初夏のおでかけ(ディーリア視点)


エリオットたちと暮らし始めてもう半年が経つ。

初夏のまぶしい陽射しに、アタシは目を細める。

色とりどりの花が咲き乱れる、美しい季節。

アタシはもう狩りのノルマを終えて、エリオットたちを待っていた。

エリオットはアリアに花の名や、薬になる葉を教えている。

鏡に映すと、去年より一回り大きくなった金の小鳥が首を傾げている。

以前のようにこそこそする必要はない。

可愛い光景をニヤけた顔で眺めていると、鏡越しに小鳥と目が合った。

アタシは振り向いて直接エリオットをみた。


「ディーリアは本当に小鳥が好きだな」

苦笑を浮かべて恋人は言った。

「エリーだけだって」

本当のことだ。

いつも言っているのに、なぜか信用されない。

「私にも見せて」

アリアが並べていた若葉をおいて、駆け寄ってくる。

手鏡をアリアに渡して、エリオットを抱き上げる。


「おい!ディーリア!」

エリオットは不機嫌に声を尖らせるが、アリアは喜んだ。

「あはは、パパ可愛い。小さい鳥さんがディーリアの手にとまってる!」

「いてっ、怒るなよエリー。可愛くてもいいじゃん」

無言でエリオットがアタシの頬を引っ張っている。

「わあ、羽パタパタして怒ってる!パパすっごい可愛い!」



アタシは眠ったアリアを抱いて歩いていた。

「ごめんって」

恋人の一面を愛でてなぜいけないのかともおもうが、喧嘩したいわけじゃない。

エリオットはまだ怒っている。

「ディーリアが小鳥マニアなのは諦めてるが、アリアにまで悪影響だ」


悪影響?


「アリアはいい子だ。悪影響なんてないさ」

「父親のことを可愛いとかいうべきじゃない」


でも可愛いからなあ。

素直なだけだ。

アタシは心の中で言い返した。

5歳児、いやもう6歳か、に、そう言われたくない気持ちもわからないではない。


「小鳥好きになりすぎて、まともな恋愛ができなくなったら大変だ。ディーリアみたいに」

エリオットは、思い詰めた顔でひどいことを言っている。

べつに小鳥好きが高じてないし、まともな恋愛ができなくなってないし。

「アタシは、そんなんじゃない。最高の恋人がいて毎日幸福だよ」


「小鳥モドキなのがな」

エリオットは忌々しげにつぶやいた。

アタシに聞かせる気はなかったのだろうけれど、人狼の耳はいい。


「そろそろ街だ。うち用の肉は分けなくていいか?」

アタシは話題を変えた。

小鳥の姿に戻れないことがコンプレックスなのかもしれない。

エリオットがなにかに苦しんでいること、鏡に映る自分を正体がバレる以上に疎んでいるらしいことには気づいていた。


「ああ。前のが食べごろになってる。まだ大丈夫だ」

「このないだの、酸っぱいソースは美味かった」

「青花梅の実だ。ちょっと遠いがもう少しとっておきたいな」

「じゃあ、泊まりでいこう」


他愛ないやりとりになごむ。

追い詰めたいわけじゃない。

こういう毎日を重ねていければいい。

そんな穏やかな決意に水を差したのは、肉を納めにいった店で受け取った手紙だ。


<至急、来られたし>


人狼一族の賢者からの短い文面にため息がでる。


(いきたくない)


<金の小鳥について>


あんなやつに相談しなけりゃよかった。

けれどいかないと、押しかけてきかねない。


「どうかしたのか?」


アリアを抱いたエリオットが首を傾げる。

「ああ、ちょっと親族に呼ばれちゃってさ」


「親族というと」

「人狼の一族だ。べつの街にいるんだ。気は進まないが行ってくるよ」

「……そうか」

「べつの街!いってみたい!」

眠っていたはずのアリアが元気な声をあげた。

そういえば、三人で宿に泊まったことはない。

ひとりで大急ぎで走って行って帰るつもりだったが、小旅行がてら皆でいくのもいい。

大きな風呂のある上等の宿がある。

服を仕立てる店や、宝飾品の店も、ここテポラとは比べ物にならないほどたくさんある。


「よし!さんにんで行こう!」


「ディーリア?」

エリオットが驚いた声をあげる。

「鏡やなんかはアタシも気をつける。コルドラは大きな街だ、きっと面白いよ」

「だが」

「アタシの用が済むまで宿で待っててもらうことになるけど、そのあと何日か観光や買い物にあてよう」


賢者のじいさんは街外れの屋敷に引きこもってる。

もちろん紹介する気はない。


アリアが興奮してエリオットの腕からおりてそこらを走り回っている。

アタシはエリオットをみつめて言った。

「離れたくない。一緒にきて」


春になって狩りは再開したが、アタシはソロハンターをやめた。

採取組と一緒に動くのは効率が悪いというが、どうでもいい。

蓄えなら十分にあるし、アタシの知らないところでエリオットたちが危険な目にあっているかもしれないとおもうと、仕事どころじゃない。

かといって、エリオットとアリアンに家で待っていてほしいというのは受け入れられないとわかっている。


エリオットには、人狼の特性で家族と離れるのが苦痛であると説明してある。

それを思い出したんだろう、エリオットは呆れた視線をむけつつも、こくりと頷いてくれた。

アタシはアリアを捕まえて抱き上げると、エリオットにキスをした。

道端だったので、通行人が冷やかしていったが、それさえ可笑しかった。


たのしい旅行へ思いをはせ、アタシは賢者へのいら立ちを忘れた。


<翼のある人>のことは尋ねたが、<金の小鳥>のことは話していないことに気づかないままだった。

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