知らなかったこと(ディーリア視点)

「信用してはいけません。彼は一族にあなたがたの情報を売ったのです。使者が私でなければ王国へ連れ去られるか、この国で監禁されていました」

そんなことはしていない、させない。

エリオットは、伯爵の言葉より、アタシを信じてくれるはずだ。

けれど痛いところを突かれたのは事実だった。

アタシが賢者に尋ねたせいで、エリオットの居場所が特定されてしまった。

うちの一族は強欲だ。

治癒の奇跡なんてものを見逃すはずがない。


「そっちこそ、フェニックスの羽目当てに追ってきたんだろう?エリーもアリアも渡さない。つれて行かせたりしないからな」

アタシはむきになって言い返した。

表向きは探検と国交樹立の使者だが、じっさいは王のためにフェニックスの羽を手に入れようとしているのだと、従者を懐柔した大叔父から聞いていた。

「ちがう!兄を探すために羽を大義名分にしただけだ!」

若い伯爵は顔色をかえて怒鳴った。

今、なんと言った?

「兄?」

「ブライアンはねーパパの弟だよ!ぼくのおじさん!」

こたえをくれたのはアリアだった。


「いったん解散にしてくれ。アリアを寝かさないと」

伯爵とアタシは、エリオットに部屋から追い立てられた。

売ったとか羽目当てとかの発言については何も言わなかったが、傷つかなかったはずはない。

売り言葉に買い言葉とはいえ、あんなふうに聞かせるべきじゃなかった。


それに。

アタシは仏頂面でオレを睨むマンデヴィル伯爵をみた。

エリオットの弟とは信じられない。

まだ兄といわれたほうがしっくりくる。

それでも、雰囲気は違っても、たしかにエリオットとアリアに似ていたのだ。


「あー、アタシはディーリア。ここの一族の出だが、疎遠でテポラに住んでいる。エリオットとアリアを利用する気はない。なぜ呼ばれたかもわかっていなかった」

エリオットの弟であれば、あの喧嘩腰はまずかった。

本当に兄を案じて探しに来たのであればなおさらだ。

「アタシたちが揉めているとエリーも困る。部屋でちょっと話さないか?」


隣の部屋のドアに親指をむけると、伯爵は据わった目のまま頷いた。



部屋の棚から、一番強い蒸留酒をとる。

小さなグラスを挙げ乾杯のポーズをとると、伯爵も黙ってこたえた。

「さっきは言い過ぎたよ。大叔父、議長からは王国から追ってきた貴族としか聞かされていなかったんだ」

言葉遣いは気にしないことにする。

エリオットの弟ならアタシにも弟だ。。

「マンデヴィル伯爵?」


一息にグラスをあけたものの、無言を貫く男に声をかける。

仇のように空のグラスをみつめていた伯爵が顔をあげた。

「ブライアンでいい。ディーリアだったな。兄の恋人というのは事実か?」

兄の恋人。

エリオットが言ったなら嬉しいが、きっとアリアだろうな。


「ああ。エリーたちがテポラに来て、すぐに友人になった。去年の秋から、一緒に暮らしている」

伯爵、いや、ブライアンは自分で酒を注いで、グラスを空けた。

酒瓶に直接口をつけないあたりが、育ちの良さか。

敬愛しているらしい兄の恋人が、がさつな、平民のハンターというのは受け入れ難いのだろう。

「兄は、押しに弱いところがあって」

とつぜん、ブライアンがぼそぼそと話し出した。

「ひどい女と請われるまま結婚してしまった」

「エリーとアリアをおいて男と逃げたって?、ひどいし、見る目がないな」

エリオットみたいな夫とアリアみたいな子どもがいて、なにが不満だったのか。


ブライアンは首を振った。

「あの女は自分の愛人とその配下に兄を殺させたんだ。フェニックスの炎に落ちなければ、兄もアリアも死んでいた」

「殺してやる」

考えるまえにそう口に出していた。

薄く笑みを浮かべたブライアンが首を振った。

「もう死んだよ、全員。バラバラにして森に捨てた。兄には内緒にしてくれ」

「……そうか」

ブライアンが考えなしだとはおもわない。

エリオットとアリアの立場を悪くしないための処置でもあるんだろう。

それでもちょっとゾッとした。


「私は、兄が心配なんだ。また騙されているんじゃないかと」

「アタシはエリオットを愛しているし、アリアを娘だと思ってる。利用するつもりはないし、させない。浮気もしない絶対に。彼がなにものだろうと命に代えても守るよ、一生ずっと」

