しあわせ家族への道(ディーリア視点)
「ディーリア、ぼくは人間じゃない」
興奮しているのがバレたら、軽蔑されるだろうか。
そんな内心も知らず、腕の中でじっとしていたエリオットが小さく告白した。
エリオットの声が好きだ。
アリアを呼ぶ声が特に好きだ。
あんなふうに大事そうに呼んでもらえたらどれほど幸福だろう。
「しってる。はじめてみたとき、エリーは背中に翼を生やして神の森の断崖から舞い上がってきた。神の使いのように美しかった」
エリオットはきれいだ。
顔立ちや羽の色だけじゃない。
小鳥との動きと関連付けるために、このところずっと見ていた。
育ちの良さが滲む美しい所作と、愛情深い柔らかい表情を。
もっといろんな顔をみたい。
「ずっと、知ってたのか」
エリオットの声が震えている。
怒らせただろうか。
長い間知らないふりで、だましてきたようなものだ。
アタシはそっと腕をといた。
離れ難かったが、目をみて話さないといけない気がした。
「ああ。人に紛れて善良に生きているエリーを尊敬していた」
言い訳に聞こえるだろうか。
でも信じてほしい。
けれど、エリオットの目には恐怖が浮かんでいた。
「なら、このまま見逃してくれ。アリアを連れて出ていくから」
ちがう。
そうじゃない。
エリオットたちを傷つけようなんて考えたことは一度もない。
「出ていく必要なんてない。誰にもいわない。脅かしてごめん。アタシは、ちょっと小鳥に触りたかっただけなんだよ」
あの金の小鳥に心奪われなければ、よい友人のままでいられたのか。
けれど、一度気づいた思いはなかったことにはできない。
今はもう、小鳥に触れたいのかエリオットに触れたいのかわからない。
「わるいが本当の小鳥にはなれない」
エリオットが悲しげに言った。
鳥の姿になれないというのは、彼にとっては恥ずかしいことなのかもしれない。
だが、そんなことを、申し訳なくおもう必要はない。
人狼でも完全に狼の姿をとれるものはもういない。
アタシは胸を張った。
「大丈夫。鏡には真実の姿が映るし、アタシはもうエリーをみても小鳥が見えるようになったの。そんな申し訳なさそうに尾羽を下げないで」
「……へ、へえ。すごい、ですね」
疑っているのか、エリオットは曖昧な笑みを浮かべている。
気休めに慰めを言っているとでも思っているのかもしれない。
アタシは手鏡をみせた。
どんなふうにアタシがずっと見守ってきたか、わかってほしかった。
鏡に映る自分の姿に、エリオットは言葉もないようだった。
ずっと避けてきたんだろう。
こんなに可愛いのに。
「街にもどってから、ちゃんと話すつもりだった。エリーから言い出してくれるなんておもわなかった」
街までまてないほどには、アタシのことを気にしてくれている。
そのことが嬉しかった。
「あはは、すみません」
エリオットがぎくしゃくと後退る。
「今夜の見張りはアタシがするから、アリアと眠って」
「ありがとう、ございます」
なぜ敬語?
