥が人々の上を飛び回っている。

あれが兄上?


「ブライアン、アリアをたのむ」

ディーリアがアリアを置いて、引きかえして行く。

救援に向かうのか?


だが、私はすぐに自分の目を疑うことになった。

ディーリアだったはずの人間が巨大な狼に変わったのだ。

近くの人間が恐怖の声をあげる。

「大丈夫だよ!街を破壊した悪者を追いかけてるんだ!」

アリアが大声でいうが、聞こえていないだろう。


「アリア、無事か?あのフェニックスが兄上なのか?」

「そうだよ!ディーリアがおおかみになったの!見て!」

狼は建物の影にとびこみ、男をくわえて地面に叩きつけた。



やっと動き出した兵士たちが駆け寄ってくる。

兄とディーリアの正体を伏せたまま、事態を収拾しなければ。


「はじめまして、アリア。私はミレディア、ブライアンの妻よ」


アリアは彼女に任せておけば大丈夫だろう。

私は一部の兵に彼らの護衛を命じた。

さらに、狼が確保した連中が犯人であると告げ、拘束させる。

残りは瓦礫に埋まったものの救出だ。

すでに市民は動き出しているようだ。


金の羽の奇跡で怪我が治るとしても、埋まっていてはどうしようもない。

外国の大使である私がこの国の兵を動かすことは適切ではない。

だが、この場で指示が出せるものはほかにいなかった。



「議長はなにをしているんだ」

まさかもう死んでるんじゃないだろうな。



「大使閣下、一階の部屋から議長を救出しました!」


死んではいなかったようだ。

大使館から、急ごしらえの担架にのせられた怪我人が運びだされている。


「羽をさがせ。白いのはもう力を使い切っている、金色のだ」

兄上はもう羽を落とさなくなり、よろよろと魔の森のほうへ飛んでいった。

ディーリアはいつのまにか消えていた。

きっと兄を追ったんだろう。


「マンデヴィル伯爵、こんなことになって申し訳ない。まさかこんな手段にでるものがいるとは」

比較的軽傷だったらしい議長は頭から血を流しながらも、自分の足でやってきた。


「今は事態の収拾が先でしょう。失敬」

私は兵の拾ってきた金の羽を議長の額に押し当てた。

一瞬、きらきらと輝いて、金の羽は白くなる。


「おお!」

議長が怪我のあった場所を確かめて驚きの声をあげた。


「フェニックスの奇跡です。王国の守り神であるフェニックスが金の羽で怪我人を癒し、コルドラの守護者である狼が襲撃者を倒した。大至急、この話を広めてください。彼らはもう森に帰ったと」

そういった工作は得意だろう。

「コルドラの、狼?」


怪我の癒えたはずの議長の顔色が悪くなる。

私は苛立ちを隠して言葉を継いだ。

「ディーリアが大きな狼に変身して、賊を確保しました。貴方がたが人狼であるということは彼女に聞いています」

「狼に?全身?そんなこともう200年は記録にないぞ。それにマンデヴィル伯爵に勝手に秘密を教えたとは」

議長はますます狼狽えた。


「今さらです。さあ、急いで動かなければ」

兵たちには金の羽をあつめて怪我人に使うよういってある。

こっそり私物化するものもいるかもしれないが、大部分は王国の守り神の怒りを買うことを恐れるだろう。



私と議長は手分けして人々に演説をして回った。


「コルドラばんざい!」

「守り神さま、ありがとうございます!」

「怪我だけじゃなく、腰痛まで治っちまった!」

「奇跡だ!」

「王国の守り神に感謝します!」

「友好ばんざい!」


犠牲者がでなかったわけではない。

死んでしまったものは治癒の奇跡でも甦らない。

壊れた建物の再建は大変だろう。

それでも、人々の表情は明るい。


高まりすぎたコルドラの権威を失墜させ、交易に水を差し、住人に不安を抱かせようという襲撃者の目的は果たせなかった。

捕まえた賊から黒幕を聞き出したりは、私の仕事ではない。


街角では炊き出しがおこなわれている。

漂ってくる匂いに空腹を思い出し、私はこっそり溜息をついた。

昼食会の予定は文字通り吹っ飛んでしまった。


いや、住むところもなんとかしなければ。




議長たちはそれどころじゃないだろう。

「妻たちはどこにいる?」

「はい、奥方様よりご伝言をたまわっております」

私に同行していた警備兵の長が告げたのは、かつて滞在していた宿の名だった。



「おかえりなさいませ」

「おかえりなさい、ブライアン」

「だああぅ」


爆発のあった通りから離れた宿は、かつてと変わらない美しい姿のままだ。

炊き出しや避難者への部屋の提供をしているらしく、慌ただしい雰囲気だ。


「アリアが、自分たちの泊っている宿の部屋で休もうと提案してくれたの」

「ああ、それでか」

ごく普通の二人部屋だ。

アリアと兄が泊まっているのだろう。

「すぐ大きな部屋を準備させよう」

私の言葉にミレディアは首を振った。


「それは、断りましたの。今はどこも満室でしょうから」

「騒ぎになったし、パパとディーリアは、ここには戻らないとおもう」

アリアが寂しそうに言った。

「パパもディーリアも、ずっとあのままかもしれないし」


「私達と待ちましょう、アリア。私達ももう家族でしょう?」

すっかり打ち解けたらしいミレディアがアリアを抱きしめる。

「そうだとも。彼らのことは、なにも心配いらないさ」


わからないことだらけだが、それだけは信じられた。



アリアはひとりで大丈夫だと言ったが、ひとり部屋は私が使うことにした。

ディーリアの、もしかすると兄と、使ったベッドというのは、正直微妙な気分だったが。

もちろん清掃は入れた。


疲れているはずなのに、眠れない。

そんな夜だった。


アリアも同じだったようだ。

私の部屋で話をした。

兄の秘密のことを。

「そうか、あの姿はもう作り物なのか」

兄たちは、テポラに住めなくなることを見越していたようだ。

コルドラにきたのも、何かあったときにはアリアを託したいというつもりだったんだろう。


「だけど、そんなこと関係ない。そうだろう?」

「うん。私のパパだよ」

「私の兄上だ」

私達はひっそりと笑いあった。


「兄とディーリアはこの襲撃に巻き込まれて行方不明としておこう。アリアは私の養子になるが、書類上のことだ。今まで通りブライアンと呼べばいい」

「ありがとう、ブライアン。あの、落ち着いたらテポラの家に行きたいの」

「ああ、もちろんだ」

「それと、王国のおじいさまのとこにも行きたい。パパに頼まれたから」

「うむ」


父に会わせるのは気が重い。

なんだかんだと引き留めてくるだろうことは明白だった。

だが、兄の望みならかなえるべきだった。


「信用できるものをつけて送らせよう」

「うん、いろいろごめん。おやすみなさい」

「おまえが謝ることなどないよ。おやすみ、アリア」


たった一日で、あまりに多くのことがあった。

兄やミレディアなら、もっと優しい言葉を掛けることができただろうに。

私はほろ苦い後悔を感じながら、アリアを見送った。

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