森の向こうの街で(ブライアン視点)

陛下が大けがを負ったのは去年の秋だった。

閲兵式で馬が暴れる事故があった。

というのは表向きで、暗殺未遂の可能性が高い。

命に別状はないと発表されたが、無傷でもなかった。

跡継ぎは生まれているとはいえ、まだ幼い。

不安定な状況になりかねない。


<なんとか、フェニックスの羽を手に入れてほしい>


そんな密命が当家に下ったのは当然だった。

以前にも献上した実績があり、王家の後見のもと魔の森の調査を続けている。

しかも当主の妻は王妃の妹だ。

私は謹んで引き受け、遠征の準備をした。

王家の命であれば、大掛かりに動ける。

いよいよだ。

探すのはフェニックスではなく、行方不明の兄と姪だったけれど。

フェニックスとかかわりがあるのは間違いないから構わないだろう。


冬のあいだに調査済みの最西端に拠点を作る。

雪解けと同時に出発するためだ。

これまでの測量の結果、魔の森は広大ではあるが円形とみられることがわかっていた。

計算上は、円のふちに添って進めば戻ってくることができるはずだ。


枝を払い下草を焼き、獣を追い払いながら進むことになる。

崖下には踏み込まないとしても、人跡未踏の森だ。

けれど、アリアを獣のように育てたりはするまい。

兄が戻らなかったということは何処かに人の住む場所があるはずだ。



猟師、工兵、目利きのできる商人、騎士、従者、総勢30名の集団は後ろに道を作りながらひたすら魔の森の崖に添って進んだ。

「古い罠です。木を切った後も!」

二カ月後、猟師が人の痕跡を見つけた。

沸き立つ皆をたしなめる。


「森に隠れ住む犯罪者かもしれぬ。油断するな」


彼らには、この遠征の極秘かつ本当の目的として魔の森の向こうにあるという国との国交樹立だと伝えてある。

半信半疑ではあっても、もし成功すれば英雄だ、士気は高い。

さらに進むと湧き水のある空き地があった。

野営にちょうどいい。

いや、人の手がはいっているのだ。

私はここを仮拠点と決めた。


「我々は王国の代表として振る舞わねばならん。許可なく剣を抜くな。ひげをそれ。身なりを整えろ」


野営の煙をあやしんで駆け付けた兵の一団が我々を取り囲んだのは、その二日後だった。

彼らは都市国家コルドラの兵だと名乗った。


「私は東にあるモートリア王国のマンデヴィル。身分は伯爵だ。貴国との国交を望んでいる」


野盗の拠点を討伐にきたつもりだったらしい兵士たちは、顔を見合わせて戸惑っていた。



コルドラの街は王都よりも巨大で豊かだった。

目を丸くする猟師や従卒、軍事力の差に眉を寄せる騎士、新たな商売に目を輝かせる商人。

「兄上……」


私はしみじみとつぶやいた。

この大きな街のどこかでひっそり暮らしているのだろうか。

いますぐ探しに行きたいが、やみくもに歩き回るにはあまりに広かった。


私たちの訪問は彼らにとっても大事件だったらしい。

丁重に迎えられ、互いの国の在り方や、けっして侵略を望んでいないことを確認した。

彼らは国王や貴族をもたない。

都市によっては派閥争いの激しいところもあるようだ。

だが、このコルドラについては要職のほとんどをひとつの家が占めていた。

独裁的と非難されるべきかもしれないが、どこと話をすればいいのか明快であるのは、私には好都合だった。



「魔の森、いやこちらでは神の森でしたね」


「なに、同じことです。人が入るべきではない神域。まさか森の向こうから使節が来るとはおもいませんでしたよ」


「私が、この遠征に志願したのは、兄と姪を探すためなのです」


「ほう?」


「5年前、賊に襲われ、森に逃げたまま行方が分からなくなりました」


身なりの良い男は気の毒そうに眉を寄せた。

言いたいことはわかる。

その状況ではまず生存は絶望的だろう。



「兄は特殊な加護をもってました。神域を越えて逃げ延びたと信じています」

男の目がきらりと光った。

私は内心ほくそ笑んだ。

この複雑な都市国家で人ひとりを探すには、協力者が必要だった。


「それは、ご心配でしょう。我々も協力しますよ」

「ありがとうございます。兄の名はエリオット、姪はアリア。金色の鳥を連れているかもしれません」

「金色の鳥、ですか。ぜひ詳しくおうかがいしたい」


フェニックスの羽が手に入らなくとも、コルドラを含む都市国家の情報を報告すれば遠征は成功といえる。

失敗すればすべてを失う王位の簒奪より、新たな交易に噛むほうがうまみは大きい。

もちろん、兄をみつけて羽も手に入れられればいうことなしだ。




信用できる騎士を副長に指名して途中経過の報告に返してあった。

片道二カ月として、冬までには交替要員が送られてくるだろう。

引き換えに私は帰国することになる。

私は焦っていた。


<テポラの街にいる一族が、翼のある人について口にしていた>

そう、滞在先の宿に連絡があったのは、さらに一カ月後だった。

<調べたところ、女児をつれた採取者と親しくしているようだ>

<呼びだしてあるので、話をしてみてほしい>

待ちに待った手掛かりだった。



「まさか、アリア?」

私は思わず足をとめた。

食堂の椅子に腰かけた子どもは、幼い頃の兄にそっくりだった。

向かいの男が振り向いた。


「ブライアン?」

「兄上!」

人目もはばからず私は声をあげた。

無事を喜ぶ気持ち、いなくなってしまったことへの怒り、安堵。


「私が、私がどれほど!」

言葉にならずに歯をくいしばる。

兄は椅子から立ち上がり、私を抱きしめた。


涙が頬を伝っていた。

かわらない。

兄は、いつも優しかった。

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