ブライアンの瞳をみつめ、精一杯心をこめてアタシは誓った。

エリオット本人にさえ言ったことがないほど熱烈に。

なんだかなあ。

こんなことならもっとエリオットに愛を告げておけばよかった。


「そう願うよ」

そう答えるブライアンの声は穏やかだったが、もし裏切ったら拷問して殺すぞとその目が告げていた。

アタシはなんとか微笑み返した。

こいつ、エリオットにとっては良い弟なんだろうが、けっこうしんどいな。


一応和解ができたところで、ブライアンは自分の部屋へと戻っていった。

詳しい情報のすり合わせは明日、エリオットも交えてということにした。


「ふう」


ひとりにもどって、アタシは深く息を吐いた。

なんだかひどく疲れた。

あいつは悪い人間ではなさそうだが、ヤバい。正直、苦手だ。


はかったように小さく扉がノックされた。

げ、ブライアンが戻ってきたのか?

ちょっとびくびくしつつ小さく扉をあける。

そこにいたのはエリオットだった。


「邪魔したかな?」

「いいや!入って!」


エリオットが来てくれた嬉しさと、ブライアンが帰ってからでよかったという安堵で、つい大きな声が出た。

ドアを大きく開けると、控えめな笑みを浮かべたエリオットが部屋に足を踏み入れた。

座っていたソファを勧めるが、ローテーブルにはふたつのグラスと酒瓶が置きっぱなしだ。

「さっきまでブライアンがいたんだ」

エリオットの視線に、アタシはあわてて説明した。


驚いたようにエリオットが目を見開いた。

喧嘩腰のやりとりで、気を揉ませてしまったからな。

「あのあと、ちょっと話をしたんだ。エリーのことをすごく大切におもってるのがよく分かったよ」

エリオットは嬉しそうに目を細めてソファに腰を下ろした。

「よかった。ブライアンがひどいことを言ってしまってすまなかった。ディーリアのことは、信じている」


「いや。アタシもうかつだったんだ」

ソファに座っているエリオットの前に跪く。

「エリーを愛している。アリアを娘だと思ってる。利用するつもりはないし、させない。浮気もしない絶対に。なにものだろうと命に代えても守る、一生ずっと」


「ディーリア……」


エリオットの瞳が潤んでいる。

その手を取って指に口付ける。

エリオットがアタシの頬に触れた。

アタシたちは唇をあわせ、抱きしめあった。

エリオットからは石鹸の香りがした。


「愛してる」



「フェニックスの羽って本当に奇跡の力があるのか?」

アリアを起こさないように小声で尋ねる。

あのあと、風呂に入りなおし、アタシたちはエリオットの部屋のベッドに移ってきた。


「アリアが熱発疹にかかっただろ?」

エリオットが眠気の滲む声で答えた。

「ああ。3歳ごろに流行ったっけ」

「ぼくにその力があるなら、アリーの病気を治したいって願った」

アタシはエリオットの手を握った。

「一枚の金の羽がどこからともなくアリアの上に舞い落ちて、すぐに白い普通の羽になった。見間違いかとおもったが、熱も発疹も消えて、アリアはただぐっすり眠っていたんだ」

「よかった」

アタシがそういうと、エリオットはキュッと目を閉じた。

「あの流行病で、テポラでも何人か子どもが死んだ。ぼくは、治せるとわかっていたのに、見ぬふりをしたんだ」

それは。

しかたのないことだ。

エリオットが子供たちの病気を治すためにその力を使っていれば、立場を危うくしただろう。

親子の平穏な生活は失われたに違いない。

けれど、それを言ってもエリオットの苦しみはかわらないだろう。

アタシはエリオットの額にキスをして、そっと握った手に力をこめた。

やがて強く握り返された手から力が抜け、静かな寝息が聞こえてきて、アタシはやっと息を吐いた。

側にいたつもりで、なにも見ていなかった自分が情けなかった。

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