どうしたんだろう。
もしかして、自分だけ秘密を知られて引け目を感じているのかも。
アタシは、大事なことを言い忘れていたことに気づいた。
たしかにこれでは一方的すぎる。
「詳しい話はまた街でするとして、これだけは先に伝えておくよ。アタシも人じゃない。人狼なんだ。だから、エリーが人間じゃなくてむしろ嬉しかった」
早口に自分の秘密を告白する。
エリオットほど神秘的じゃないが、アタシたちたちが出会ったのは、運命ってやつかも。
テントに這い込もうとしていたエリオットは一瞬動きを止めたが、そのままアリアの隣にもぐりこんだ。
たき火はもう消えかけている。
エリオットたちは毛布があるから大丈夫だろう。
アタシは地面に置きっぱなしだったカップの茶を飲み干した。
すっかり冷めたそれが乾いた喉を潤す。
がらにもなく、緊張していたようだ。
でもこれで、エリオットへの隠し立てはなくなった。
そうおもうとせいせいした。
5年も待たずにさっさと伝えればよかった。
「まあ、遅すぎるってことはないし」
あの金の小鳥が結んでくれた縁だった。
解放感に寝転がると、葉の落ちた枝の隙間から星がみえた。
夜景がどうとか、考えたことはなかったけれど、この日の景色はきっと忘れられないだろう。
アタシは一応周囲を警戒しつつ、夜の空を眺めた。
あれは、子どもの頃に教わった狼座だ。
その近くの星を結んで、小鳥座をつくる。
即席のでたらめだが、楽しい。
昔の人間もこうやって、夜空に心を託したのかもしれない。
飛ぶ姿は諦めて、五つほどの星を丸く結んで満足する。
「翼の羽毛に頭を突っ込んで眠るのが最高だね」
今度アリアに教えてやろう。
あれが狼座で、その背中で眠っているのが小鳥座だよと。
*
「おはよう、あさだよ、おねぼうさん」
朝日が入るよう開けた隙間から、アリアがエリーにキスするのが見えた。
「ううっ」
エリオットの真似をするアリア。
ねむったままのエリオット。
幼子にキスされるふわふわの小鳥。
なにもかも奇跡的に愛おしい。
完璧すぎてあやうく心臓がとまるところだった。
「おはよう、ディーリア」
「おはよう、アリア。エリーは疲れてるんだろう、寝かせておこう」
心配するアリアに夕べ話し込んだせいかもと伝える。
「けんか?」
「まさか!おたがいのひみつを打ち明け合ったんだよ」
アタシは照れ臭いような誇らしいような気持ちで微笑んだ。
「ふうん。でもぜんぶじゃないよ、きっと」
生意気な口調でアリアがいう。
ふたりっきりの、仲の良い父子だ。
アタシが割り込むかもという不安があるんだろう。
アタシはしゃがんでアリアに目線を合わせた。
「アリア、アタシは人狼だ」
「じんろう?」
アリアはよくわかっていないながらも、秘密をまもると約束してくれた。
ほんとうに優しいいい子だ。
アリアに朝食がわりの蔓葡萄をたべさせ、パチンコを教える。
弓はもう少し大きくなってからのほうがよさそうだ。
アリアが小鳥を狙っている。
「かわいそうだからやめて。小鳥が好きなんだ」
「ふうん。小鳥飼いたいの?」
アリアの質問に、アタシは言葉を詰まらせた。
変な意味はないとわかっていても、なんだか後ろめたい妄想がはかどる。
それは、後ろめたくて、けれどとても魅力的だった。
「アリア。街に帰ったら、アタシも一緒に暮らしていい?」
ちょっと考えて、アリオンは重々しく頷いた。
「いいよ」
「やった!」
浮かれてアリオンを持ち上げてぐるぐる振り回す。
アリアが賛成してくれれば、エリオットはきっと許してくれる。
アタシはパチンコを差し出した。
アリアの気が変わらないうちに、しっかり約束しないと。
「アタシがいないときは、これでエリーを守って」
アリアはエリオットよく似た若葉みたいな瞳を輝かせた。
「アリア!」
怖い夢でもみたんだろうか。
起きだしてきたエリオットが必死でアリアを抱きしめた。
「おはよう、パパ。もう元気になった?」
「ああ」
だがその顔色は悪い。
きっと、いろいろなことをいっぺんに聞かせてしまったせいだ。
アタシたちは切り上げて街へかえることにした。
*
アリアがエリオットに蔓葡萄を一粒づつ食べさせている。
いつかアタシもああやって食べさせたい。
そんなことを考えながら、テントをたたんで荷物をまとめる。
「ディーリアすごいね!さすが<じんろう>だね!」
アリアの言葉にエリオットが驚愕のまなざしをむける。
「私も家族だから、ひみつはまもるよ!」
エリオットはちらちらアタシとアリアを見比べた。
勝手に話したことを非難しているようだ。
だけど、アリアは子どもだが賢いし、勘もいい。
自分だけ知らされていなかったと知れば余計に傷つく。
「ハトは持って行って、途中で昼食にしよう。エリー、歩ける?」
微妙な空気を打ち払うように、アタシは声を張った。
「しゅっぱつしんこう!」
肩車したアリアが楽しそうに声を張った。
街を三人で歩くときの、誇らしい気持ちが蘇る。
けれど、今日からは家族<みたい>ではない。
エリオットもアリアも、アタシの大事な家族だ。
アタシはエリオットの手をとり、つないだ。
人目があると言われても、もうこの手は離さない。
巣ごもりの冬が待ち遠しかった。
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