安堵と家族

「兄上にはもう、ディーリアがいるでしょう?」

「アリアと三人で暮らしているんだ。家族なんだ」

ぼくは必死で言った。


「今朝のことはどうおもいますか?マンデヴィル伯爵家ならアリアをよい環境で守り育てることができます」

「まって、今朝のことはアタシのせいなんだ。エリーはいつだってアリアを一番にしている」

ディーリアが私を庇う。


「なら、貴方もアリアが王国に行くほうがよいのでは?アリアのかわりにあなたが一番になれるかもしれませんよ」

「そんなこと望まない。アタシはエリーと一緒にアリアを育てたいよ。伯爵家からみれば質素かもしれないが、不自由はさせない」


挑発にのることなくディーリアは真面目にこたえた。

ぼくはさっきからにこにこと話を聞いているアリアに言った。


「アリア。ぼくはよい父親じゃないかもしれない。それでも、離れたくないんだ。ブライアンのほうが立派に育ててくれるとしても、ひとり立ちするまでぼくといっしょにいてくれないか」

「うん、いいよ」

アリアはぴょんと向かいのソファから降りて、私の膝に乗った。


「ブライアンも、いいって。ね?」

え?

ぼくはぽかんとブライアンをみた。


ブライアンは苦笑を浮かべた。

「マンデヴィル伯爵家で引き取ろうとしたのは事実です。良い考えだと思ったのですが、アリアに断られました。『パパはうっかりだから、私がいないとダメなの』と」

ぼくは安堵のあまり膝のうえのアリアの頭に額をぐりぐりと押し付けた。


「なんだよ、びっくりさせんなよ!」

ディーリアが大声で言うが、ほっとしているのは明らかだった。

「言っておきますが、私は、姪が情事に溺れた親に放置され、ひとり空腹で歩き回るなんて耐えられません」

ブライアンがまた冷ややかな口調に戻って釘をさした。


「それは、本当にわるかったよ。アリア、ごめんな」

ディーリアがきまり悪そうに謝った。


「ちがうってば、ブライアン。いったでしょ?私がこっそり抜け出したんだよ」

「それでも、誘拐の危険もあった。アリアもひとりで出歩いてはいけない。よく知らない街では特にだ」

「はーい」

「ありがとう、ブライアン」

以前から弟は厳しくみられがちだった、それは愛情や責任感に基づく態度だ。

そういうところも、ぼくよりブライアンのほうが伯爵にむいている所以だった。


「どういたしまして。兄上とディーリアの気持ちも確かめることができて一安心です」

ブライアンははにかんだ笑みを浮かべた。

どんなに立派に成長しても、ぼくの可愛い弟だった。


「コルドラ、たのしかったね!また行きたいなあ」

「帰りも楽しいよ。まずは羊の毛糸をとりにいこう」


あれから、ブライアンは金の羽をもって王国へと戻っていった。

アリアはもう少し大きくなったら、マンデヴィルに行くとブライアンと約束をしていた。

父がそれまで元気でいてくれればとおもう。

コルドラを仕切る人狼たちには、ぼくが持ち出した家宝の羽を取り返したと説明したそうだ。

神の森を抜けられたのはその加護のおかげだと。

もちろん、ものすごく欲しがられたが、ブライアンも交渉には強い。

これからの街道の整備や交易を考えると、強引な手段はとれなかったようだ。

おかげで、ぼくたちもテポラに帰ることができた。

ディーリアはぼくとアリアをつれて遠くに逃げようとまでおもっていたようだ。



「そのあとはどうする?また釣りをする?別の村に寄る?」

「べつの村ってどんなの?」

「花を作ってる。香水や香油がよく売れているらしい」

「わあ、花の村もみたい!」


アリアは地図を広げて興味津々だ。

この地図はブライアンからの贈り物だ。

大変貴重なものだが、アリアはどんどん描きこみをしている。

羊の絵や魚の絵が、まるで絵本の挿絵のように可愛らしい。


アリアは簡単な語は読めるが、まだ書けない。

そろそろ教えようとおもっていたが、まだでよかった。

きっとこんな絵は今しか描けないにちがいない。

そんな子どもらしい絵だった。


「じゃあ、花の村だな」



「ほら見て、エリー」

ディーリアがぼくを呼んだ。

村の宿の部屋で、アリアが地図を広げたまま眠っている。

地図には花の絵と、果物の絵が描き足されている。


その先にはテポラだ。

そこにも絵がある。

まるっこい鳥と、犬にみえるがたぶん狼、それにニコニコ顔はアリアだろう。


「ふふ。上手だな」

ぼくはアリーをベッドに運んでから、もう一度地図をながめた。

ディーリアも隣に座った。

帰ったら、壁に貼ろう。


アリアが大人になって巣立ってしまっても、

ぼくはこの絵をみるたびに思い出すだろう。

三人の家族旅行と、みんなで家に帰る嬉しい気持を。

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