親子、兄弟、夫婦(ブライアン視点)
私は騎士二人とその侍従、商人三人をつれてマンデヴィルへ向かった。
金の羽が手に入った以上、交替の使者を待ってはいられない。
幸い途中でコルドラへの使節団に出会うことができた。
代表者は野心の強い王族のひとりで、陛下の怪我にもかかわったかもしれない者だった。
王都から離しておくための人選だろうか。
「深い森の道なき道を、大変でしたでしょう?殿下」
騎士としての鍛錬を続けていて、なにより兄を探すという決意のあった私と違い王都で華やかな生活をしていた王族にはさぞ過酷な旅路だったろう。
だが彼はにやりと笑った。
「この役目は争奪戦だったのだぞ、マンデヴィル伯爵。箱庭で権力争いをしていたら、果ての森の向こうには我が国に勝るとも劣らぬ大国が数多くあると聞かされたんだ。胸の躍らぬものはおらんさ」
そういうものか。
私はむこうで作った張り合わせた地図を思い浮かべた。
文字通り、世界は広がったのだ。
私たちは森の空き地で引継ぎをした。
「はやく、馬の通れる街道の計画を詰めなければな」
殿下は上機嫌だった。
「そうですね。王国側からだけでなく、コルドラからも工事を進めれば日数は少なくて済むでしょう。幸い彼らの食いつきはいい」
「よし、着いたらさっそく手配しよう。王国側からのほうは頼むぞ、伯爵」
私は頷いた。
王国にも新しい風が吹いているようだ。
これもフェニックスの導きなのかもしれない。
私は使節団と別れて再びマンデヴィルへと出発した。
まだ道と呼べるものはないが、人の押し通った跡がはっきり残っている。
ひとたび開かれた扉は、無かったことにはできない。
やがて、ここに馬車がすれ違えるような街道ができる日がくるだろう。
*
「ご領主様! お帰りなさいませ」
私に気づいた村人が知らせたのだろう。
神殿の神官が出迎えに現れた。
兄が村にいた頃にはずいぶん力になってくれたと聞く。
「ああ。兄をみつけた。アリアも、元気だったぞ」
私の言葉に神官が目を見開いて神に感謝の言葉をつぶやいた。
周囲に下がっていた村人が歓声をあげる。
「エリオットさまはどちらに?」
「魔の森のむこうにある国だ。むこうのハンターと恋仲になって、そちらで暮らしていたんだ」
「なんと。……その、ご領主様は相手のことをご確認に?」
マリアンナの悪妻っぷりは、村人にも知れ渡っていた。
また変なのにひっかかっているのではないかと心配されているのだ。
気持はわかる。
私もそうおもったからな。
苦笑と親近感を隠してこたえる。
「相手はアリアのこともわが子のように可愛がってくれる。しっかりもので頼りになる女性だ。兄も幸せそうだったので連れ帰ることはできなかった」
「あああ、エリオットさまには頼りになる方がなによりでしょう」
神官は驚きながらも安堵したように微笑んだ。
行方知れずになった兄とアリアを案じ、祈ってくれていたのだろう。
兄は恐れられはせずとも敬愛される性質だから。
「いずれむこうとの行き来も増える。また会えるだろう」
それから馬を借り、私はまず父の元へむかった。
報告と口裏合わせのためだ。
兄もアリアも無事なこと、恋人がいて一緒に暮らしていること。
マリアンナの件に胸を痛めていた父は喜んだが、私だけがアリアたちと会ったことには不満たらたらだった。
「アリアを連れて帰ろうとしたのですが、父親が頼りないからと断られました。幼いのに賢く勇敢で、優しい子です。なにより、兄上の子どもの頃にそっくりなのです」
せめてもの慰めにとアリアの言動を詳しく話すと父はきりきりと歯をくいしばって悔しがった。
あげく、つぎの使節に同行して会いに行くと言い出した。
兄とアリアがちゃんと生活していることを確認して、父も何年も感じ続けていた心労から解放されたようだ。
これほど元気な姿は久しぶりだった。
「ところで父上、大切な相談があります」
兄がフェニックスとなったことは父には伏せることになっていた。
「兄は森でフェニックスの羽を貰っていたのです。無事だったのはその加護ではないかとおもいます。このたび、父上に差し上げたいということで預かってまいりました」
父は白いハンカチから現れた金色の羽に溜息をついた。
「儂に?だが、陛下のためにフェニックスを探したのだろう?」
「はい、兄上は羽の使い道は父上にお任せすると」
父はそっと羽に触れた。
幼い兄を撫でているような、優しい目をしていた。
「これは陛下に献上しよう。だが、これきりだ」
しばらくの沈黙ののち、元伯爵は宣言した。
私が言っていないことがあるのは気づいているだろうけれど、何も聞こうとはしなかった。
「はい」
探索の結果、フェニックスはみつからなかったが、最後の一枚をもつ親族をみつけてなんとか入手したということにするのだ。
森の踏破と合わせて、結果は上々だ。
なにより、これならもう兄が追われることはないだろう。
私は父の元を辞して久しぶりのわが家へと馬を走らせた。
ディーリアと兄、アリアの仲睦まじい様子にあてられたのか、はやく妻の顔がみたかった。
*
陛下へ羽を献上し、コルドラへの街道づくりに取り掛かったのは秋の終わりだった。
去年の簡易な拠点を強化して基地として使えるのは幸いだった。
国中から仕事を求めて集まったものたちで、静かだった森に近い村はどんどん大きくなっていた。
冬にはゆっくりと、春にはハイペースで、工事は進んだ。
三年後の秋。
王国とコルドラの作ってきた道がひとつにつながった。
馬車一台が精いっぱいの道ではあるが、途中にすれ違うための空き地をつくってある。
数珠つなぎに出発してゆく馬車たちを、私は感慨深くながめた。
「マンデヴィル伯爵、そろそろ出発です」
御者が声を掛けてきた。
「ああ」
兄は元気だろうか。
アリアは大きくなっただろうな。
ずいぶん遅くなってしまったが、私もふたたびコルドラへ向かう。
初代の駐在大使に任命されたのだった。
使節団の代表だったあの野心家の殿下はコルドラにとどまらず、さらに他の都市や、そのむこうにあるという大国へ乗り込んでいってしまった。
また留守番になる父上はご立腹だ。
しかも可愛い息子の嫁と孫までともに行ってしまうのだから、少々気が咎める。
「ふふ、楽しみですね」
異国での子育てを前に、妻が息子を抱いて笑う。
通常、身分の高い女性が自ら子どもの世話をすることはないが、妻は息子を離さなかった。
「不自由するかもしれんぞ」
「一緒に苦労したいのです。それにお兄様とこの子の従兄姉にもお会いしたいし」
馬車が動き出した。
私は眠る息子を抱き取った。
『アリアと会わせてくれたから、マリアンナには感謝している。どこかで幸せになってくれていればいい』
まったく理解できなかった兄の言葉も、少しわかるようになった。
ゆっくり、しかし確実に、すべては動き始めていた。
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