弟と恋人
まさかこんなところにブライアンがいるとはおもわなかった。
もう二度と会えない覚悟で出奔したとはいえ、大切な弟だ。
再会は純粋に嬉しかった。
聞きたいことはいくらでもあった。
ディーリアと部屋にいると約束したので、ブライアンに来てもらって話をすることにした。
「そうか、結婚して爵位をついだのか」
「はい。父は元気ですが、妻の身分が高かったので伯爵夫人である必要がありまして」
「おめでとう。いい縁談があったんだね。本当によかった」
故郷を離れたのは正解だったのだと、ぼくは安堵した。
「兄上が残してゆかれたフェニックスの羽が取り持った縁です」
残したつもりはなかったが、ブライアンの役に立ったのならよかった。
ぼくはただただ微笑んだ。
「いったいなにがあったのですか?私たちがどれほど心配したか!」
怒りと悲しみに満ちた声だった。
けれど、それもぼくたちを案じてのことだった。
ぼくのために苦しませて申し訳ないと思いながらも、心は温かかった。
*
「フェニックス、ですか」
ぼくはブライアンに、何があったか初めから話した。
子どもには難しい話を懸命に理解しようとしていたアリーが顔を輝かせた。
「パパはね、鏡に映すとすっごい可愛い鳥さんにみえるんだよ」
ブライアンが視線でどういうことかと問うている。
たしかに意味不明だろう。
ぼくは説明をつづけた。
ガラスや鏡に気をつけさえすれば、平穏に暮らせている。
しかもギデオンというディーリアという恋人も得た。
思わず緩む口もとを隠して、ぼくは俯いた。
「そのほうがいい。もう兄上を失いたくはない」
強く勇敢な自慢の弟は、マンデヴィル伯爵として立派にやっていくだろう。
「アリア、ブライアンはお前の叔父さんだが、マンデヴィル伯爵でもある。外国の貴族には礼儀正しくしなければいけないよ」
「はーい」
すっかりブライアンに懐いたようだが、身分のけじめは教えなければ、将来困るのはアリアだ。
そんな親心も知らずに、ブライアンが甘やかす。
可愛がってくれるのは嬉しいが、ちょっと困る。
「ブライアンでいいよ、アリア。ディーリアとは何者ですか?」
急に問われて、一瞬口ごもる。
恋人だというのは、まだ伝えなくてもいいだろう。
「ディーリアと父さんは好き同士だからねー。家族だもんね」
ぼくの躊躇などお構いなしに、アリアが言い放った。
耳が熱い。
子どもの正直さにはかなわない。
ブライアンの視線は感じたが、目を合わせることはできなかった。
兄弟とは言え、これまで色恋の話をするようなことはなかったのだ。
そのとき、ノックと同時にドアが開いた。
「エリー!」
ぼくを呼びながら、ディーリアが慌てた様子で入ってきた。
なんてタイミングだ。
たのむから失礼な真似はしないでくれ、そう念じながらブライアンの肩に手を置く。
願いが通じたのか、ブライアンは立ち上がって礼儀正しく頭を下げた。
なのに今度はディーリアが不機嫌丸だしだ。
「親戚との話は済んだのかい?」
なにか、よほどイヤなことを言われたんだろうか。
「マンデヴィル伯爵がすっぽかして流れた。さっさとこの街をでよう」
吐き捨てるようにディーリアは言った。
ブライアンのことを知っているのか?
この街をでるって、こんな夜更けに?
「今夜はこの宿に泊まるんだろう?アリアはもう寝る時間だぞ」
驚くぼくをしり目にふたりは殺気さえ孕んだ視線をぶつけ合っていた。
「信用してはいけません。彼女は一族にあなたがたの情報を売ったのです。使者が私でなければ王国へ連れ去られるか、この国で監禁されていました」
ディーリアが?
まさか!
「そっちこそ、フェニックスの羽目当てに追ってきたくせに。エリーもアリアも渡さない。つれて行かせたりしない」
羽目当て?
「ちがう!兄を探すために羽を大義名分にしただけだ!」
「ブライアン……」
ここであったのは偶然じゃないのか?
王命で西を探査し国交を結びに来たといったのは嘘なのか?
ぼくを、フェニックスを探しにきたのか?
羽のために?
「兄?」
ディーリアがぎょっとしたように聞き返す。
マンデヴィル伯爵がぼくの弟だとは知らなかったのか。
「ブライアンはねー、パパの弟だよ!私のおじさん!」
アリアが元気に言った。
ああ、アリーはとうに寝る時間だ。
「いったん解散にしてくれ。アリアを寝かさないと」
ぼくは納得していない様子のふたりを部屋から追い出した。
ディーリアもブライアンも信じてはいるけれど、心を落ち着ける時間が必要だった。
もし本当の鳥だったら羽繕いをするに違いない、モヤモヤとした気分だった。
ぼくは羽の代わりにアリアの髪を撫でた。
フェニックスの羽ぜんぶよりも、大切な宝ものだった。
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