可愛いアリア(ブライアン視点)
兄とアリアの無事が確かめられ、この遠征での私の一番の目的は達せられた。
恋人と暮らしていたことには驚いた。
だが、マリアンナの裏切りから立ち直れたのなら、良かったようにもおもう。
少なくとも、ディーリアは兄を利用するつもりはなさそうだ。
アリアも懐いている。
私はディーリアへの評価を上方修正すると、話し合いに備えて朝食をとっておくことにした。
食堂のまえに、小さな背中をみつける。
「アリア?」
「ブライアン!おはよう!おなかすいた!」
アリアは寝間着だろう部屋着のうえに長衣を着ていた。
兄もディーリアもみあたらない。
「ブライアンはパパの弟で、私のおじさんだよ」
「よかったですね」
宿の従業員がほっとしたように私を見た。
どうやら、アリアはひとりで食事にきたらしい。
いくら上等の宿とはいえ、誘拐の可能性もある。
タイミングよく見つけられて本当によかった。
子どもの好む食事はわからなかったが、アリアはすらすらと欲しいものを教えてくれた。
まだ6歳だが、しっかりしている。
だからといって、目を離すべきじゃない。
「まったく、子どもをひとりで出すなんて」
私はコーヒーのカップをおいて溜息をついた。
「私がこっそりでてきたんだよ。パパとディーリアンはねてたから」
アリアが庇うように言う。
「ディーリアンの部屋にもいったのか?」
「ううん。ディーリアはパパのベッドでねてるよ」
「……へえ」
「最初からいっしょに寝ればいいのにね」
「……」
私は眉を顰めた。
アリアは美味しそうに果物を食べている。
私は兄を敬愛しているが、恋人との時間に溺れて子どもの様子に気づかないというのはいただけない。
きっとあのディーリアが無理をさせたにちがいない。
「ごちそうさまー、おいしかったー」
「部屋まで送ろう。兄上たちにも困ったものだな」
「私が起こさなかったからだよ。いまごろびっくりしてるかも」
賢く勇敢なうえに、健気な子だ。
赤子のときは髪の色ぐらいしか気にしなかったが、私は改めて肉親の情というものを感じていた。
「アリア!」
兄が食堂に駆け込んできた。
やっとアリアの不在に気づいたようだ。
「パパ、こっち!いまブライアンと朝ごはんたべたとこ」
「勝手にいなくなるな!おどかさないでくれ!」
アリアを抱きしめて兄が叱る。
心配したんだろうけれど、アリアだけが悪いのではない。
そして、書き置きひとつでいなくなった貴方がそれをいうのか。
「ごめんなさい」
素直に謝るアリアのために、私は口を開いた。
「兄上」
「ああ、ブライアン。アリアといてくれてありがとう」
襟元からのぞくのは口づけのあとだ。
私は舌打ちしたくなるのを堪えた。
「アリア!」
ディーリアもやってきた。
怒られるとおもったのか、アリアが肩をすくめる。
「兄上、ディーリア。アリオンを責めるのはお門違いでしょう」
もちろん兄はアリアを愛しているが、無頓着なところもある。
荒れ果てた屋敷で平然と生活をしていたことを思い出す。
「どうぞお二人も朝食を済ませてください。アリアは私が預かります」
ふたりの関係を非難するつもりはないが、それならアリアにはちゃんとした使用人をつけるなりするべきだ。
アリアに手を差し出して言う。
「兄上たちはあとでくるから、私の部屋でまっていよう」
私はアリアと手をつないで、食堂をでた。
*
「なにしてるの?」
バルコニーから戻ったアリアが覗き込んでくる。
物怖じしないのが好ましい。
「地図だ。みてごらん」
「あった、テポラ!」
自慢げに見上げるアリアの頭をなでる。
「そうだ、良く読めたな。コルドラはここだ」
簡単な文字は読めるようだ。
兄が教えているのだろう。
剣はディーリアンに習うといっていた。
平民には読み書きもできないものがいるという。
アリアは恵まれているとおもうべきなのか。
「私と兄上の故郷はこっちだ。アリアもここで生まれたんだ。マンデヴィルという」
本当なら、ここで生まれに相応しい世話と教育を受けて育つはずだった。
「遠くから来たんだねえ、ブライアン」
私のわだかまりも知らず、アリアがのんびりと感心した声をだす。
こういうところは、兄にそっくりだ。
「兄上とアリアを追ってきたんだ。アリアの祖父もいる」
「おじいちゃん?」
「ああ。アリオンに会いたがっている。私の家族もだ」
ディーリアがアリオンを邪険にしているとはおもわない。
兄も悪気はないんだろう。
だが、行き届かないのは確かだ。
今朝みたいなことが日常ではこまる。
いつ事件に巻き込まれてもおかしくない。
それほどアリアは兄の幼いころによく似ている。
「いっしょに、マンデヴィルに帰ろう」
そうだ。
フェニックスとなった兄が王国へ戻りたくないというなら、人であるアリアだけでも引き取るべきだ。
私なら、ちゃんとした教育を受けさせ、伯爵家の家人として結婚相手を探せる。
兄の継ぐべき家を、立場を奪ってしまった私だが、アリアを育てることでいくらかは償えるかもしれない。
私は素晴らしい思いつきに胸を高鳴らせた。
アリアは兄とよく似た緑の瞳をまるくして、きょとんと私を見つめ返していた。
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