めんどうな親戚たち

「いったい何のよう?」

アタシはひとりで賢者の屋敷を訪れていた。

エリオットたちはもう夕食に行っただろうか。

食堂で酔客に絡まれたりしていないだろうか。



「以前、翼のある人のことを聞いてきただろう?」

好奇心に目を輝かせた老狼が身を乗り出す。

「さあね。もうどうでもいい。帰る」

賢者と呼ばれていても、こんな奴に相談なんてするんじゃなかった。

アタシはさっさと話しを打ち切って帰りたかった。



だが、そう簡単にはいかないようだ。

アタシたちコルドラに入ったことは報告されていたのだろう。

変人賢者しかいないはずの屋敷には、一族の幹部が待ち構えていた。


「大事な話なのだ、ディーリア」

この場を仕切るように話し出したのは大叔父だ。

なにかと一族に貢献しろと口うるさい面倒臭い親戚だ。


「神の森の東から、モートリア王国の使者と名乗るものが現れたのだ。国どうしの交流を求めている」

これで都市国家間のコルドラの立場はもっと強くなると、大叔父は上機嫌に言った。


「森の東?」

アタシはおもわず声をあげた。

神の森には人は住まない。

それが定説だったはずだ。その向こうに国があるとは。


「代表者はマンデヴィル伯爵。若いがひとかどの人物だ。伯爵がいうには神の森は大きな円形に存在しており、彼らはその縁に添って二カ月以上進んできたらしい」

なるほど。神の森に最も近いのはテポラだが、周辺の森を進んでいけばコルドラの警戒にひっかかるだろう。

「それにしても二カ月か……たいした根性だよ」

感心を通り越して呆れた声がでた。

神の森そのものではないにしろ、あんな果てしない森をあるかないかもわからない人里を目指して進むなど尋常な胆力ではない。

「けれど、それはアタシには関係ないだろ。連れを待たせてるんだ」

新しい国交がらみの仕事を手伝えとかなら、御免だ。

だが、大叔父と賢者がオレに詰め寄ってきた。


「マンデヴィル伯爵は人を探している。名はエリオット、アリアという娘をつれている。手掛かりとしては、金色の鳥が近くにいるはずだということだ」

大叔父の言葉にオレは息をのんだ。


「伯爵の従者がいうには金の鳥は病を癒す加護を持つという。ぜひ研究したいんじゃ」

「無礼は許さんぞ、賢者。マンデヴィル伯爵は今後の国交でも重要人物なんだ」

「だから、アタシには関係ないだろ。自分で探せよ」

言いながらアタシは追い詰められるのを感じていた。


いつか話してくれればいい、なんて格好をつけずに根掘り葉掘り聞いておけばよかった。

エリオットはアリアを抱いて、神の森の崖から飛んできた。

小鳥が化けた姿で、神の森に暮らしていたのだと思い込んだ。

まさか、べつの国から森を突っ切ってやってきたとは。


「探したとも。賢者がお前が翼のある人間と、鏡に映らない生き物のことを知りたがっていたことを思い出して、手掛かりが見つかったわけだ」


大叔父はニヤリと笑った。


「採取者の父子と親しいようだ。はぐれものお前がやっと一族の役にたったな」



マンデヴィル伯爵は現れなかった。

迎えにいった馬車だけが戻ってきた。

宿で探し人に会ったという伝言を預かって。

一流の宿を奮発したのがあだになった。

まさか同じ宿に滞在していたとは。


(エリオットは無事だろうか)


「客も宿にいるなら、アタシがここに留まる理由はないだろ」

当然の主張に、大叔父は渋々頷いた。

そして我々の一族であるお前が保護して連れてきたことを強調するように念を押した。ちょっとでも恩を売りたいらしい。


賢者は金の鳥のことを調べて報告するよう命じてきた。

「従者のひとりから聞き出したのだが、この遠征はフェニックスの羽を探す一環らしい。マンデヴィル伯爵はかつて王家に羽を献上して、王妃の妹を妻にしたそうだ」


伝説のフェニックス。

もしエリオットにそんな力があるなら、どれほど狙われてきたことか。

必死で正体を隠すのは当然だった。

無謀な遠征までして行方を探すのも。

アタシは馬を借りて急いで宿に向かった。


年寄りたちのいうことなど聞くつもりはなかった。

一刻もはやくふたりを連れてコルドラを出たかった。

テポラの家はもう知られている。

このまま遠くに逃げよう。



「エリー!」

宿のエリオットたちの部屋は施錠されていなかった。

勢いよくあけたドアの先で、ソファに掛けたエリオットが目を丸くした。

たのしい時間を過ごしているのは一目でわかった。


「あ、ディーリアだよ。ブライアン」

アリアが見知らぬ男の膝に座ってアタシを指さした。

髪色は違うがどことなくアリアと似た男が値踏みするような視線を向けた。


「ブライアン、ディーリアは本当によくしてくれたんだ」

エリオットがブライアンとやらの肩に手を置いた。

ブライアン、そしておそらくマンデヴィル伯爵はエリオットに微笑みを返した。


「なら、私からも礼をいわなければね」

アリアをひょいと脇に降ろし、マンデヴィル伯爵は立ち上がった。

左手を胸に当て、わずかに頭を下げる。

貴族だからってお高くとまりやがって、いけすかないやつだ。


なにより、やけに親しげなエリオットとアリアの様子に苛立つ。

せっかく手に入れたアタシの居場所を奪われた気がした。

縄張りを侵すものを許すなと、狼の本能が吠えている。

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