おやすみのキス(ディーリア視点)
どれほど時間が経ったのか。
幸福感に包まれていた耳が気になる音を拾った。
ぱたん。
二階の扉が開いて、閉まった。
人狼の聴力でなければ聞き逃しただろう。
アリアが起きてきた?!
アタシはとび起きた。
「どうしたんだい?」
ラグから体を起こしてエリオットが尋ねる。
「アリアが起きた!」
小声で言い返すと、エリオットがひっと息をのんだ。
キイ。
パタン。
「別の部屋のドアがあいて、閉まった」
「どうしよう、ときどきぼくのベッドに来るんだ」
そのまま寝てくれ。
アタシたちの願い虚しく、階段を降りる足音が聞こえてくる。
「パパ、のど乾いたー」
エリオットを探して降りてきたアリアが目を擦っている。
寝起きのせいか、昼間より幼くみえる。
「あー、エリーはちょっと飲みすぎて寝てる」
「えー」
エリオットの部屋着のズボンはアタシがダメにしてしまった。
今はアタシのシャツで下半身を隠して、ついでにラグの血痕も隠して、必死で寝たふりをしている。
ローテーブルのおかげで不自然さはある程度誤魔化せているはずだ。
「アタシが白湯いれあげるるよ。エリーもちょっと休んだらちゃんとベッドに行くし」
「どうしてディーリアは服着ていないの?」
着ていないのはシャツな。
アタシは下着を着る時間があったことに感謝した。
「アタシも酔っぱらって暑くなっちゃった」
アリアに嘘をつくのは心苦しいが、しかたがない。
「ふうん。格好いいね。私もそんなお胸になりたい」
「じゃあ、一緒に鍛えよう」
そんなやりとりをしながら、アタシはカップに作り置きの白湯を注いだ。
ジュースはだめ、茶はだめ、とエリオットに念を押されていた。
アリアもわかっているのか、素直に冷めた湯を飲んだ。
「じゃあ、エリーが起きるまでアタシが一緒に寝てあげるよ」
「うん」
*
「じゃーん!」
アリアが開けた部屋には寝かしつけの時とは違う、広いベッドがあった。
「ここは、エリーの寝室?」
「うん、私のベッドを買うまではここで一緒に寝てたんだー」
あくびをして、アリアはベッドの壁際の端に転がった。
ちょっと緊張しながら、アタシもベッドにあがる。
安宿とは大違いの、心地の良いマットレス。
清潔そうなシーツは、微かにエリオットの匂いがした。
(アタシは、本当に考えなしだったな)
いくら誘惑されたからといって、床でことに及ぶなんて。
(いや、このベッドでやってたら、もっとまずかったのか)
真っ最中にアリアが扉を開けることを想像すると、ぞっとする。
庶民なら気にしないものもいるだろうが、エリオットはお上品なたちだ。
「よかった」
眠ったと思っていたアリアが突然口を開いた。
「パパ、私とふたりだと酔っぱらったりしないの」
「そう」
不思議はない。
ひとりきりでアリアを守って生きてきたんだ。
酔っぱらってなにかあったとき対処できないかもしれないのは不安だろう。
「うん。だから、ディーリアがきてくれてよかった」
「まかせて」
そうだといい。
これまで、エリオットがひとりで負ってきた責任を一緒に背負いたい。
なんだか順番を間違えた気もするけど、ちゃんと伝えよう。
アタシはアリオンのやすらかな寝息を聞きながら思った。
*
カチャ、と静かにドアが開いた。
体を拭いて着替えたエリオットが入ってくる。
部屋は暗いが、夜目の効くオレにはその恥ずかしげな表情がよく見えた。
「ラグとか、片付けたから」
「うん」
ベッドを抜け出しながら、アタシはこたえた。
アタシの体温の移ったシーツでエリオットが眠るとおもうと妙に心がざわついた。
あんなことまでしたのに、いちいち動揺する自分が可笑しい。
初心な小娘みたいだ。
だが、不思議と悪い気はしない。
「ディーリアも、ここで寝ないか」
エリオットが言う。
「いいの?」
アリアの隣に滑り込んだエリオットのとなりに横になる。
エリオットはオレのほうに体を向け、ちゅっとキスをして言った。
「おやすみ、ディーリア」
「おやすみ、アタシの小鳥」
でもエリオットは、アタシにに背を向けてしまった。
それをさびしくおもいつつ、アタシは後ろから腕を回し目を閉じた。
明日は抱き合って眠れるといいな。
アタシは宿を解約することを決めた。
おやすみのキスとか小さい子のためのものだとおもっていたけれど、エリオットがくれるのなら最高だった。
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