兄の恋人?(ブライアン視点)

苦労しただろうに、兄はびっくりするほど変わりなかった。

ほんの赤ん坊だったアリアは、兄によく似た子どもに育っていた。

心当たりがあるというコルドラの議長とその縁者に会う約束だったが、その必要はなくなった。

すっぽかすのは心苦しかったが、私は迎えの馬車の御者に言伝を依頼した。

やっと見つけたのだ、もう目を離したりしない。


アリアが物珍しそうに私と兄を見比べている。

赤子のときに顔を合わせたがその記憶はないだろう。


「兄上、部屋で話をしたいんですが」

「ブライアンは食事にきたんじゃないのか?」

「ええ。いまはけっこうです」

とても喉を通らない。


「私はもうお腹いっぱい。クッキーは持って帰っていい?」


兄は給仕を呼び、子どもむけのサービスらしい焼き菓子を包ませた。

いちいち嬉しそうに礼をいう兄とアリアに、給仕が満面の笑みを返している。

私は、微笑ましいような苛立たしいような微妙な心持ちでそれを見ていた。

私たちが子どものころから、同じような場面は何度もあった。

誰にでも優しい兄を、誇らしく思いつつ、もっと自分に構ってほしいとも思った幼い頃の感覚が濃く蘇った。


かわらない。

私も、兄も。


そのときは、本当にそう思ったのだ。



「フェニックス、ですか」


兄とアリアの部屋で私は改めてこれまでの出来事をきいた。

アリアも初めて聞くようで、目を丸くしている。

ところどころぼかしてあるのは、アリアを思いやってのことだろう。


「そう。盗賊に襲われて、魔の森の崖から落ちたんだ」

落ちた先が、たまたまフェニックスの生まれ変わりの炎だなんて、まさに奇跡だ。

「それで、パパは小鳥なんだね!ディーリアに教えてあげようよ!」


小鳥?

ディーリア?

眉を寄せた私にアリアが胸をはる。


「パパはね、鏡に映すとすっごい可愛い鳥さんにみえるんだよ」


どういうことだ?

兄は私の視線に苦笑して、話をつづけた。

「気づくと小鳥の姿になっていたぼくは、屋敷へ向かった。そのとき羊飼いの少年が見えて、あの子の祖父が寝たきりになっていることを思い出した。べつに羽をやろうと考えたわけじゃない」

「ああ!」

私が兄のもとを訪れたのはそれがきっかけだった。


「屋敷について、アリオンを抱き上げるのに困ったぼくは人の姿になりたいと願った。すると、死ぬ前の姿になったんだ」

「すごい!じゃあ小鳥の姿にもなれるの?」

興奮したアリアが跳びはねた。


私は姪をひざにのせた。

びっくりした顔でアリアが私を見上げた。

アリアは、かつての私たちにとてもよく似ていた。


「わからない。もし人の姿になれないとなれば、アリアと暮らせなくなる。だから、願わないようにしているんだ」

兄は両手の指を祈るように組んでうつむいた。

死の恐怖を味わい、信じていた妻に裏切られ、人ではなくなってしまった。

誰かを害そうなど考えたこともないようなこの人がなぜそんな辛い思いをしなければならなかったのか。

なのに、私はなんの力にもなれなかった。

そう考えると胸が詰まった。

「そのほうがいい。もう兄上を失いたくはない」

私は兄の指に手を重ねた。


「パパの弟なのに、パパより背が高いね。強い?」

アリアが私の膝のうえで足をぶらぶらと遊ばせて言った。


「アリア、ブライアンはお前の叔父さんだが、マンデヴィル伯爵でもある。外国の貴族には礼儀正しくしなければいけないよ」

「はーい」

「そんなふうにいわないでください。たしかに私は伯爵を継いだが、私たちが兄弟で、アリアが可愛い姪なのはかわりません」

私は慌てて口を挟んだ。

せっかく会えたのに<外国の貴族>呼ばわりはあんまりだった。


「アリア、なにかプレゼントしよう。ずっとお祝いできなかったからね。欲しいものを教えておくれ」

「ありがとう!ブライアンおじさん!欲しいものは剣!でも大きくなったらディーリアからもらうの」


ディーリア。

さっきも出た名だった。

「ブライアンでいいよ、アリア。兄上、ディーリアとは何者ですか?」

「あー、私たちがテポラについてすぐ知り合ったハンターで、コルドラ出身らしい。親戚に呼ばれたついでに物見遊山に誘ってくれたんだ。この宿も彼女がとってくれた」


「それは、……親切ですね」

この宿はコルドラでも最上の部類だ。

気前が良すぎて、怪しい気さえする。


「ディーリアと父さんは好き同士だからねー。家族だもんね」


なんだって?

いや、子どものいうことだ。何かの間違いか?

訂正されるのを期待して私は兄をみた。

だが兄は何も言わず、ただ恥ずかしそうに耳を赤くしていた。

ええっ?

まさか本当なのか?


「アリア、そんなこと言ったらブライアンだってびっくりするだろ」

私の視線に困惑するように、兄がぼそぼそと言った。


「でも、街の人みんなお似合いっていってるよ」


恋人?

家族?

ハンターの女と?

フェニックスのことやこれからのこと。

話さねばならないことはまだまだたくさんあるのに、私は兄に恋人がいるという衝撃で頭がいっぱいだった。


そのとき、激しいノックと同時に勢いよくドアが開いた。

「エリー!」

馴れ馴れしく呼びながら、部屋にとびこんできたのは、鍛えられてはいるがグラマラスな女だった。

「あ、ディーリアだよ。ブライアン」

「ブライアン、ディーリアは本当によくしてくれたんだ」

私の不機嫌さを感じ取ったのか、兄が宥めるように肩に手を置いた。


兄が私に触れたのが面白くなかったようだ。

ディーリアとやらが露骨ににらみつけてくる。

私はあえて余裕の笑みを浮かべてみせた。


「なら、私からも礼をいわなければ」

アリアを膝から降ろして立ちあがり、わざとらしく貴族の礼をする。

今にもとびかかろうとする狼みたいに、女が唸った。

品位の欠片もない。

ふん。

脅しているつもりか。

兄は、あんなマリアンナなどと結婚してしまうぐらい押しに弱い。

おおかた、幼いアリアを抱えて気の弱っていたところにつけこんだんだろう。


「親戚との話は済んだのかい?」

張り詰めた空気をとりなすように兄が声をかける。


「マンデヴィル伯爵がすっぽかして流れたよ。さっさとこの街をでよう」

ぶっきらぼうにディーリアンは言った。

すると、こいつが情報提供者なのか。

親族の依頼に応じて兄を売ったのだ。

おかげで再会できたのだとしても、信用することはできない。

私たちは再び睨みあった。

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